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飛竜と魔女の宅配便  作者: HAL
白竜節(冬)の章
8/14

飛竜便と傭兵②

 翌日の昼下がり、薄曇りの空の下を一頭の飛竜が翔けていた。

 

 空色の成竜だ。

 飛竜としては比較的細身ではあったが、頭部から尻尾の先まで含めると10m近い巨体を頑丈な鱗で覆い、風を孕む巨翼、長く鋭い尾を備えたそのシルエットは、見る者に自然の雄大さと畏怖を等しく伝えるに十分な貫禄がある。


 その背に載る巨大な荷箱や騎乗用の装具、地上から見上げれば目に入る、腹側の飾り布――『メイザール運送の飛竜便〜よろず宅配承ります〜』と書かれている――は、その飛竜が人と共に生きる事を選んだ証。

 上空の吹き荒ぶ寒風に耐える為か、今はそれらに加えて、首元から尾の付け根までを毛皮付きの外装で覆っていた。


 メイザール運送所属、初の王国での民間企業での運用例である飛竜便、その看板を一手に担う飛竜ウラリスである。


「…………寒い…………」


 その背に跨る配達員にして騎手、アルヴィンが噛み合わぬ歯の根の隙間から呟けば、相棒であるウラリスもまた、同意するようにヒュィイ、と呼気の足りない笛のような音で鳴いた。


 元来、飛竜は体温調節の苦手な生物であり、白竜節ふゆの寒気の前には動きが鈍るのである。

 国内で騎乗用に訓練された飛竜の殆どは、王国の誇る竜騎士団に従事している。謂わば国有であり、国防の要の一角を担っていた。それが寒さで役立たずになったのでは話にならない。

 その為、王国の飛竜達は国を上げて開発された特注の装具や魔道具等により、様々な寒さ対策が取られているのだが――飛竜便は、そこから漏れた数少ない例外の一つであった。


「これは一回身体を温めないと駄目だな……。ウラリス、そろそろ降りて休憩しようか」

 

 口元を覆う布の隙間から白い息を吐きながら、アルヴィンが声を張った。彼もまた乗騎と同じく、厚手の外套に長靴手袋、帽子にゴーグルとかなりの着膨れ具合だ。

 万全の防寒対策ではあったが、遮る物のない空の上、容赦なく吹き付ける寒風を二時間も浴びれば、否応なしに体温も奪われようと言うものだ。


 合図に反応したウラリスが高度を落とし、地表が近付く。眼下に広がるのはデコボコとした丘陵と木立が幾つも立ち並ぶ景色だ。その合間を緩く蛇行した街道が走っている。


 これがもし陸路なら、だいぶ余分に歩かされる羽目になるな――そんな事を考えつつ、アルヴィンは上手く風が避けれそうな地形の物色を始めた時だった。

 

「クィァア!」

 

 突然、短く鋭い声を上げ、同時にウラリスが再び高度を上げた。あまり耳にしない珍しい響き。警告の声だ。


「っと、なんだ!?」

 

 アルヴィンは驚きながらも、すぐに気を取り直して望遠筒――飛竜乗り御用達の携帯用望遠鏡だ――を取り出す。ウラリスが警告した理由は、レンズ越しにすぐに目に飛び込んで来た。

 丘陵二つに挟まれた細い街道を、荒々しい音を立てながら疾走する集団があった。2頭立ての馬車が5台、それに並走する騎馬達だ。


 集団は二つの勢力に分かれていた。馬車と、その前後を固める数騎。それらに罵声を浴びせ追い立てる多数の騎馬。

 

「……馬車の方は貴族や乗り合い馬車って感じでもないし、どこかの隊商かな。で、追っ掛けてるのは盗賊の類か。王都からもそんなに離れてないってのに、物騒なもんだ」


 アルヴィンは彼らの様相から、そう判断する。

 追われる馬車にも護衛が乗り合わせているようで、荷台から矢を放つなどして、盗賊達を牽制している。後ろを守る騎馬と協力して、今の所は上手く盗賊達が近付く事を阻止出来ているようだが、


「この地形は不味いんじゃないか……?」


 アルヴィンの頭に浮かぶのは、昔頭に詰め込んだ戦術教本の内容だ。馬車の行く先にある丘の上へと望遠筒のレンズを向け、つい舌打ちが漏れた。


 案の定と言うべきか、木立に紛れるようにしてそこにも盗賊達の姿が見え隠れしていた。計画的な襲撃なのだろう。馬で後ろから追い立て、逃げた先で挟み撃ちにする手法だ。

 

 正面から矢を射掛けられれば、戦闘訓練を受けていない馬はひとたまりもない。先頭の1台が足留めされれば、後は芋蔓式に全ての馬車が盗賊達の餌食となるだろう。 

 かと言って脇に逃げようにも、丘を登ろうとすれば重い馬車と盗賊達の馬では速度に雲泥の差が産まれる。後方に食い付かれるのは時間の問題だ。


 アルヴィンは飛竜を操りこそすれ、配達員だ。 

 決して騎士でも傭兵でもなく、争い事にわざわざ首を突っ込むほど粗暴でも、好奇心旺盛でもない。

 それでも、起こると分かっている悲劇を見て見ぬふりが出来ぬ程度にはアルヴィンは世話焼きで、お人好しなのだった。

 

「ああクソッ……やるしかないか……」

 

 アルヴィンの口から思わず悪態が漏れ出る。しかし一拍の後、口を引き結むとウラリスの背にそっと手を伸ばした。


「……ウラリス、追い払うだけでいい。やってくれるか?」


 それは風の音にかき消されてしまう程の呟きだったが、愛竜の耳にはしっかりと届いたようだった。クァッ、という短い返事に頷き、アルヴィンは首に掛けていた竜笛を緩く口に咥えた。

 

 緊張と寒さで笛の口金に歯が当たり、カチカチと小刻みに音を立てる。それでも吹き慣れた笛の音は、蒼穹に細く鋭く響き渡り。

 

 空の王者の放つ咆哮が、戦場に降り注いだ。


 *

 

  馬蹄が大地を踏み鳴らし、怒号が飛び交う鉄火場の空気を、突如として雷のような音が鋭く切り裂いた。

 その場にいた者の殆どが反射的に空を振り仰ぐ中、隊商の護衛頭を務めていた男は、他よりほんの少しだけ冷静だった。


「お、隙あり」


 無防備に空を見上げた手近な盗賊に馬を寄せ、その間抜け面に遠慮なく剣を振るう。頭一つ分軽くなったその身体がもんどり打って脱落していく様を尻目に、ようやく目線を音の発生源へと遣った。


 曇天の中、明らかに鳥ではない大型の影が宙を舞っている。彼――名をグレインと言った――は今でこそ護衛を生業にしているが、元々は傭兵だ。戦時中は王国側に付いていたから、そのシルエットにはよく見覚えがあった。

 

「上になんか来たとは思ってたが、飛竜か。……竜騎士ってえ訳でもなさそうだが」


 記憶の中の飛竜に比べると、頭上を飛ぶ飛竜は武装はなく、体格も少し小柄に見える。竜騎士達の駆る飛竜はもっとゴツくて、威圧感に満ちていた――この飛竜が小さくて威圧感がないかと問われれば、全くそんな事はないが。

 

 さすがにこの状況でアレにまで襲われてはお手上げだが、飛竜は彼の馬を追い抜くと、そのまま隊商の先頭車輌へ向かって行った。

 通り過ぎる際に、飛竜の背に男が跨っているのが見えた。大声で何やら呼び掛ける声が耳に入る。


『正面の丘に待ち伏せだ! 後ろは何とかするから、迂回してくれ!』


「あー、クソっ、なまってたな。こんな事なら俺が先頭に居座りゃ良かったぜ。後ろの方でサボろうとしてた罰かなこりゃ」

 

 待ち伏せの可能性はグレインの頭の中にもあったが、全力疾走する馬車の殿しんがりを離れられず、打つ手がなくて困っていた所だ。ぼやきつつ頭をボリボリと掻いていると、大地を噛む車輪の振動が大きく馬車を揺らし、針路が変わったのが判った。

 その動きに慌てて接近してくる盗賊達を、馬車に乗る仲間の矢弾と合わせて牽制する。と、先程の飛竜が旋回して、グレインの居る最後尾へと戻って来た。


――――ギュアオオオオ!!


「うへッ」

 

 飛竜の、再びの咆哮。先程はまだ距離があったが、盗賊達のすぐ真上で放たれたそれは、空気をビリビリと振動させ、聞く者を萎縮させる響きがあった。

 

 それを無防備に浴びた盗賊達、その乗馬には効果覿面であった。訓練された軍馬ですら怯む飛竜の咆哮である。それだけで前を行く二頭が恐慌し、棹立ちとなった。集団の動きに乱れが生じる。

 それでも後続の何騎かが先頭集団の脇を擦り抜け馬車を追走しようとしたが、すかさず急降下した飛竜の尻尾が、鞭のようにしなってその眼前の大地へと叩き付けられた。

 

 激しい音と共に土煙が舞い、飛礫が盗賊達の肌を打つ。それ自体は大きな怪我を負うようなものではないものの、馬の動きを制するには十分に過ぎた。今度こそ哀れな馬達は恐慌して騎手を振り落とすか、あらぬ方向へ暴走した。


 無論これだけで全ての馬が巻き込まれた訳ではないが、立ち込める土煙と混乱する他の馬に前を塞がれて、足を止めるよりほか無かった。

 たった一度ぶつかっただけで場を制圧して見せた飛竜にグレインはヒュウ、と口笛を吹いた。

 

 再び転進する飛竜に「助かったぜ!」とグレインが手を振ってみれば、騎手は手を挙げて応えた。そのまま先頭の馬車へと向かうと、待ち伏せを避けるように先導を開始する。

 

 チラリと見えた、飛竜の腹辺りにあった場違いな飾り布を思い返し、グレインは呟く。

 

「噂を聞いた事はあったが、あれが飛竜便ってヤツか。単なる運び屋って聞いてたが。あの盗賊達を制圧して見せた手並み、お手本みたいな竜騎士の動きだな?」

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