第2章 2日目
入院二日目の朝を迎える。現状は腸閉塞の影響で腹が膨張し、痛みが半端ではない。主治医の丁髷改め山田先生が二日後に、内視鏡手術で腸閉塞の解消を図る予定だ。
手術までの二日間は劇薬痛み止め『ソセゴン』の使用で、ナースとの交渉が続く。朝9時に夜勤と日勤が交代する。この時間にナースコールをかけた。交渉相手は二人となる。
「どうされましたか」
「痛み止めを頼みます」
夜勤ナースが
「高山さん、まだ8時間経っていないし、あと1時間我慢できますか」
「イヤ、無理みたい」
日勤ナースがパッドの電子カルテを見て
「アラ、補助でロビオン使用可になっています」
それを聞いた夜勤ナースはパッドを確認して
「ホントですね。高山さん、ごめんなさい。ソセゴンより弱いけど、ロビオンを出しますね」
一度目の交渉は訳が分からずだが、結果オーライであった。今度の痛み止め『ロビオン』は白色で量は少ない。ソセゴンとの効き目の差は半分くらいか。でも、ないより全然ましである。
午前中に血液を採取され、その後地下のレントゲン室へナースがオレの乗る車椅子を押して行く。栄養剤の点滴は24時間付きっぱなし。禁食事のオレにはこの点滴が命綱である。この日3回目のソセゴンはトラブルもなく、午後2時に付く。
さて、ナースの性格がいち早くわかる方法を見つけた。それは部屋に入って、出ていく仕草でわかる。大部屋がカーテンで仕切られているのはご存知であろう。
ナースが出ていくときに、外からカーテンをちゃんと元通りにしているか。ナーンだ、そんなことかとお思いだろうが、これで性格がわかってしまうのである。
解説しよう。
①外に出てから後ろ手で、見もせずに適当に閉める。チェックなし。
②外に出てから向き直り、キチンと元通りに閉める。
③ワンツースリーとスピーディに、後ろ手なのだがソコソコ閉まる。流し目でチェックをする。
④何もしない。カーテンは空きっぱなし。
この4つが観察してわかった。一番のベストは②であることに、誰でもわかるだろう。しかし残念ながら少数である。これが日本の伝統的な、おもてなしの心なのだが。息子がいたら、この女性を嫁さん候補にしたいほどだ。思い遣り度最高だからである。
次のベターは③で、合格点ギリギリかな。このタイプは何でも卒なくこなし、クレームも少ない。常識があり、周りと協調しているだろう。③は2番目に多く、オレも外から見えなければ文句はない。
問題は①である。真面にカーテンを閉めていない。何しろチャンと、見ていないのだからね。観察をする仕事なのに不思議である。
接客業がこれをやればどうなるだろうか。クレームは避けられないだろう。看護師は接客業ではないと、態度で看護師自身が語っている。だから患者もこの程度では文句を言わない。
「また閉まっていない、しょうがねぇな」
で、済ましているのだ。しかし、再入院する気にはならないかもしれない。ナースが何でこんな行動をするのかをポジティブに考察した。
ナースの頭には次の患者や、仕事のことで回転している。だから治療の終わった患者に気を配るゆとりがない。ワーカーホリック(仕事人間)になるタイプがこれであろう。しかし、このタイプにも誠実な方がいた。この①が最高人数なのだ。この病院の教育方針が……。
④は論外で少ないと思ったら、しっかりいるのだ。忘れていたのかもだが、当然の如く落第である。女性の大部屋なら、閉め忘れはしないだろう。男は開けっ放しでも気にしない人がいるので、クレームにならない。このタイプだけは息子の嫁にしたくないね。
ただでさえプライバシーが少ない大部屋だからこそ、キッチリとカーテンを閉めて頂きたいな。ちなみに今夜のナースは②のベストである。彼女はカーテンを端まで閉めてくれた。昨日は①で、時たま④がいる。これを解消するにはマニュアル化するとよいだろうな。
日本では国家試験に合格すると、2つの職種が先生と呼ばれる。一つは医師であり、もう一つは教師だ。わずか大学を卒業して22,24歳でも、尊敬される職業だからである。
80歳のバアちゃんが24歳のインターンに先生と言う。言う方も言いにくいが、言われる方もムズ痒いだろう。これが日本である。
看護師は医師の補助としての職業で、白衣の天使が通り名になった。これが社会通念としてあるため、『看護が接客とはこれいかに』と言われそうだ。
仰る通りである。だがちょっとだけ考えてみよう。思い遣りは接客だろうか。いや、人間の美しい心情の一つである。
では接客は思い遣りだろうか。例をあげてみよう。お年寄りのお客様がウロウロと売り場をさ迷っている。そこにスタッフが
「お客様、何かお探しでしょうか」
と話しかけることが思い遣りとなるだろう。お客様の立場になって行動するのが接客の真髄といえる。つまり優れた接客をするための基本だ。
では接客を看護に置き換えれるか。看護は思い遣りといえる。優れた看護をするための基本だ。全くその通りである。
オレは思う、看護も接客も紙一重。人と接するには変わりなし。あるのは楽しさを与えるか、苦しさを取り除くかの違いである。苦しさを取れば、残るのは楽しさ。何のことはない、同じに近い。異論はあるだろうが、こう考えるのが楽天的ポジティブの高山佐助流である。
また脱線したので戻したい。痛み止めのソセゴン交渉である。
「痛み止めの点滴をお願いします」
「アラ、まだ5時間ですよ。少し早すぎるでしょ」
「白いロピオンでは半分も量がないし、効き目も半分。だから時間も半分でしょ」
「……、相談してきます」
5分後、彼女は痛み止めの点滴用具をオレに付けてくれた。交渉事ならナースさんに負けませんよ。海千山千の不動産屋や経済ヤクザまがいと、言葉のやり取りは無駄にはならないね。と、腹の中は満面の笑みであった。
この日の夜勤は珍しく、若い長身なナースである。この娘はカーテン③であった。若いということは良い。交渉でも
「あと1時間我慢しましょ」
「30分で勘弁、でも30分単位の精密な問題かい」
「そうですね、ハハハ」
だって。15分で点滴チューブを持ってきてくれた。次の夜中の3時も、二つ返事でOKである。