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飛竜と魔女の宅配便  作者: HAL
白竜節(冬)の章
13/14

飛竜便と傭兵⑦

「――――?」


 王都、クレシャンテ運送の事務所の一室。首筋に冷気が入り込んだように感じて、メリルラーダはぴくりと顔を上げた。


「……メリルラーダ、どうかしましたの?」


 向かいでお茶を啜っていた同僚に「あ、ううん、なんでもないよ」と返して、小さな魔女は首を傾げる。隙間風でも入り込んだか。そう思い直して次の魔女便のルートの確認に戻るが、どうにも背中だかお腹か、よく分からない場所がムズムズとして気持ちが落ち着かない。


(なんだろ、これ。なんか変な感じ)


 実の所、その感覚こそ魔女印シジルを通じて、付けられた者に迫る危機を精霊が報せてくれたものだったが――印を付けたのが初めての彼女にそれを知る由もなく、ただただ座りの悪い感情を齎すのみであった。


 それでも何処か感じるものがあったのか、メリルラーダは事務所の窓から四角く切り取られた空に目を遣った。


(アルちん、遠出って話だったけど、大丈夫かな――)

 

 *


 グレインと盗賊の頭領の戦いは、グレインに軍配が上がった。正確にはグレイン達に、だったが。


「クッソ、汚ねぇぞ……。一騎打ちじゃねーのかよ……」


 弱々しい声で街道に横たわる盗賊達の頭領を、グレインとガルダ、他数名の護衛達が見下ろしている。

 周囲の喧騒は静まりつつあった。護衛達の勝利によって、だ。頭領の討ち取られた盗賊達は瓦解し、その多くは散り散りに逃げ去った。引き際を間違えた僅かな手勢も、護衛達に鎮圧され、最後まで抵抗するか投降するかの二択を迫られていた。

 彼等の狙っていた隊商の姿は既に街道の遥か先にあり、街までに追い付く事は不可能だろう。

 

「おいおい、馬鹿言え。騎士でも戦争でもねーのに一騎打ちなんてやって何になんだよ」

「大将、アンタ本当に性格悪いよな……」

 

 頭領の脇で平然と宣うグレインに、傭兵時代からの部下が呆れ顔をした。

 元々、グレインは頭領の実力が拮抗していた時点で、一騎打ちで決着を付ける気など更々無かった。派手な動きで警戒させ、態と見せた隙を躱し、口車に乗せ、のらりくらりと時間を稼いでいただけだ。

 盗賊達の襲撃の手並みは見事なものだったが、それはあくまで自分達が攻め手に回った時。真っ向からの戦闘であれば、傭兵上がりの護衛達とは練度に覆せない程の開きがあった。

 つまり、盗賊達が隊商の後ろを追い掛ける構図になった時点で、唯一こちらと張り合える頭領さえグレインが抑えていれば、盗賊達に負ける理由など無かったのである。後は盗賊の数を減らした所で、護衛達の中でも実力のある者達で頭領を囲んで終わりだ。


 さしもの頭領もあれだけ暴れ回った後、利き腕と脚を負傷したとあっては抵抗する気力も使い果たしたようだった。ここで取り抑えた他の盗賊達と共に、大人しく縄で拘束された。

 間違いなく前科持ちだろうからして、運が良ければ賞金が出る可能性も高い。賞金稼ぎでなくとも、この商売は稼げる時に稼いでおくべきだ。


(昔ならいざ知らず、娘一人育てんのには何かと金が掛かるからなぁ)

 

 そう今から皮算用をしているグレインの横に、ガルダが馬を寄せた。その眉間に深く皺が刻まれているのを見て、グレインもまた眉を寄せる。


「……グレイン。不味い事になった」 

「なんだ、どうしたガルダ」

「エレザが馬車から落ちた。消息不明だ」


 短く告げられた言葉に、戦いの最中ですら動揺一つ見せなかった男が、その表情を強張らせ、大きく息を呑んだ。


 *

 

『――グァウ!?』


 隊商に並走するように飛んでいたウラリスが鳴き声を上げた。

 背後へと首を巡らせ、旋回に移ろうとする相棒にアルヴィンが慌てて声を掛ける。


「なっ、どうしたウラリス?」


 ウラリスはグルル、と喉を鳴らしながら、飛んで来た道を頻りに気にする素振りを見せた。何かあるのか、と目を凝らしたアルヴィンは、街道の向こうに後続の盗賊達の姿を見付けた。

 視力の良い彼でも豆粒にしか見えないような距離だったが、何故あんな街道を外れた場所で馬を走らせているのか。疑問に思い、その行く先を望遠筒で覗き見る――そして、彼等から遠ざかろうとする、赤毛の小柄な人影が目に入った。


「あれは……エレザか!? なんであんな所に!!」


 呻きつつもアルヴィンは手綱を操り、即座にウラリスを回頭させた。目線の先では既に盗賊達が追い付き、態々嫐るように少女と並走をしているようだった。

 盗賊達がせっかちで無かったのは幸いだが、何時彼等のの気が変わって、エレザに危害を加えるか分からない。飛竜の速度であれば直ぐに辿り着ける距離であるのに、それすらもどかしい。


 その刹那。

 焦燥感が、夕焼けに赤く染まる眼下の光景を、アルヴィンの目に火の手を上げる街並みと錯覚させた。心臓が大きく跳ね上がり、手綱を握る指先が強張る。


 ――アルヴィンはここまで、上手く自分を誤魔化してきた。

 

 盗賊達を威嚇し、追い払うだけ。

 戦闘には参加せず、上空から混乱させるだけ。

 

 それとて相手が命を落とす可能性はあったが、直接手を下すわけではない、と言い聞かせれば自分を納得させるには十分だった。

 

 だが、ここから先はそうではない。あの盗賊達を排除せずに、少女を助ける余裕など無いだろう。このまま進む事は、アルヴィンが、自分の意思で、相棒ウラリスに人殺しをさせる必要がある。


 この瞬間に、アルヴィンはその事を自覚した。

 

「――ぅ、」


 今直ぐに手綱を操って、ウラリスを反転させる、そんな衝動にアルヴィンは駆られた。

 こうして協力こそしているが、元々、彼等はえんゆかりもない一団である。その上、アルヴィンはただの配達員で、竜騎士でもなんでもない。どちらかと言えば隊商と同じ、守られる側の人間なのだから、ここで見捨てたとて、責められる謂れはない。


 それでも、

 

「――っ、ぅああああああっ!!!」

――――ギュアオオオオォォオン!!


 アルヴィンは雄叫びを上げていた。

 恐怖。忌避感。自分を縛る様々な言葉を、感情を、今だけは吹き飛ばそうとするかのように。主の思いに応えるように、ウラリスもまた雷鳴の響きで以て応えた。


 

 逡巡の間にも翼は風を切り、彼等を少女の待つ上空へと運んでいた。太陽を背に、上空から迫る脅威に先に気付いたのは、盗賊達ではなく馬達だった。

 突然落ち着きを無くし、鼻息も荒くその場を離れようとしだした馬達の様子に、少女を取り囲む盗賊達が戸惑う。その最中にウラリスは飛び込み――――圧倒的な暴力が、嵐のように吹き荒れた。

 

 最初の犠牲となったのは、エレザの前に立つ男だった。

 直滑降と共に、素早く伸びた飛竜の強靭な顎が、反応出来ず棒立ちとなった男の頭を咥え込み、振り回した。野生の獣さながら、一切の力加減のない動きだった。おそらく最初の一噛みで喉笛を噛み破られ絶命したであろう、一瞬の悲鳴は男の頭と共に千切れて風に舞い、首から上を失った胴体から紅い液体が雨のように噴き出した。

 その身体が地面に投げ出されるよりも早く、首を振るった反動で横薙ぎにされた尻尾が、背後に立っていた男の上半身を強打した。硬いものが砕ける音を置き去りにして、その身が跳ね飛ぶ。冗談のような距離を飛んだ男は、受身を取る事すらなく地面に叩きつけられ、動かなくなった。

 

 一拍の後、背の上が軽くなった馬達が狂ったような嘶きを上げ、出鱈目な方角へとにかく脅威から遠ざかるために走り出す。運良く1人生き残った男は、暴れ出す馬を制御出来ず、落馬して強かに身体を打ったようだった。


 それを横目に、飛竜の足元に膝を突く少女へ、アルヴィンは手を伸ばした。 


「手を伸ばせ!」「おにーさんっ!?」


 その声に呆けた表情をしていたエレザの瞳に光が戻った。跳ねるように飛竜の背から身を乗り出す、その手へと無我夢中で飛び付いた。 

 掌に伝わった温かい感触をアルヴィンを握り、少女の身体を鞍まで引っ張り上げる。


「捕まってろ!!」「――――っ!!」


 言うまでもなく、エレザはアルヴィンの胸に顔を埋めるように強く抱き着いた。その身体が小刻みに震えているのを感じつつ、アルヴィンは竜笛を鋭く鳴らし、ウラリスへ合図を送る。


 クァ、と短く鳴いてウラリスは翼を打ち鳴らすなり、一歩、二歩と加速して、最後に尻尾を地面に叩き付けると同時に地面を蹴った。大きく広げられた翼が風を孕み、二人を乗せた巨体が再び空へと舞い上がる。

 後はこの場を離脱して、高度を保って隊商と合流するだけ。そう考えて周囲の状況を確認しようとしたアルヴィンの目に、今し方放置した盗賊の生き残りの姿が映った。


 盗賊の男は、落馬し地面に尻餅を着いたまま、弩を構えていた。おそらく当てようとも思っていなかったであろう、顔面は蒼白で、ただ恐慌に任せて手元にあった物で抵抗を試みただけだ。

 あぁぁ、と意味を為さない声と共に弩のレバーが降りて太矢ボルトが放たれた瞬間を、アルヴィンはその動体視力の良さで以てはっきりと見えていた。


(あ、これは――)


 死ぬ、とハッキリ感じた。


 矢の鋭く光る先端が、まるで導かれるようにアルヴィンの首筋へと迫り――


 ――びゅう、と風が鳴った。


「……!?」

 

 丘の間を通り過ぎた突風に、アルヴィンが反射的に目を閉じる。その気紛れな風は矢の軌道をほんの僅かに持ち上げ、チリ、と首筋に一瞬の熱だけを齎すに留まった。

 太矢が背後へと抜ける間にも、ウラリスは弓矢の射程外まで高度を上げた。


「――痛っ、」

「おにーさん、大丈夫ッスか!? 怪我してるじゃないッスか!!」


 アルヴィンが首筋に手を当ててみれば、手袋の上を赤い液体が滑った。もぞもぞと身体を動かして顔を上げたエレザが悲鳴を上げる。


「いや、大丈夫だ。ちょっと掠っただけみたいだ」

「ちょっと待ってて下さいね、ハンカチがあるッスよ……傷口、押さえますね」

「そんな深い傷じゃないし、放っといても」

「何言ってるんスか、これくらいさせて下さいよ」


 エレザが片手で取り出した布を、よいしょ、とアルヴィンの首筋に当てた。実際、すぐに血が固まる程度の浅い傷ではあったが、ほんの数センチでもズレていれば、頸動脈を切り裂いていたのは間違いない。

 

「……あの、助けてくれて、ありがとうございました」

「ああ。……もうちょっと早く助けられたら良かったんだけどな。恐い思いをさせて、悪かった」

「そんな事ないっスよ!」

 

 助けに行くのを躊躇った引け目が口にさせた言葉を、エレザが勢い込んで否定した。至近距離で視線を交わし、少しばかりの潤みを湛えた、それでもなお真っ直ぐな眼差しにアルヴィンは気圧された。

 

「確かに恐かったッス……。でも、それだけで、済んだんです。おにーさんと、ウラリスちゃんのおかげです。ありがとうございます」

「……、……そうか。……なら、良かった」

「そうです!」


 アルヴィンの抱えていた葛藤が解決した訳ではない。それでも、こうも清々しく言い切られれば、これで良かったのだと思えてくる。

 命の恩人のそんな内心も知らず、照れたように視線を再び落としたエレザは、仲間達の所まで追い付いていた事に気付いた。

 

「……あっ、おやっさん達だ! 良かったぁ、戦いも終わってるみたい」

「……何か揉めてないか?」

「本当だ。おーい! みんな〜!!」


 上空から身を乗り出して呑気に手を振るエレザの姿を、後続部隊と戦う覚悟で引き返して来たグレイン達が間の抜けた表情で見上げた。

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