第5章 スーパーナース登場(2)
夜勤との交代が午後5時から始まった。担当は三度目の朗らか系アラフィフナースである。この方も一生懸命の方でユーモアもあった。
彼女は夜勤のとき午後4時に来て、翌朝午前10時までいる。タフだなとリスペクトしたぐらいだ。オレから見るとナースが天職で、楽しく仕事をしているように感じた。しかしこれは後日思い違いと気づく。
彼女は思ったことを口に出してしまうことがあった。それで同室の患者から、クレームをつけられる。話を聞いてて、躱すことができるのになと思った。
発端は受け答えの些細なことに、突っ込まれてしまう。この患者はクレーマーではなく、手術直後のため痛みで苛立っていた。
ナースは相対的にクレーム対処が下手なようだ。オレがレクチャーして教えたいくらい。ここで佐助流クレーム対応三ヶ条を述べよう。
①言い訳は絶対ダメ。
言い訳は火に油を注ぐようなもの。自分や会社を守ろうなんて思わない。思っていても口には出さない。これをクリアしないと、すぐに二次クレームとなる。俗に言う『お宅じゃ話にならない。上の責任ある人間をよこせ』
オレも何度も言われたものだ。人は失敗を重ねて、学習する才能を持っている。
②クレームをつける本人の話を認める。
経験上『仰る通りです』と認めた瞬間に、態度を和らげる方が多かった。たとえそれが嘘でも、泥棒には三分の理がある。会社では下手に認めるな、後で言質を取られると言う人もいた。
これはプロの言葉ではない。言質云々言ってくるのは、トラブルも最高潮のときである。そんなことを気にしていたら、交渉などできない。認めるのは誠意である。
③ちゃんと謝罪し、お詫びにクオカード等を進呈する。
当たり前のことだが、謝っただけで何もなしは失礼に当たる。クレームマニアが横行しているのか、結構これが多い。癖になるからとしない企業は、お客様の信頼を得にくい。
クレームは接客、小売業に付きもの。未来永劫消えることはない。ピンチのように思えるかもしれないが、逆にチャンスと考える。その心はヘビーユーザーを増やす機会なのだ。
これはオレが経験した実話である。大戸屋で蕎麦とブリ丼のセットを食べて会計しに行くと、ポスターにブリ丼の切り身が5枚乗っていた。
オレが食べたのは4枚である。おかしいなと思っていたが、4は不吉な数字なので和食では3か5が通例である。会計の順番が来て
「ブリ丼美味かったけど、切り身が4枚だったよ」
レジの女性スタッフは
「大変申し訳ございません。次回、これをお使いください」
と言って、無料食事券を差し出した。オレはビックリして
「エッ、いいの。切り身1枚で、そんなつもりで言ったのではないよ」
「とんでもございません。たとえ切り身1枚でも、私どものミスです。これに懲りずに、ご来店をお待ちしております」
スゲー!マクドナルドも真っ青な、見事なクレーム対応であった。無料食事券は上限なしなので、1週間後に一番高いビーフステーキ定食を堪能する。
その後、この大戸屋は度々使わさせて頂いた。ヘビーユーザーとまではいかないが、ファンになったのは言うまでもない。
大戸屋の女性スタッフは見事に、ピンチをチャンスに変えた。事実は小説よりも『喜』なり。以上がオレなりのクレーム対応三ヶ条であった。
この日の午後、看護助手にドライシャンプーを頼む。彼女が
「高山さん、今日はちゃんとお湯でシャンプーをしましょう」
「エッ、できるの」
「エエ、ドライだとスッキリしないでしょ。やりましょうか」
黒のビニールを身体に巻いてお湯だまりを作り、仰向けでシャンプーしてくれた。久しぶりに爽快になり、気持ちよくなる。
仕上げはドライヤーで乾かしてくれた。
「ありがとう。スッキリしました」
人の情けがうれしいと思ったのは、このときであった。病院は医師、看護師以外でも必要な人々がいる。患者の喜ぶ顔を見るのが、彼女たちの願いであろう。
元気が出てきたので、廊下散歩をお願いした。午後3時から、点滴台に色々なものをぶら下げて廊下を一往復する。片道約30メートルだが、今日はこれが精一杯で息が切れかかった。
ベッドに戻ると、排尿痛がひどく1時間ほどのたうち回る。我慢の限界を超えて、たまらずナースコールをした。担当のナースが来て
「どうしましたか」
「排尿すると痛くてたまらないので、膀胱からのチューブを抜いて」
「お小水出すために、もう少し我慢できませんか」
このナースはダメだなと思いつつ
「激痛に耐えろと言うのかい。それじゃ、本末転倒でしょ。先生に聞いてみて」
「わかりました」
問題が発生したとき、患者に負担があっても現状を変えようとしないナースは落第。言い争っても無意味なので、先生呼んでか、指示を聞けと話す。
これと同じ問題が後日発生するが、そのときのナースの対応がファンタスティックであった。これは後述するので、お楽しみに。
ナースは先生の指示により、膀胱に入れたチューブを外す。こうなることは自明の理である。お陰で痛みは収まったが、尿の出は悪くなった。
頻尿も戻り、尿瓶を股の間に挟み寝ている状態。短時間で尿意があり、その度に一物を尿瓶に入れるのだが、チョロチョロとしか出ない。
これでいい訳ないと、頭ではわかっている。しかしあの激痛は願い下げだ。尿路結石で排尿するときの痛さは、経験しないとわからないだろう。このときは、あれよりも痛い!
夜勤との交代時間が来る。この夜はワーストに近いナースであった。それは酷いもので、オムツの交換は雑で、お尻の爛れたところに軟膏を塗ってくれない。
それも一度目はオレから言っておいたのに、二度目は忘れる。オマケにスタンドの灯りは点けっ放し、カーテンも閉めずに開けっ放し。
明け方には、つまらないことで小言を言われる。このナースには思い遣りが感じられず、残念であった。他のナースに苦情を言っても、伝わらない確率が高いと思われるので無言である。
この夜勤のナースが自身で気付くことを願う。自分で気付けば、彼女の世界は一変するに違いないだろう。