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飛竜と魔女の宅配便  作者: HAL
白竜節(冬)の章
9/14

飛竜便と傭兵③

 隊商の馬車は盗賊の待ち伏せを避けつつ丘の脇を抜けると、飛竜ウラリスに先導されて道無き道を駆け抜ける。アルヴィンは馬車でも通れるよう出来るだけ平坦な地形を選んでいるが、舗装されていない道には違いなく、馬車の乗り心地が最低なものである事は想像に難くない。

 

 それでもあと半刻も走れば街道に合流出来る。そこまで来れば盗賊達も無理な追撃はして来ないだろう。そう考えていたアルヴィンは、馬車が進みを止めた事に気付き、慌ててウラリスを回頭させた。


 先頭を走っていた馬車の故障のようだった。逃走劇の無理が祟ったのか、前輪の片方が外れた馬車は横転こそしていなかったが、前半分が沈み込み地面を擦っている。それに合わせて他の4台の馬車も足を止め、乗っていた者達は馬車を降りていた。

 

 全員で30人近いだろうか。およそ半数は剣や弓で武装し、馬車から少し距離を取って周囲を警戒しており、護衛である事が見て取れる。

 残り半数は壊れた馬車の周りに集まり、何やら話し合っている。こちらは小綺麗な服装をしており、護衛と雇い主の関係であると見て取れた。

 

 幸いにも、今の所は盗賊達が追ってくる気配はない。馬車の近くにウラリスを着陸させたアルヴィンが地上に降り立つと、すぐに馬車の周りにいた者達に取り囲まれた。

 商人なのであろう彼等は、好奇心を隠しもせず口々に語り掛けてくる。


「おお、飛竜の人!」「さっきは助かったよ!」「これが王都で噂になってる飛竜便ってやつか!」「凄ぇもんだな」「へえ、近くで見ると大きいですね」「飛竜触っていい?」


「あー、……ちょっと落ち着いてください。それとお触りはナシで」

 

 アルヴィンが戸惑っていると、「ほら皆、一辺に話し掛けるから彼が困っているだろう」という落ち着いた声と共に、代表者らしき男が彼らの列を割って進み出てきた。 

 白髪混じりの髪を後ろに撫で付け、柔和な笑みを浮かべた壮齢の男だ。


「あらためて、先程は助力を有難うございます。本来ならもっとちゃんとお礼をしたい所なのですが……」 

「そう言うのは落ち着いてからでいいですよ。上から見た感じでは追い掛けて来ている様子はないですが、安心は出来ないかと」

「そう言って頂けると助かります。……私はこの辺りで行商を営んでいるマルシムと申します。年の功と言うやつで、この隊商で纏め役のような事をさせて頂いてます」


 マルシムと名乗った男は、一回りも二回りも年下であろうアルヴィンにも丁寧に腰を折って頭を下げた。


「メイザール運送のアルヴィンです。配達の途中で襲われているのを発見して、勝手ながら手出しさせて貰いました」


 お互いに挨拶し、握手を交わす。


 行商人達が道中の安全や情報交換の為に隊商を組み、護衛を雇い街から街へと移動するのはよくある事だ。

 彼らも普段は個々で商売をしている筈だが、同じ地域で活動していれば自ずと互いの顔は知れて来るものだ。このマルシムという男性は、その中でも一目置かれている商人なのだろう。


「いやいや助かりました。飛竜便のお噂は聞いておりますよ。まさかこんな形でお世話になるとは思いませんでしたが」

「こちらも盗賊なんかとやり合う事になるとは考えてなかったですよ。こちとらただの運び屋なんでね」


 肩を竦めての言葉を冗談と取ったか、「ははは、ご謙遜を」と、マルシムは肩を揺らして笑った。アルヴィンとしては掛け値なしの本心なのだが。

 いずれにせよのんびりと交流を深めている状況ではない。


「それで、馬車の様子は? 動かせそうですか?」 

「――いやぁ、こりゃあ駄目だな。車軸が逝っちまってるわ。街に持ち込まねえとどうにもなんねぇよ」


 問いに応えたのはマルシムではなかった。壊れた馬車の下から身体を引っ張り出してきた、髭面の男が発したのものだ。アルヴィンより一回りは年が上だろうか。よっこらしょ、と大儀そうに立ち上がり土埃を払うその肉体は、かなり鍛え上げられたもの。

 身に纏う革鎧から、護衛の一人と知れる。装備に刻まれた大小様々な傷は、歴戦の風格を醸し出していた。


 その男はアルヴィンの姿を認めると、「よぉ、飛竜便の旦那。さっきは助かったぜ」と片手を上げて挨拶した。その仕草に、アルヴィンは彼が先程の逃走劇の際、殿を務めていた人物だと気付く。

 

「さっきの……。アルヴィンです、よろしく」

「おう、俺はグレイン。この隊商の護衛のまとめ役をやってる。さっきは情けない所を見せちまったな」

「いや、計画的な襲撃だったみたいだし、仕方ないですよ」

「とは言えなぁ……。昔、傭兵やってた頃は、こんな油断なんてしなかったんだけどな。鈍ったもんだ」


 そう言って肩を竦める仕草には、厳つい顔立ちにも関わらずどこか愛嬌を感じさせる。マルシムも彼には信を置いているようで、気安い口調で語りかける。


「馬車はやはり駄目でしたか。それで、どうします?」

「置いてくしかないだろうな。中の荷物は目ぼしい物だけは他の馬車に移し替えよう。敢えて幾らか残しておいてもいいかもしれん。荷は軽い方が良いし、追ってきた奴らへの目眩ましになる」


 腕を組んで今後の対策を論じるグレインに、マルシムも頷き返す。商人達の方を振り向くと、

「皆、聞いてたか? 壊れた馬車はキースさんのだよな? 置いて行った荷物の損失については、後で皆から補填したいと思うが、どうだい?」


 そう提案すれば、キースと呼ばれた壮年の商人は「こうなっちまったら馬車は使えないしな。こっちとしても助かる」と頷き、他の商人達も口々に賛同を示した。

 

「異議なーし」「おいキース目録見せろ」「重そうなモンは置いてくしかないか……」「おいおい、丁寧に扱えよ」


 商人達は早速とばかりに壊れた馬車に群がり、この状況下でも賑やかに会話しつつ荷物を引っ張り出し始めた。 

 彼ら行商人は個々の集まり、お互いにとっては商売仇の筈だが、そこには確かな仲間意識が見て取れ、アルヴィンはその様子を不思議な感覚で眺めた。


 

「これからどう動くかだな。アイツら、最初からこちらを待ち伏せする布陣だったからな。おそらく街道に網を張ってるだろう」

「上手く避けて通れないものですかね」

「そうだな……この辺りの地図はあるか?」

 

 その一方で、マルシムとグレインの二人の頭もまたその様子を確認し、この後に関して話し合いを始める。馬車が動かない以上、方針が決まるまでは動きようがないだろう。

 アルヴィンはそう見て取ると、二人に断りを入れてこの場を離れる事にした。

 

「あ、じゃあ、ちょっと俺は飛竜の様子を見て来ます。さっき、少し無理をさせたので」

「ああ、そうですよね。その節はありがとうございました。……あの、アルヴィンさん。この後もご協力を頂いても?」

「ええ、乗り掛かった舟ですし、出来る範囲であれば」

「ありがとうございます。また後で相談させて下さい」


 飛竜便を始めてから荒事が全く無かったとは言わないが、こちらは空を飛べる以上、自分達だけなら逃げの一手でどうにでもなってしまう。今回のようにウラリスに戦闘行動を取らせたのは飛竜便にして初の出来事であった。


(飛竜便初……どころか、実戦ではあんな事をするのは初か。我ながらよく指示を出せたし、ウラリスもよく動いてくれたもんだな……)


 戦う、と言うよりも最初から追い払うだけのつもりだったのが良かったのだろう。

 あの時は余計な事を考える余裕もなかったが、もし命を奪う必要があったとしたら、どうだったろうか。盗賊達に肩入れする訳ではないが、同じように出来る自信はなかった。


 今更ながらに腹の奥がざわつき、アルヴィンは相棒の元へと戻る足を早めた。


 *


「……ウラリス!」


 ウラリスは着陸した場所に大人しく座り込み、視線だけで動き回る商人達を眺めていた。アルヴィンが近付くと、ゥルル、小さくと鳴いて尻尾の先を一振りする。

 いつもと変わらぬその様子に、アルヴィンの肩から力が抜けた。

  

「悪かったな、無理させて。尻尾は大丈夫か?」


 寄せられた頭を撫で、荷物から乾燥肉の一抱えほどもある塊を取り出す。ナイフで食べやすいサイズに切り出すと、口の前に差し出してやった。ウラリスは機嫌良さ気に喉を鳴らすと、器用に舌で乾燥肉を浚い、咀嚼する。


(……うん、尻尾も特に怪我してないな)

 

 その隙に威嚇で使った尻尾の状態を確認するが、鱗の剥げ一つない健康そのものだった。尻尾は飛竜の身体の中でも特に鱗の厚い部位だが、あらためてその頑丈さに感心する。

 そうしているうちに肉を胃袋に収めたウラリスにもっと無いのか、と鼻先で小突かれた。


「おっと……、そう急かすなって。ほら、もう一枚食べるか?」

「――ほえ〜、これだけ大きいと肉のサイズも半端ないッスね」


 ふと背後から掛けられた場違いに高い声に、アルヴィンは振り向く。赤毛を短く刈った吊り目がちな少女が、好奇心を隠しもせず飛竜の食事シーンを興味深げに覗き込んでいた。声から受けた印象通り年若いが、弓矢を携え革の胴当てを身に着けている事から、商人の関係者ではなく護衛の1人なのだろう。


「……飛竜は一回の食事で大人の10倍くらいは食べるからな。今は間食オヤツだし、少ない方だよ」


 少々面くらったが、ああ見えて成人しているメリルラーダの例もある。年の事には触れずにアルヴィンが答えると、少女はふぅん、と感心したように頷くが、そこを離れる様子はない。


「……、あげてみるか?」

「ええっ!? いいんスか!?」


 若干の気不味さを憶えたアルヴィンが試しに聞いてみれば、少女は意外なほどに目を輝かせた。


「いいよ。はいこれ。……掌に乗せて、ゆっくり近づけて」

「う、うッス」


 喜びようの割には腰の引けた様子で、少女は肉を乗せた掌を飛竜の鼻先に近付けていく。

 ウラリスは肉と少女の匂いを交互にふんふんと嗅いだ後、アルヴィンに視線を向ける。頷きを返してやると、ようやく舌を伸ばした。

 舌が触れた瞬間に「ぅひ」と小さく声が漏れたが、取り落とす事もなく無事に肉はウラリスの口腔へと運ばれて行った。


「……っはぁ、やたっ、飛竜にオヤツあげちゃったッス!」

「まあ、普通はあんまり無いか、そんな機会」

 

 軽くなった掌を見詰めてぽつりと呟く少女の様子にアルヴィンが苦笑していると、少女は勢い込んでアルヴィンに迫った。


「そうッスよ! まさかこんな所で飛竜に出会えるとも思ってなかったし! おにーさんのおかげです!」

「おっ、おう。……ええと、飛竜好きなのか?」

「はい! 前に竜騎士様に助けられた事があって。……あの、あの、飛竜に触ってもいいスか!?」

「あ、ああ、そっとな」


 竜騎士に? 珍しい機会があったものだと、アルヴィンは内心で首を傾げた。少女は間食を終えてご機嫌なウラリスへそろそろと手を伸ばし、鼻頭へと触れた。


「わ、ザラザラしてる。……岩みたいッスねぇ!」


 呟いて、おそるおそるその周辺へ手を滑らせる。硬い表皮を持つ飛竜には触れられた感触があるのか分からない程のソフトタッチだったが、好意は伝わったのだろう。

 或いはオヤツをくれた礼かもしれないが、その手の甲をウラリスの舌がベロリと撫でた。


「うひゃー、舌もザラザラ! へへ、でもこうしてると犬と変わんないッスね!」


 少女は最初こそ身体をビクリと跳ねさせたが、元々肝が据わっているのかすぐに慣れたようだ。その指先は鼻から額の方へと移動し、コリコリと擦るような動きに変わった。

 それこそ犬か、何か大型の動物でも飼っていたのだろうか、生き物に触るのに慣れた手つきだ。ウラリスも存外悪くない気分なのだろう、されるがままになっている。


 興味を引かれたアルヴィンは先程の少女の言葉を思い返した。竜騎士に助けられる機会は、彼等が常駐する王都近辺ならともかく、そこを離れると滅多にあるものではない。――それこそ、戦でもない限りは。


「……竜騎士に助けられたって、前の戦争で?」

「え? あー、そうっすね。その時、アタシ東領の街に住んでたんで」

 

 三年前、隣国との戦争で最前線となったのが東領だ。戦自体は迅速に収束したが、竜騎士や魔女といった王国の主力が到着するまでに、東領は大きな被害を被った。

 

「竜騎士様に助けて貰わなかったら死んでたっすねー。親は間に合いませんでしたけど」


 おかげで“せんさいこじ“ってやつです、とあっけらかんと言う少女に、アルヴィンは軽い気持ちで聞いた事を後悔した。


「……悪い、無神経な事を聞いた」

「あ、いやいや! アタシはその後おやっさんに拾って貰えたんで、ツイてる方ッスよ。それに――」


 少女はにっ、と歯を剥き出しにして笑った。

 

「――こうしてまた飛竜に助けて貰えて、嬉しかったッス」

「……そう、か」


 ウラリスに頬擦りしながら笑う少女を、アルヴィンは眩しそうに見詰めたが、明るさに耐えかねたようにすぐ目を逸らした。


「……その、おやっさんてのは?」

「おにーさんがさっき話してた2人の、髭面の方ッス」

「髭面……。えぇと、グレインさんの方か。そう言えば、前は傭兵だったって言ってたっけな」

「ッス。アタシだけ生き残ったのはいいものの、路頭に迷ってた所で知り合って。戦争が終わった後も面倒見てくれてるんスから、とんだお人好しですよ」


 口調とは裏腹に、あの強面の護衛長の事を語る時の、その表情は柔らかい。それこそ親子ほどの年齢の差がある二人だが、彼の事を信頼しているのが見て取れる。

 相応に辛い経験をしただろうこの少女が、今こうやって笑えているのは彼の功績なのだろう。


「確かに、面倒見は良さそうだったな。……でも、なんで君まで護衛の仕事を?」

「あー、いや、周りには反対されたんすけどね。皆が身体を張って仕事してる最中に、アタシだけ安全な所で待ってるのが嫌で、無理矢理手伝いを始めた感じッス。実はまだ見習いもいいトコなんですよ」


 なるほど言われて見れば、彼女の持つ短弓も革鎧も、傷や綻びは見られない。実際に戦った経験など殆どないのだろう。


「そっか。……君は偉いんだな」

「やっ、そんな褒めても何も出ないッスよ? へへ、へへへ」

 

 もしかするとグレインが傭兵から足を洗ったのも、この少女の為もあるのかもしれない。危険度で言えば護衛という職業も大差ないが、少なくとも傭兵に比べれば綺麗クリーンな職業ではあろう。


 ……ふと、少女はアルヴィンの背中越しに何かに気付いた様子で、あたふたと慌て始めた。


「あっヤバい、ガルダさんが来た。見張りサボってたのバレる……!」

「サボりだったのか」


 おそらくそんな重要なポジションは任されていないのだろうが。アルヴィンが背後に目を遣れば、確かに護衛の一人がこちらに近付いて来ていた。禿頭の、いかにも厳しい顔をした大男だ。


「おにーさん、飛竜さん触らせてくれてありがとうッス!」

「ああ、……気を付けて」

 

 大きく手を振って元気良く走り出す少女を、アルヴィンは苦笑しながら見送った。隠れてこの場を立ち去れば良いものを、そんな事をすれば目立つだろうに。

 案の定、立ち去る少女の姿は男に目撃されていたようだ。

  

「――飛竜便の旦那、悪いね。エレザの奴が迷惑掛けててなかったかい?」

「ああいや、そんな事は。世話を少し手伝ってくれてたんですよ」

「クァウ!」


 エレザって名前だったのか、と今更ながらに思いつつ擁護してやれば、ウラリスまでも同意するように一鳴きした。

 飛竜の言葉が分かるわけでもないが、流石にこのガルダという男も気が削がれたようだ。元より、顔付きに反して厳しく叱ろうとするような素振りも見えなかったが。


「それならいいんだ。グレインさんが呼んでるんだ、ちょっと話を聞いてくれないか?」

「ああ、分かりました。じゃ、ウラリス、もうちょっと待っててくれな」


 相棒の鼻先を一撫ですると、アルヴィンは商人と護衛頭が話し込む場所へ足を向ける。


(……あの時のツケが、今になって回って来たかな……)

 

 途中、首筋を掻きながら、そんな事を考えた。

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