後日談 初デート(2)
デートについて悩む。
ちゃんとした格好。事前に行っておくべき準備。
これまでに漫画やドラマなんかで見てきた知識はあるとはいえ、それは現実でどこまで信じていいのか。
……初めてなんだ。
だから、分からなくて。
「……どうしよう」
困った僕は、部屋中に広げた服の中で途方に暮れている。
デートの約束をした翌日の夜。食事を終えて、細々とした家事も一通りこなした後。
――どれがいいんだろう、と。
この半年で買った女性服の真ん中で、僕は首を傾げていた。
「……えっと」
えっと、えっと、と悩みながら。
とりあえずと、僕は一枚の服を両手に持つ。そして体に当ててみて、鏡に向き直った。
サイズはとりあえず大丈夫かなと思って、でも問題はそこじゃないんだよねと自分に自分でダメ出しをしたりして。
だって、そうだ。デートの服に必要なのはちゃんとしてるかじゃない。
もっと別の――要するに、壮士君から見て魅力的に見えるかどうかと言うことなんだと思うから。
……でもそれが分からなくて、困っていた。
もういっそ新しいのを買ったほうが良いのかなぁ?
……うーん。
「………………はぁ」
……どうしよう。
そうため息を吐く。服を置いて、天井を見上げた。
……蛍光灯の光が、少し、眩しい。
でもその刺激が疲れた頭に少し心地よくて。
「……男だった頃なら、こんなに困らなかったのかな」
ポツリと、呟く。
男なら、きっとここまで悩まなかった。なんとなく、清潔感のある格好をしていれば普段着でもいい感じがするし。まあ経験なんてないから偏見だけど。
それでも、仮に僕が男の頃デートすることになってもこれほど悩まないだろう、という確信があって。
「……でも、変わったから」
しかし、もう僕は男じゃない。女だ。だから、普段通りの格好というのは、少し。そう思う。
「……」
別に、いつもの服で行って、彼に幻滅されると思っている訳じゃない。
彼ならきっと変わらず手を握ってくれると思う。それは分かっている。それ位には、彼を信じている。
というか、そもそも頑張っても気付いてもらえるかは分からないし。
得てして漫画とかでは気付いてもらえないケースも多いものだ。
「……でも、初デートだよ?」
初めて、なんだ。
きっと記憶に残るし。
だから、大切にしたいというか、いい思い出になると良いなというか。大切に思って欲しいというか、いい思い出として記憶して欲しいというか……。
出来ることを、したい。
今の僕は、そう思うから。
「デートの準備……綺麗な服とか、お洒落とか、あと美容院?」
女性のデート前といえば。
僕のイメージというか偏見的にはそんな感じだ。漫画で見た。
しっかり準備をして、手間をかけて。
お金と時間を使って、己を飾りつける。
物語の女性はそういうことをしてた気がする。そして、今の僕は女なんだから、そうした方が良いんじゃないかって――。
「……ん」
…………いや。
「…………………………それは、少し違うか」
女だから、頑張る。そう思って、そこに違和感を覚える。
なぜって少し間違ってる気がしたからだ。そうじゃない。それはいささか義務感が入っている気がする。
違うんだ。僕は偏見がそう言っているから、間違えたくないから着飾ろうとしているんじゃない。
こう、もう少し別の――。
「……女性として、じゃない」
ただ、僕は。
彼に――。
「……彼に、褒めて欲しくて」
……そうだ。それが僕の本心だ。
いつかの手紙のように。
彼に認めて欲しい。許してほしい。
「可愛いって言って欲しい……」
似合ってる、と笑って欲しい。
可愛いね、と褒めて欲しい。
好きだよ、と囁いて欲しくて。
だって――。
「――大好き、だから」
嫌われたくないからじゃない。
義務感でもないし、正しいからでもない。
――彼にもっと、僕を見て欲しいから。だから今、僕は悩んでいるんだ。
「……」
……恥ずかしくて、顔が赤くなるのを感じるけれど。
気持ちが高ぶりすぎて視界が滲んでるし、心臓はずっとバクバク鳴っているけれど。
「………………ぅ」
でも、それが本心だ。
思い出すだけで幸せになってしまいそうな、そんな思い出を僕は彼からもらったんだから。
「………………ぇへへ」
思わず、ニヤついて。
「……」
……しかし、まあ。とは言っても。
ここまで、ああしたい、こうしたいと考えたけれど。
「……肝心のその方法が分からないんだけど」
結局、そこに戻ってくる。
経験のない僕では、床一面に広げた服のどれを着て行けばいいのか分からなくて、新しいものを買うにしてもどんなのがいいかは分からない。
美容院とか化粧とか、それ以外にも色々あるだろうし……。
「……どうしよう」
改めて途方に暮れる。
だって全然分からない。
とりあえず、何着か身に着けて見て、鏡の前で回ってみたりして。
でも結局選べなくて、また頭を抱えて。
「――あ」
……でも、そんなとき。
一つ、気付く。そうだ。そういえば――。
◆
『――初デートですか!? 任せて下さい!』
「……えっと、よろしくお願いします」
『いえいえ、他ならぬ兄さんとハルさんのデートですからね!』
――ふと一人。
相談できる人を思い出したんだ。




