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飛竜と魔女の宅配便  作者: HAL
白竜節(冬)の章
12/14

飛竜便と傭兵⑥

「おーおー、飛竜便の兄ちゃんは無事に配達完了したみたいだな」


 グレインは馬を走らせつつ、飛竜便が首尾よく丘上の盗賊達への奇襲を成功させたのを確認する。

 隊商一同からの心の籠もった贈物プレゼントはしかし、彼等のお気に召さなかったらしい。盗賊達は殺気立った様子ながらも冷静に障害物を迂回し、返礼の為に丘を駆け下りて来る。相手の方が速度が出る以上、このままではこちらの横っ腹に食い付かれるだろう。 

 逃げ切りとはいかないようだが、目論見通り街道を封鎖される事は防いだ事で、上々過ぎる戦果と言えるだろう。


「このまま突っ走ればもうすぐ街だ! それまで時間を稼ぐぞ!」


 応、と護衛達の声が上がり、それぞれが盗賊の一団を迎え撃てるよう隊列の側面から後方に掛けて布陣する。


「おやっさん! 気を付けて!」

「おう! お前も無理すんなよ!」


 グレインが馬車の横を通り過ぎた際、エレザの声援が届く。返事をしながら目を遣ると、幌の中から身を乗り出す彼女の手に短弓が握られているのがちらりと見えた。

 数ヶ月前までは武器など持った事の無かったこの少女が、護衛の仕事を手伝いたいと願い出て、練習を繰り返したものだ。

 元々は戦災孤児である彼女を、戦いに関わらせるつもりは無かった――そう考える当人が戦いでしか生きる糧を得る方法を知らないのは因果なものだが。

 それが本人の希望でこうして武器を手に取っているのだから、まったく年頃の少女の考える事は分からないものだ。


 グレインは逸れそうになる思考を打ち切って盗賊達に目を遣った。流石に向こうは下り坂だけあって、既に相手の顔が視える程の距離まで迫っている。

 先陣を切って駆けてくるのは、粗暴を人の形にしたような男だ。格好付けのつもりか、頭部ごとなめした狼の毛皮を肩から掛けており、目立つ事この上ない。しかし曲刀を振り上げ吶声を上げて後続を鼓舞する姿は様になっており、酔狂ではあるが伊達ではない事が知れる。


「ははァん、どうもアイツが頭領みてえだな……」

 

 実際、盗賊などそもそもが士気も練度もバラバラな破落戸ごろつきの集まりだ。待ち伏せを潰され、手傷を追った現状、そのまま瓦解の可能性だってあっただろう。それをこうしてまとめ上げ、咄嗟に追撃まで行うのだから、頭領としては大した統率力と言えた。


「裏を返せば、アイツをればそこで勝ちも見えるってモンだな」


 グレインは獰猛に唇を吊り上げると、相手の吶声に張り合うように大剣を頭上へと掲げた。


「っしゃあッ! やるぞ野郎ども!!!」

 


 そうして、蛇行する道を疾走する馬車を中心として、それに追い縋り足留めしようとする盗賊達、盗賊達を近付けまいと展開する護衛達が激しくぶつかった。


 馬で駆けながらの戦いは足を止めての泥臭い打ち合いとはまるで様相が異なる。致命傷でなくとも、攻撃を受け落馬すれば運が良くて戦線離脱、悪ければ後続に撥ねられて一巻の終わり、という事もあり得る。

 本人が無事でも馬が負傷し、走れなくなればやはり戦線からは離脱する事になる。その点から言えば馬車の中から弓矢による攻撃が行える隊商側に分があるように思えたが、盗賊達の準備もさるもので、妨害に特化した道具を持つ者がおり、護衛達の壁を剥ぎ取ろうとする。

 

 その中心にあったのは、矢張り大剣を振るうグレインと、曲刀を操る盗賊達の頭領との打ち合いだ。馬を操る以上、手綱を取る必要がある。残る片手で重量のある大剣を残る振るうのだから、人間離れした膂力と体幹であった。

 頭領は頭領で、その鉄の塊の重量を馬上で受け流し、その曲刀を滑らせて逆に切り込む余裕があるのだから相当な手練と知れた。

 

 お互いが戦力の要であり、自由にさせれば戦況が傾く事は明らかだった。吹き荒れる暴風のような二人の剣戟に割って入れる者もおらず、混戦の中に合ってこの周囲だけはぽっかりと空間が空き、一騎打ちの様相を呈していた。


 ぶつかり合うのは互いの武器だけではない。

 

「ハハっ、盗賊なんてしみったれた商売やってるワリにゃ大した腕じゃねえか!」 

 

「チッ! そっちこそ商人共のご機嫌取りにしとくにゃ惜しい腕だなァ!! どっかで殺り合った事があるか?」


 馬同士すら鼻息を荒くしてぶつかり合うような距離で大剣と曲刀が噛み合い、間近で二人の男が対峙する。

 

「ハン、そんな悪趣味な仮装してる奴ぁ知り合いに居ねぇな!!」


「ンだとぉ? 手前ェをぶち殺したらそのツラもぶら提げてやろうかァ!?」


「おいおい、幾ら俺がイケてるからってそう言うのは困るぜ…………っとぉ!!」


 頭領が巧みな馬の位置取りと曲刀で大剣を横に流す。それが次の挙動に繋がる前に、グレインの脚が跳ね上がり、相手の馬の横腹を蹴り上げた。

 驚いた馬が蹈鞴たたらを踏み、打ち込む機を逃した男が慌てて馬を御して脱落を防ぐ。


「うぉっ、危ねえ……! 足癖悪ぃ奴だな!」


「おいおい、ただでさえ酒癖と女癖が悪いって言われてンのに、足癖の悪さまで増やすんじゃねえよ。これじゃ顔の良さしか残んねえじゃねえか」


「ハン、口と頭の悪さも追加しやがれ」


「おおっと、言ってくれるねぇ……!」

 

*


 

 エレザは先輩である護衛達の戦いを馬車の荷台から眺めていたが、ハッと慌てて傍らに置いていた短弓を手に取った。皆、戦っているのに、ぼさっと眺めている場合ではない。


「当たらなくてもいい、警戒させるだけでも十分……当たらなくてもいい……」

 

 弓矢が特別得意な訳ではないが、今は時間を稼げればいいのだ。グレインに言われた事をぶつぶつと繰り返しながら、戦場を見回した彼女は、乱戦を上手く避けて接近してくる騎影に気付いた。手には剣の代わりに、何やら紐のような物を振り回している。

 投げボーラだ。両端に重しの付いた投擲用の紐で、馬車や対人への殺傷力こそ低いが、上手く馬の脚に絡めれば転倒を狙える、この戦場に於いては厄介な武器だ。

 エレザが目にするのは初めてだったが、出発前の作戦会議の中で、先輩の護衛達から注意する武器として話を聞いていたのが功を奏した。

 

「あれは良くないッスね……!」


 その盗賊の男と、エレザの視線が合う。見咎められた事に気付いた男が馬車の前へと出ようと馬の腹を蹴った。速度を上げる馬に対して、それが死角に入る前にとエレザは揺れる荷台の上で慌てて短弓に矢を番えた。

 弦を引き絞り、


「てや!」


 掛け声と共に放った矢は、狙いを大きく外れるどころか山なりに飛び、威嚇にすらならなかったが――そこから幸運と不幸が、立て続けに彼女の身に降り掛かった。


 幸運なのは、奇跡的にその矢の落下の軌道と、ここぞとばかりに走り込んだ馬の軌道とが重なった事だ。


 ヒヒィィン、と馬の嘶きと、男の悲鳴が重なった。


 落ちてきた矢が尻に刺さった馬が前脚ごと上体を大きく反らしたのだ。まさに投げボーラを放たんとしていた盗賊の男は、堪らず態勢を崩して馬上から転げ落ちた。


「……。……ぃよし!!」


 一瞬呆気に取られたエレザだったが、結果としては見事な撃退だ。荷台から身を乗り出したままガッツポーズを取る。


 

 不幸なのは、盗賊の男の手を離れた投げ紐が中途半端に宙を舞い、馬車の車輪の軌道上に落ちた事だ。

 

 ガキン、と硬質な音が鳴り、少女の悲鳴が重なった。


 果たして投げボーラは車輪に絡まった。無論、馬の脚と違い紐が多少絡まった所で馬車の走行に影響はない。だが紐の先端、金属の重りを車輪と石畳が噛んだ瞬間、速度の乗っていた車体は大きく跳ねた。その瞬間は、エレザが興奮と共に身を乗り出したまま、両手も荷台から離していた瞬間だった。


 突然の衝撃に何処かに掴まる暇もなく、少女の身体は荷台の外へと放り出されていた。

 それでも咄嗟に身体を丸めたのは、先輩達にしごかれ身に付けた受身の訓練の成果だろう。少女の体重や身に付けている防具の軽さ、着地点が街道の石畳から路端の草地だった事も幸いした。


「ぶぎゃ!!」

 

 踏まれた猫のような声を漏らして地面に叩きつけられたエレザは、勢いのままゴロゴロとニ、三回転して止まった。そのまま目を回していたが、地面越しに伝わる振動に跳ね起きた。


「あっ、わっ、わわわわわ……!」


 馬車のすぐ後ろで戦っていた集団が接近していた。

 このまま寝ていては戦いに巻き込まれてかねないと、這々の体で街道から遠ざかり、草むらの中に身を伏せる。その直後、エレザの視線の先で護衛と盗賊達の騎馬が塊となって街道を駆け抜けて行ぅた。誰も彼もが目の前の相手に集中しており、少女の姿に気付く者がいなかったのは果たして幸か不幸か。


「ど、どうしよう……。皆、行っちゃった……」


 その集団を見送った後、エレザは呆然と呟いた。

 仲間から逸れ、馬も身を護る武器ない。どうにか身を隠しながら、街まで徒歩で向かうしか無かった。


「どっかに逸れ馬でも歩いてないッスかね……」


 街道は盗賊達が彷徨いている以上、丘の木立に紛れた方がまだ安全だろうか。そんな事を考えながら腰を浮かしたエレザだが、再び石畳を蹴る蹄音に気付いて、身を竦ませた。

 仲間達が通り過ぎた以上、これから来るのは後続の盗賊達以外にない。焦り、その場から遠ざかろうと咄嗟に駆け出した少女の姿を、盗賊達は見逃さなかった。


「――おい! こんな所に女がいるぞ!」


「…………ッ!?」


 背後から響いた声にエレザは顔を青褪めさせつつも、とにかく街道と反対方向へ駆け出した。或いは、伏せたままでいれば、見付からない可能性もあったかもしれない。いずれにせよその動きは遅きに失した。


 丘へ全力で足を動かすが、魔女ですらないただの少女が、馬の脚に敵う訳もなかった。丘の麓に辿り着く事すらなく、馬に乗った男達がエレザを取り囲んだ。


「おい何だよ、まだ乳臭えガキじゃねーか。女とか言うから期待しちまったぞ、どうしてくれんだ」

「つか、この格好……。商人の身内かと思ったら、護衛の方か。身代金にもなりゃしねえぞ」

「まあいいじゃねーか。そんならそれで後腐れなくヤれるってもんだぜ」


 三人の男達の視線がエレザを舐め回すように動く。

 既にに日は傾き、西陽が辺りを照らしている。紅く染まる空を背景に近付く彼等の姿は、かつて巻き込まれた戦争、その燃える街並み少女に連想させた。 

 嫌悪感に身を震わせつつ、武器になるものを探すエレザは、偶々足元に落ちていた木の枝を掴んだ。


「くっ、来るなあっ!」


 振り回して牽制するも、棍棒未満の枝は、ひゅんひゅんと頼りない音を鳴らすばかりだ。武装する男達達相手には威嚇にもならず、むしろその嗜虐心を煽ったようだった。


「へへっ、お嬢ちゃん、そんなもの振り回してちゃ危ないぜぇ〜?」

「ぅあっ!?」 


 鞘から抜かれてもいない剣で、力任せに腕ごと枝を払われてエレザが姿勢を崩す。その拍子に、襟元から鎖に繋がれた笛が跳ねて、西陽を反射して煌めいた。


「おっ、首飾り……いや笛か?」


 エレザにはその光が希望として映った。

 これしかない、と咄嗟にそれを掴んで、勢いよく吹き鳴らす。ピュゥ、というか細い音が辺りに響いた。 

 突然の少女の行動に面食らった男達だが、笛から出たのは少女の心情を表したかのような、小さく細い音のみ。それも数秒経っても何も起こらないと知ると、ゲラゲラと下卑た笑い声を上げた。


「なんだぁ? 迷子笛かぁ?」

「おいおーい、そんな音じゃ、お仲間にも聞こえないぜぇ?」


 囃し立てる声に構わず、すぐにエレザは身を翻した。虚を突かれた形となった男達だが、元より逃げ遂せるなど不可能な状況である。慌てて追い掛けるような素振りすらなく、余裕を持って少女を追い立てた。

 必死の形相で駆ける少女にわざわざ馬の足を合わせ、横合いから揶揄うように声を浴びせる。

  

「おい、どこ行くんだよ。俺達と遊ぼうぜぇ」

「諦めなってー。もうお仲間も行っちまって、助けなんて来ないって」

「それともこのまま街まで頑張って走ってみるか?」

「…………っ!!」 

「つれないじゃんか、無視すんなよ」

 

 反応の無い少女に苛立った男の1人が、その足に槍の柄を引っ掛けた。


「……あうっ!!」


 脛に走った痛みと共に、エレザが前方へと為すすべも無く転がる。今度こそ受身も取れず、べしゃりと地面に倒れ伏した。それでも腕をバネに、すぐに立ち上がろとした彼女の目の前を、馬の脚が塞いだ。


「へっへ、このまま遊んでやってもいいんだけどよ、あんまり時間を掛けてもボスに怒られちまうんでな」


 行く手を遮る男を、エレザは無言で睨み上げた。

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