第1章 入院初日
この病院は10階より上はシニアホテルで、高級老人ホームみたいだ。エントランスはホテルのようで病院には見えない。如何にもここは病院ですという建物では、古いということか。
それでオレも建物のデザインに興味を持ち、覚えていたのだから。これが入院まで繋がるとは不思議なことである。入院してから分かったことだが、ホテルを買収して病院にしたとのこと。
病室は広く県立精神医療センター並みで、ベッドの両端の空白は70センチ以上あった。この部屋は満室でなく、定員4人のところ3人である。
鞄一つで来たオレはCT検査で着替えた入院着のままベッドに寝た。横になっていると、いつの間にか寝たようだ。気が付いたら丁髷先生が立っており
「入院は正解でしたね。CTを見る限り、大腸ガンです」
とCT所見報告書を渡される。それには
『下行結腸悪性腫瘍の疑い』と書かれてあった。他に
『膵臓、肝臓、腎臓、胆のう、脾臓は異常を認めず。前立腺肥大を認む』と明記されている。
この歳なら、ほとんどの男は大なり小なり肥大だよと思いつつ、全部の臓器をチェックしたのかと舌を巻いた。20分でわかるとは、CT検査ってスゴいな。
これがオレの大腸ガン・腸閉塞入院奮闘記の幕開けである。現在このノンフィクション小説と併行して執筆している『トリプルフェイス第二部』で、大腸ガンは腫瘍(主要)なエピソードにする予定だ。
当然だが主人公の信七郎に、襲い掛かってくる災難である。ピンチの後はチャンス、またピンチと忙しく嵐が吹き荒れるだろう。信七郎の運命はいかに。第二部は300枚の予定である。
一日目の入院で、痛み止めを丁髷先生に所望した。入院もしたことだし、いつまでも丁髷では悪いので、本名である山田先生と以後は呼ぶことにする。
すぐさま点滴の用意がされ、痛さがスーと消えた。※ハイヤーパワーでも追っつかない、素晴らしい効能だ。科学の進歩を身体に感じる思いである。
※筆者注:ハイヤーパワーはアルコール依存症の自助グループASの造語で、奇跡を表現する。『高所からの力』⇒『天からの力』⇒『神様からの贈り物』と筆者は解釈した。
ところが5時間経つと、超能力が消えてしまう。消え方も素早く、ドーンと痛みが突然の雷のように襲ってきた。寝ても立ってもいられず、始めてのナースコールである。
入院1日目、午後7時過ぎに担当ナースが
「高山さん、どうしましたか」
「痛み止めの点滴を頼みます」
ナースはカルテを見ながら
「前回が午後2時なので5時間です。この痛み止めは劇薬なので、1日三回の使用制限があり8時間は空けたいので、もう少し頑張ってください」
オレは不満そうに
「あと3時間も待つなんて、無理難題ですよ。この痛みには神も仏も容赦なし。今すぐお願いします」
ナースはオレの屁理屈に、吹き出しそうになりながらも
「では1日目だから、今日はお出ししますね。次からは8時間後ですよ」
「ありがとうございます。釈迦もキリストも、味方してくれました」
人間とは弱いもので痛み止めを経験してしまうと、痛さを我慢することが辛くなる。超強力な鎮痛剤は麻薬であるから、これも常用すれば依存症になるのだ。
お陰でオレはこの麻薬をなしに、この先8日間を過ごせなくなった。腸閉塞の激痛は増えることはあっても、減ることはないのだ。
そして深夜1時に再びナースコールをする。
「はい、どうされましたか」
「痛み止めをお願いします」
「前回は6時間前です。あと2時間我慢できませんか」
さっきはこっちの顔を立ててくれたので半歩引く。
「わかりました。我慢してみます」
我慢恐恐の限界である1時間後に、三度目のナースコール。看護師も人の子、神の子、仏の子である。5分後には痛み止め麻薬に点滴がぶら下がっていた。これで朝まで何とか、保つことができたのである。
それではこの病室の住人を紹介しよう。オレの対面は盲人である。トイレの度にナースコールをしていたので気が付いた。
食事の時間におかずの内容をナースが説明する。固形物を食べられないオレには聞いているうちにツバが自然と出てきて、お預け状態を食らっているポチであった。
「今日はご馳走ですね。ビーフシチューですよ。カリフラワーもあります」
さすがに声だけでは、孫娘並みのヨダレまでは出なかった。このご仁は腎臓が悪く、透析治療を受けている。また毎日リハビリの指導員が来ていた。しかし医師の診察がない。何の病気で入院しているのかがわからなかった。非常に静かで、音声時計が毎時に声を発するだけであった。
窓側の住人は少し足を引きずっていた。右尻に痛み止めのブロック注射を定期的に受け、リハビリを毎日受1時間けている。
腰か坐骨神経痛での治療と想像した。この住人もおとなしい。三人の中で、オレが一番騒がしいかも。独り言で痛いを連発するし、深呼吸を度々してスーハーと発し、小さいながらも音を出している。