第60話 なんなの
「――先日の話ですが、ハルさんデパートで迷子の子供を見つけたとき、すぐに店員さん呼びに行ってたじゃないですか。ああいうところに人柄が出ているといいますか、優しいなって――」
「――職場の後輩さんの仕事に夜遅くまで付き合ってあげてましたよね。当たり前のように人に親切に出来るところ、尊敬してます。その優しさのおかげで、俺も生きてますし――」
「――前から思ってましたが、ハルさん綺麗なものを探すのが上手いですよね。なんでも良いところを探すのが上手といいますか。先日の旅行でも景色のいいところを沢山見つけてましたし、一緒に歩いていて楽しかったです。好みじゃないものを食べても、まず最初に誉め言葉から入りますし、逆に美味しかったら本当においしそうに笑ってくれるので――」
「――でも、本当に面白くない映画を見たときは、必死に褒めようとして結果的に俳優の顔しか褒められてないの、ちょっと面白かったです」
「――努力家な所も尊敬しています。最近動画とか見て化粧の練習してますよね。社会人として必要だからとは言いますが、新しい技術に挑戦するのは簡単なことではありませんし。実際に横で見ていてどんどん上手くなってるな、なんて――」
「――ハルさん、本当に料理が上手いですよね。冷蔵庫に残ってる食材ですぐに、でも美味しい料理を作れるって、すごいことだと思うんですよ。オリジナルのレシピノートも作ってますし――」
「――偶に、味見するとき『熱っ』て呟いて舌出してるの可愛いです。猫舌なんですか?」
「――仕事で疲れた日に猫動画を見てニコニコしてるのとか、見ているこっちが癒されそうになります。良い動画があったら俺にメッセージで送って見せてくれますし、そういうのを見ていると勉強の疲れを忘れるといいますか――」
「――ちょっと負けず嫌いな所もいいなあ、と。ゲームで負けたら、なんてこと無さそうな顔をしつつ、実は微妙に口もとが引きつってるとことか。そのあと夜遅くまで練習してるのか、朝方少し眠そうな所とかも――」
「――新しい服を買ったら見せてくれるの、嬉しいです。ハルさん、一度に何着か買うから色んな姿を見られますし、少し恥ずかしそうな、でも変じゃないかって不安そうな顔をしてるのすごく可愛いなって――」
「――その、ハルさん。……最近俺の味覚に合わせて味を調節してませんか? 少し申し訳ないですけど、すごく嬉しくて――」
――
――
――
――なんて、そんな言葉が。
続いている。さっきから、ずっと。
なにがなんだか分からないけれど、僕は先程からずっと褒められているらしい。
…………え、なにこれ?
どういう状況? 夢? 妄想?
「……????」
――わからない。僕は混乱している。
なんで彼がこんなことをし始めたのか。原因もなにもわからない。
今の僕にわかるのは、なんだか顔が熱くて、頭がぐらぐらと揺れていることだけだ。めちゃくちゃだし、目の前も滲んでいる。恥ずかしいからだ。なに? これが褒め殺しってやつ?
「――いつもの朝の挨拶が好きです。行ってきます、て言うと行ってらっしゃいって言ってくれるところが。それに、前に俺の服の襟がよれていたときも背伸びして直してくれて――」
「………!?」
――顔が、熱い。
火が出そうだ。顔を上げられない。
恥ずかしい。すごく恥ずかしい。
顔を隠したい。というかそんなことあったっけ? ……あったかもしれない。あのときは恥ずかしいなんて思ってなかった。でも改めて言われると……。
「~~~~!!」
机の下で、スカートを握りしめる。
……わからない。
なんなの? 最初の『これからあなたを褒めます』ってなに? なんで僕は褒められているの?
「――『よし、カッコいい』って肩を叩いて笑ってくれたときのハルさんが」
「………………ま、まって!」
「え? はい。なんでしょう」
わからなくて、なんとか彼の言葉を遮る。
そうしたら彼はようやく止まってくれる。
……なんとか息をついて。
大きく深呼吸をして。そして。
「……な、なんで」
「はい」
「なんで、そんなに僕のことを……その、すごい、とか、そんな風に言うの?」
さっきからずっと。
僕のことを尊敬してるとか、良い人だとか、努力家とか……かわいい、とか。す、すき、とか。
……なんで?
「嫌でしたか?」
「え、そ、そんなことは……ない、けど」
嫌じゃない。そんな訳はない。
恥ずかしいけど、めちゃくちゃ恥ずかしいけど、褒めてくれることは嬉しい。
穴に埋まりたくはなるけれど。
現実離れしていて、夢か何かとも思うけれど。
……でも。
……大好きな人に褒められて、嫌なわけが、ないんだから。
「……ち、ちょっと、嬉しいし」
――嬉しい。本当はすごく嬉しい。
心臓はずっと跳ねている。顔は間違いなく赤くなっているし、唇が吊り上がりそうなことも自覚している。
抑えようとしても、抑えられない。
実は、ずっと俯いて唇を噛んでいた。だって気を抜いたらすごくだらしない顔をしてしまいそうで。
彼にそんな顔を見せたくなくて、必死に耐えていた。
……そして、そんなに喜んでいる自分自身も、恥ずかしくて。
「……で、でも、やり過ぎだよ!」
「そうですか?」
「そうだよ! もう一生分褒められた気さえするよ!?」
こんなこと、知らない。
こんなに肯定されたことなんて、一度もない。だから初めてのことがわからなくて、頭の中はずっと回っている。
ぐるぐる、ぐるぐると。
いろんな感情が脳内に入り混じっている。
「……っ」
……というか、さっきまで。
この部屋に来るまではもっと落ち込んでたのに。
彼がどんな話をするんだろうって怖がってたのに。
彼に気持ちを知られないようにしようって、泣きそうになってたのに。
期待しないようにしようって。
彼が僕のことを好きだなんて、そんな訳ないって――。
『――尊敬してます』
『――優しいなって』
『――可愛い』
『――すごいなって』
『――嬉しいです』
『――俺は幸せ者だなと』
……ないって、思って。
それなのに。
『――そういうところ、好きです』
「~~~~~~~~~~~!!!!」
……なんなの?
なんなの、なんなの、なんなの、なんなの!!
好きって! そういうところがって!
なんで、そんな紛らわしいこと言って! 元男の僕に、誤解したくなるようなことを!
もう! もう! なんで君は!!
「と、とりあえず、禁止!」
「……? 禁止ですか?」
「僕を褒めるの――褒めすぎるの、禁止だから!」
勢いと衝動に任せて叫ぶ。
だって、そんなの心臓が持たない。壊れてしまう。
顔だって熱いし、頬の筋肉が引きつりそうだし!
目の奥は熱いし、感情が昂りすぎてなんだかしゃくりあげそうだし!
――それに、僕だって。
「ダ、ダメだから!」
「……そう、ですか……」
……でもそれはダメなんだ。
だから、彼にそう宣言して――。
「……」
「……?」
……あれ?
ふと、彼が眉を下げる。
そして、視線を手元の紙に向けて。
「……残念です」
肩を落として、呟く。
なんだか少し、寂しそうで。
「……ぅ」
……そんな姿に。
僕は少し、頭が冷える。
罪悪感が湧いてくる。
混乱も段々と収まってきて。
「……」
……ちょっと言い過ぎたかなって。そう思った
せっかく彼が、どういう理由かは分からないけど、色々考えて褒めてくれたのに。
なのに、一方的に叫んだり、禁止とか言うのは大人として少し――。
「まだ、言うことが沢山あったんですが」
「――へ?」
「あと二枚、丸々残ってるのに……」
「……」
……視線を、彼の手元へ向ける。
そこにはコピー用紙が何枚もあって。
「……」
「……」
……もー!!
なんなの!!




