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後日談 初デート(裏2)


 大切な人が、己のために努力してくれる。

 それが幸せなことだということを再確認した。今日。つい数時間前に。


 ……いや、なんのことかと言えば、朝のことなんだけど。

 部屋から出たときのハルさん着飾った服と、輝いている髪。そして恥ずかしそうに下からこちらを覗き込む表情。


 ――そして、何より。

 ちょっとだけ頑張ってみたんだと、控えめに笑い、照れくさそうに一回りする姿。


 ……思う。

 やっぱりこの人天使じゃないか?


「――映画、どうだった? 面白かったよね?」

「ええ」

「だよね? だよね!」


 ――なんて、そんなことを考えながら、相槌を打つ。手を繋ぎながら歩くハルさんの目は輝いていて、頬は桜色に染まっていた。

 

 映画館から出て、少し休憩をしようかと喫茶店へ向かう途中。

 まだデートも始まったばかりなのになんだか色々満足してしまいそうなくらいには、俺は今を楽しんでいた。


「二時間半があっという間だったよ。気が付いたら終わってる感じで!」

「ええ、本当に」

「映像は綺麗だし、俳優さんの演技もカッコよかったし。最後のクライマックスに向けてすべての伏線が集約していくところなんてもう……!」

  

 それに映画もかなり良かったし。

 つい前のめりで熱中していた。買ったジュースとポップコーンが最後まで残るくらいには面白かったと思う。


 ハルさんが夢中になるのも納得できる出来だ。

 感動したよ、と。興奮気味に語るのも理解できる。


 確か、十五年位前の映画のリバイバル上映だったか。

 当時は社会現象になった作品だと聞いている。そういえば俺も主題歌だけは聞いたことがあるな、と。

 

「本当に聞いてた通りで!あの主人公もかっこよくて! ヒロインも可愛くて! ……うん……本当に」

「……?」

「……本当に。昔の、噂通りだったなぁって」

「……ハルさん?」


 あれ? と思う。

 映画の感想を言い合っているとき、ふと、楽しげに話していたハルさんの声のトーンが落ちた。


 なんだろうと覗き込むとハルさんは少し目を伏せていて。

 

「……昔は、見られなかったから」


 ……それは、どういう?


「……その、当時僕は小学生でさ。面白いって学校でもすごく噂になっててね」

「……」

「みんな、その話ばかりしてたんだ。あのシーンが良かった。主人公がかっこよかった、ヒロインが可愛かった――てさ。それで僕も見たくて。……でも」


 ……なるほど。

 でも、見られなかった、と。


 少し前の、母親の話を思い出す。

 聞いている話から想像するに、連れていってもらえなかったんだろう。

 

「大人になってからも、ずっと気になってて。DVDで見ようかと思ったこともあったけど……なんだか、寂しくて」

「……ハルさん」

「ちょっと意地になってたのかなぁ……」

 

 そう、寂しげにつぶやく。

 そんなハルさんに、俺は何かをしたくて。


 ……だから繋いだ手に少しだけ力を入れた。


「……あ」


 すると、ハルさんが俺を見る。

 そして、数秒間の空白があって――花が綻ぶように笑った。

 

「……でも、君と一緒に見られたから。良かったのかな」

「はい。俺もそう思います」

「うん、うん。……そうだよね」


 一緒に見てくれてありがとうと、ハルさんが笑う。俺も釣られて笑って、顔を見合わせて微笑んだ。


「――えへへ……あ、そこ、喫茶店だ」

「ああ、そうですね」


 ――すると、ちょうど目的地に到着した。

 さっそく店の中に入って、一息つくことにする。


 中に入り。席に着くころにはハルさんはいつもの様子に戻っていた。穏やかな、笑顔。


「ふふ。……あ、でも少し意外だったかな」

「え?」

「君、あの映画を見たことなかったんでしょ? あんなに流行ってたのに。ご両親と一緒に見に行かなかったの?」


 そんな時だった。

 開いていたメニューから顔を上げると、不思議そうな顔。


 そして、もしかして君の住んでたところでは流行ってなかったのかな、と呟いた。


 ……ああ、いや。

 それは少し違う。


「いえ。流行ってたと思いますよ。ただ……」

「ただ?」

「俺、当時幼稚園児なんで」

「……へ?」


 パチパチと、大きな瞳が開いたり閉じたりするハルさん。

 意外そうだ。でも俺が今二十一で、十五年前はまだ六歳。アニメの映画くらいしか興味がない年齢になる。


「え? あ、そ、そっか。そうだよね……」


 ハルさんが呆然と呟き、少し引きつったように笑う。

 ジェネレーションギャップかぁ、と呟いた。


 ……うん、そうなんだよな。

 外見的に偶に忘れそうになるけれど、ハルさんと俺は六つくらい離れている。具体的に、小学校が一回りするくらいには。

 

「……そっかぁ……僕が六つお兄……お姉さんか……」

 

 改めて呟きながら、ハルさんが遠い目をしている。

 それに曖昧な返事を返しつつハルさんが帰ってくるのをコーヒーを飲みながら待って――


 ――

 ――

 ――


「…………????」

 

 ――その途中、話が聞こえていたのか、隣のテーブルに座ってた人が凄い顔で俺とハルさんの顔を見比べていたのが少し印象的だった。

 

 

 ◆



 その後は復活したハルさんとショッピングもーつの中を見て回る。

 アイスをそれぞれ買って食べ比べをしてみたり、いつぞやに入った服屋を見て回ったり、なんとなく目についた小物屋を冷かしたり。


 その小物屋で折角の初デートだし記念にとハルさんがちょっとしたセットの置物を買おうとして、さっきの年齢差を引きずっていたのか、ここはお姉さんだし僕が出すよと俺にお金を渡そうとしたりもして。


 ――そして、日が一番上に上がるころ。


「そろそろ、お昼にしようか」


 車に戻って、クーラーボックスからハルさんが用意してくれたお弁当を取り出す。そして、君の好きな物ばかり入れたんだと笑うハルさんにお礼を言いつつ、近場の公園へ向かう。


 春の陽気の下、所々日差しの差し込む小道の下を二人で歩いて――。


「――そういえば」

「うん? なに?」

「……いや、少し思い出したことがありまして」


 ふと、思い出す。なんとなく。

 それはここ最近、いつも思考の片隅にあったことで、少し前の奇怪な記憶だ。


 ――あの日の、妹からやってきたホラーメッセージ。


「……あれ、なんだったんだ?」


 小さく、呟く。

 この一週間くらい色々考えたけど未だに答えは分かっていない。


『デート中、兄さんには言うべき言葉があるはずです。それを決して忘れないように』

『いいですか? これはマナーですよ』


 妹の言葉。マナー。

 言うべき言葉とは?


 そもそも、『言うべき言葉』というのが曖昧過ぎてよく分からない。

 もうちょっと直接的に言ってくれればいいのにと思う。

  

「……?」


 ……愛の言葉とか、だろうか?

 付き合い始めて最初のデートだし、改めて愛していますと囁くべきなんだろうか? 


 ……よく分からなかった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  これは草を生やしてしまうw  どれだけ朴念仁だと思ってるんだw  初手でがっつり言ってるし。  なんならもっと重いセリフだって言えてしまうかもね今の壮士なら。 [一言]  微笑ましい学生…
[一言] 自然に言える奴だもんな そりゃピンとこない
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