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飛竜と魔女の宅配便  作者: HAL
赤竜節(秋)の章
1/14

飛竜便と魔女便

 王国の空は見事な赤竜節あき晴れ。透き通るような薄青から白へのグラデーションの中、小魚のように群れる雲を掻き分けて、一匹の飛竜が飛んでいた。柔らかな陽射しを存分に浴びて、空よりも蒼く鱗を煌めかせ、鳥よりも早く進んで行く。

 その背には人影があり、飛竜自身もまた騎乗用の鞍や手綱をはじめとする幾つかの装具を身に着けていた。その中でも異彩を放つ物が二つある。一つは鞍の後部にしっかりと備え付けられた巨大なコンテナ。旅の荷物と言うには大仰に過ぎ、明らかに飛龍用に作られたものである事が判る。もう一つは騎馬のサーコートさながら、首元から腹部にかけてを覆う一枚の巨大な布だ。馬用のそれとは違い、飛行の邪魔にならぬようしっかりと端まで固定されている。

 もし、地上に落とされた飛竜の影に気付いて空を見上げる者がいれば、ますこの布に描かれた内容が目に入るであろう。そこには風と竜を象った模様と共に、鮮やかな色合いでこうあった。


『メイザール運送の飛竜便〜万宅配承ります〜』


*


 ふわぁぁ………

 飛竜の背の上で揺られながら、アルヴィンは盛大に欠伸をした。制服制帽に身を包んでの配送業務中、とは言え、昼食後の昼下がり、穏やかな心地よい陽射しと風、眠気を覚えない人間の方が稀であろう。幸いにも空の上では人目を憚る必要もない———いや、あった。目線だけで気の緩みを咎めてくる愛竜ウラリスに、なんだよ、とやはり視線で返す。

———クァウ。

 しっかりやれ、とばかりに一声残して前に視線を戻す相棒にアルヴィンは苦笑して、金の巻き毛をガシガシと掻いた。

「分かった分かった。ちゃんと仕事する」


 アルヴィン=グランベルは空を飛ぶのが好きだ。地上での些事を忘れ、自分と、気の許せる相棒だけ、ただただ飛ぶだけの時間が好きだ。幼い頃に読んだ図鑑で、鳥はただ飛ぶために、不要な器官を削ぎ落とし、その身を軽くしていると知ったその時から20歳を幾らか過ぎた今の今まで、自分もそうありたいと思っている。 

 仕事すら関係なく空中散歩を楽しみたいのが本音だが、それだけでは生きていけないのが人間だ。せめて仕事中でもそれが叶うこの環境に感謝し、職務を全うすべきであろうと、アルヴィンは懐から紐に繋がれた方位磁針を取り出した。

 

 本日の目的地は王都から北に三時間程度の近場の街だ。尤もこれは空路での移動に限った話で、陸路を行くなら途上に横たわる山岳地帯を踏破か迂回かする必要がある。三時間どころか三日以上の道程だ。まさに飛竜便の面目躍如といった所であり、アルヴィンも幾度となく配送で通ってきた場所だ。

 今更迷う心配もそうそうないが、乗り手以上に仕事熱心な姿勢を見せる相棒に敬意を表し、眼下の地形と方角のズレがないか目視確認を行う。


*

 

「やっほー!いい天気だね!」

 天真爛漫な声と共に、手元の地図に影が射したのはそのときだ。アルヴィンはうっ、と呻いて視線を斜め上に滑らせた。視線の先に写ったのは飛竜と併走する一本の箒、そしてそれに跨る一人の魔女だ。

 いかにも魔女でござい、と主張するような真っ黒いつば広帽に胴衣ローブ。普通ならば大きく風に煽られるであろうそれらは、飛竜と同じ速度で飛んでいるにも関わらず、靡きすらしない。風を除ける魔法の加護だ。 

 しかしそれを纏うのが、小柄な体格に童顔、おかっぱ頭の三拍子揃っているとなれば、途端に豊穣祭の仮装の様相を呈する。肩から提げた、体格からはどう見ても大きな鞄がまたその印象を増している。

 それでも彼女はれっきとした魔女であった。一般人は箒片手に空を飛びはしないからだ。

 

「………メリルラーダ」

「あ、もう。メリルって呼んでって言ったじゃん」

 アルヴィンは魔女の名を呼んだ。そこに混じった溜息に気付いているのかいないのか、対するメリルラーダに悪びれる様子もなく、気安く愛称呼びを要求してくる。

 

「呼ばないって言っただろ………。何しに来たんだよ」

「ん?アルちんが前を飛んでるのが見えたから、挨拶に来たんだよ?」 

「アルちんとか呼ぶな。てか、挨拶が済んだならもういいだろ。俺は一人で空の旅を楽しみたいの!」

 しっしと追い払う手振りをするアルヴィンに、メリルラーダはきょとんと首を傾げた。 

「………挨拶、済んでないよ?」

「………?」

「アルちん、こんにちは!」

「………コンニチハ」

絶望的に噛み合わない会話にアルヴィンは頭を抱えた。魔女と言っても性格的な所は一般人と変わらないはずだが、確証を持てなくなってきた。


 アルヴィンがメリルラーダと知り合ったのは半年ほど前、やはり配送の途中だった。機嫌よく空を飛んでいる所にばったりと出くわし、無視するのも悪いかと挨拶を交わした程度である。それ以降、何故か懐かれてしまい事ある毎にこうして絡んでくるようになったのである。

 とは言え、ただ話し掛けられる程度で、アルヴィンも他者をここまで邪険に扱う事はしない。空を好きな人間に悪い奴はいないと言うのが彼の持論だ。それでもなお、頑なな態度を取る理由は、

「………あのな、何回でも言うが、あんまり馴れ馴れしくするなよ。俺とお前は———」


「———商売敵、でしょ?」

 魔女の唇がアルヴィンの言葉の先を拐った。

 

 何度も言うから憶えちゃったえへへ、と笑う魔女、メリルラーダ。彼女の跨る箒には柄頭から根本にかけて、旗のように横長の布が掛けてある。ゆるりと垂れ下がったそこには、黒猫と星を象った模様と共に、綺羅びやかな文字でこうあった。


『クレシャンテ運送の魔女便〜遠くの街へもひとっ飛び、お荷物お届けいたします〜』


*

 

 飛竜便。王都に居を構えるメイザール運送が一年前に開始した、読んで名のごとく飛竜による運送サービスである。長距離の輸送と言えば馬車が主流だが、それよりもより早く、広い範囲に物資を届ける事が可能である。欠点は飛竜の飼育に掛かる費用と、そもそも民間の事業に飛竜がと乗り手が行き渡る事が難しい事。

 魔女便。同じく王都に居を構えるクレシャンテ運送が半年前に開始した、読んで名のごとく、魔女による運送サービスである。飛竜と比べ小回りが効き都市内での配送が得意な他、魔法により重量や積載量を無視した輸送も可能である。欠点は魔女の実力によって質が左右されるのと、そもそも民間の事業に勤める魔女の存在が希少である事。


 いずれも、戦後の人や物流の活発化、軍備の縮小により飛竜と魔女が民間に流れる余地が出来た事で産まれた。民間としては初の空輸便だけあって、運送業界だけでなく市民の注目も集めていた。そして当然ながら、二つの運送会社は互いに覇権を争い、バチバチと火花を散らし合っているのであった。


*

  

「まいど〜、メイザール運送です。お荷物お届けに参りました」

「はいはいー、いつもありがとうございますー」

 

 アルヴィンの今日の配達は定期契約を交わしている商会の、週に一度の定期便だった。王都に居を構える本店から、この街にある支店への荷物の輸送である。荷物の引き渡しが終わったら、逆に支店からの荷物を預り、今度は本店に取って返す予定だ。遠方への配達依頼が重なれば二〜三日家を空ける事もある飛竜便においては、比較的楽な仕事と言えた。

 

 予定通りに昼前には街に到着したアルヴィンは、目的地が同じだったらしく結局街まで付いてきた———振り切ろうとしたが、相棒が巡航速度を遵守したせいだ———メリルラーダと早々に別れ、手慣れた様子で商会の敷地に着陸した。馴染みの商人との挨拶もそこそこに、ウラリスが背負って来た巨大な箱から、大量の荷物を次々に取り出していく。都合30分程の時間を掛けて、積み下ろしと目録の確認が完了する。

 

「はい、目録確認しました。帰り便の荷物用意するんで、一時間くらいしたらまたお願いします」

 これまたいつもの事で、アルヴィンはこの時間を利用して昼食を済ませる事にしている。比較的山間に位置するこの街は、やはり食材の鮮度が違うのか、ご飯の美味しさには定評があるのだ。ウラリスをそのまま商会に預け、今日はどの店で食べようか、この前行った食堂で隣の客が食べてたのが美味そうだったな、などと想像の味に舌鼓を打ちながら、彼は大通りへとその脚を急がせた。


*


 上機嫌で店の扉をくぐったアルヴィンを迎えたのは、大衆向けの食堂独特の賑わいと野趣溢れる香り、そして威勢の良い店主の掛け声………ではなく、お行儀の悪い魔女の呼び声であった。

 

「ん!ァルふぃん!………こっちこっち!」

 口に食物を含んだまま、フォークを握ったまま手をぴょんと掲げて合図を送ってくるメリルラーダの姿を認めて、アルヴィンは溜息を吐いた。そのまま踵を返したい衝動に駆られたが、食堂に居合わせた客の視線を一身に浴びた今となっては手遅れだろうと、甘んじて魔女のお招きを拝受する事にした。 

「フォークを持った手を振るな、お行儀が悪いぞ。あと食物を含んだまま喋るな。お前は何歳だ」

 せめてもの抵抗にと、椅子を引きながら食事の無作法を咎める。どうせこんなお小言など風のように右から左へと通り過ぎるのだろう、と考えての事だったが、

「………っ、ご、ごめん。………あと、年齢は19歳ですっ」

 返ってきたのは素直な謝罪、ついでに律儀な回答である。想定と真逆の反応に、アルヴィンの方が梯子を外された気分だ。おう、と誤魔化すように返事をして、タイミングよく注文を取りに来た店主に狙いの品と適当な飲物を頼む。


(こいつ俺の4つ下だったのか。もっと幼く見えるな)

 先に出された陽橙果オレンジのジュースが喉を抜ける、爽やかな酸味と甘みに満足感を覚えながら、アルヴィンはぼんやりと考える。

(そういやコイツと会うのは大抵空の上か街中ですれ違うかで、落ち着いた場所で話すのは初めてか。………しかし)


 いつもはアルヴィンが遠ざけようとしても話し掛けてくるメリルラーダだが、この食卓に着いてからは黙ってちまちまと食事を口に運んでいる。それだけなら多少の座りの悪さはあれど静かで良いと歓迎する所だが、アルヴィンが気付いていないとでも思っているのか、時折こちらにチラチラと視線を寄越すのだ。まるで叱られた後にご主人のご機嫌を伺う子犬である。

 

(………………仕方ねえなぁ)

 アルヴィンは気持ち長めの葛藤の後、彼女の見せた殊勝な態度に折れる事にした。普段は邪険にしていても、無視出来るほど非情になれない自分が呪わしい。

「あー、そんな怒ってないから、何か喋りたいなら喋ったらどうだ?」

 そう水を向けてやれば、メリルラーダの身体がひょいと跳ねた。慌てて口の中の物を飲み込むと、おずおずと口を開く。

「………あのね、私あんまりお作法とか、詳しくなくって。嫌な思いさせてごめんね」 

「いや。………意外と作法とか気にするんだな」

「うん。決まりごとは大事でしょ?精霊と話したり、魔法薬を作ったり、何でもそうじゃん」

「例えが魔女ライク過ぎて共感し辛いな………まあ、こんな場所だ。正直俺もそんなに気にしてない」

「おっ、こんな場所とはあんまりだな?」

 会話の途中で、ぬっと眼前に大皿が突き出される。視線を上げればニヤリと笑う店主が、ほくほくと湯気の立つ肉料理を運んで来た所だ。

「おっと………。こんな美味そうな料理を出す場所に失礼だったかな」

「ハッハ、まあ、こんな場所だ。嬢ちゃんと楽しく食ってくれや」

 アルヴィンの軽口に快活に笑いながら、店主は厨房に戻って行く。その後ろ姿を眺めながら、メリルラーダが呟く。

「………こういう場所でご飯食べるの、賑やかでいいね」

「うん?いつもはどうしてるんだ?」

「お弁当か、買ったものを空の上で食べてるかなぁ」

「そりゃ羨ましい。ウラリスの背中でそれやったら風で全部吹っ飛ぶわ」

 

 肩を竦めながら戯けるアルヴィンが、内心では本当に羨ましがっているのが分かったのだろうか。メリルラーダは邪悪な陰謀を画策する魔女のように、ニヤリと笑った。

「………ね、今度風除けの魔法、内緒でアルちゃんにも掛けてあげる。そんでお空の上でご飯食べよ」

「そりゃ悪くない提案だ。その時は自慢の相棒の背中にこっそりご招待するよ」

 密談するように顔を近付けてひそひそ声で話すメリルラーダに、アルヴィンもクククッ、と密輸業者のように喉の奥で笑う。

  

 二人はライバル関係にある運送所の所員で、商売敵だ。実際アルヴィンなどは今朝も所長直々に、『魔女便にだけは絶対に負けるな』と厳命されて出立してきた。


(………それでもまあ、休憩中くらいは構わないだろ)

 配達員同士が交流してはいけないという、決まりごとは無いのだから。

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