後日談 初デート(終)
壮士君と弁当を持って数分歩いた後、目的地にたどり着く。
そこは等間隔に木が並んでいて、木の葉が日の光を遮ってくれている所だった。
少し高台になっていて、見晴らしもいい。
風の通りも良くて、でも強すぎる訳ではない。そんな場所だ。
――要するに、ピクニックに向いている所。
というか、そういう風に作られていると言ってもいいかもしれない。あまり有名ではないようだけど、どこどこの団体が作ったとかネットに紹介記事があったし。
「……ここでいいかな?」
「はい」
壮士君に振り返りながら首を傾げる。
彼も頷いてくれて、二人で協力してビニールシートを広げる。少し斜めになった地面にシートを石や鞄で動かないように固定した。
そして上に上がって、お弁当を広げて。
お茶を入れて、箸を手に取って、さてさっそく、と――。
「――あ」
そんなとき、ふと、風が吹いた。
風に髪が流されそうになるのを軽く手で押さえる。視界の端で金色が木漏れ日を反射して光っている。
「――」
――五月の、まだ早い時期。
春と夏の狭間。風の気持ちいい季節。
思い切り背伸びをしたくなるような、そんな陽気の中。
鳥の鳴き声がどこからか聞こえてきて、遠くからは子供の楽しそうな声も聞こえてきていた。
「……」
……少し、ただ、ぼうっとしている時間があって。
「……食べよっか」
「あ、はい」
軽く頭を振って、箸を持ち直す。
彼もなにかに気を取られていたのか、少し慌てたように箸を伸ばした。
「……ん、美味しいです」
「そう?」
「はい、とても」
「……そっかぁ」
ただ、二人で弁当を食べる。
彼がから揚げに手を伸ばす。それは自信作なんだと僕が言って、彼も美味しいといってくれる。
いつも料理ありがとうございます、と彼が彼が頭を下げて、好きでやってるからと僕が笑う。しかし彼はそれでは納得しないようで、今度は俺が作りますと言う。僕は楽しみにしてるねと言いつつ、彼の部屋のカップ麺の山を思い出す。少し不安になって……。
「……じゃあ、そのときは一緒に料理しよっか」
「え、はい是非」
「うんうん」
――なんて、そんな一時があった。
……穏やかな雰囲気。
いつもと同じ、なんてことのない話をして、お茶を啜って、笑い合う。ただ寄り添っているだけの時間。
「………………ぅ」
「あれ?」
――そして、そんな時間がしばらく続いたころ。
「壮士君、もしかして眠い?」
「……あ、いえ! 違……」
途中、壮士君がうつらうつらとして、彼が慌てたように頭を振る。
そして、何度か目を泳がせた後、肩を落とした。
「……その、すみません」
「いいんだよ? 最近、夜遅くまで頑張ってるし……ここ、昼寝をしたら気持ちよさそうだもんね」
「いえ、しかし……」
肩を落とす彼に、そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのにな、と思う。
最近の頑張りは僕だってよく知っているし。就活はいつだって大変なわけで。
そもそも、僕は壮士君の力になりたいといつも思っているし。
だから、むしろ休めるならそれはそれで嬉しいと思うし。
……あ、そうだ。
良いことを思いついた。
「ね、膝枕してあげようか」
「え?」
「少し横になると良いよ」
それがいい。そう思った。
だから彼の手を引いて、軽く抵抗する彼の体をこちらに倒して。
「……いや、その、これはちょっと」
「いいからいいから」
「…………しかし、その………………失礼します」
――彼の頭を、膝の上に乗せる。
たしかな重みがあって、温かくて、スカート越しに髪のチクチクとした感触が伝わってくる。
折角のデートだもの。こういうのもいいと思う。
ドラマで見たし。浮かれているかもしれないけれど、別に変ではないはず。
……それに僕、お姉さんだったし。
ちょっと、気恥ずかしくはあるけれど。
「眠ってもいいよ?」
「これは、むしろ目が冴えてしまいそうですね……」
「そうかな?」
彼は緊張した面持ちで目を泳がせて……しかし、しばらくすると全身から力を抜く。
そして、一分、二分と時間が経って――。
「――」
――いつしか、寝息を立て始めた。
思ったよりあっさりと。やっぱり疲れていたんだろう。
「…………ごめんね。でも、ありがとう」
謝って、お礼を言う。
彼の気遣いと、その優しさに。
「……」
日の光を遮るように、手のひらを彼の目元にかざす。
彼の寝顔は穏やかで、静かで。
「……ふふ」
……なんだかずっと見ていたくなるような、そんな気持ちになったんだ。
◆
「……その、すいません、本当に寝てしまうとは」
「いいんだよ?」
「……いえ、そんな訳には。折角のデートなのに」
しばらくして、彼は目を覚ました。
そして少しボンヤリした様子で目元を擦った後、慌てたように頭を下げる。
「一時間くらい経ってますよね……俺の頭、重くなかったですか?」
「うーん、それはね」
重かったかと聞かれれば、たしかに重かった。
途中で足がしびれてきて何度か体勢を変えたりもしたし、というか今も痺れているし。
……でも。
「……でも、幸せだったから」
「え?」
「上手くは言えないけれど、なんだかすごく幸せだったから」
胸が、ただただ満たされていたんだ。
顔がニヤケてしまっているのを自覚するくらいに。
「だから、いいんだよ?」
「………………そ、そう、ですか」
気にしなくてもいいんだよ、と。
そう伝えると、彼はなんだか口元を隠して顔を伏せる。
……少し、恥ずかしいことを言ってしまったかも。
「……ありがとうございます」
「そう?」
でも、恥ずかしくても後悔はなくて――。
◆
――それから。
僕たちはしばらく木陰の下にいた。
僕の足からしびれが抜けるまで。
そして、顔から赤い色が抜けるまで。二人並んで。
これで初デート編は終わりです。
張りっぱなしの伏線もあるので、そのうち続きも書きたい。




