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第8話 一週間


「足の経過は順調ですね。この様子なら、あと二週間もすればギプスを外せるでしょう」

 

 白衣の先生が穏やかにそう言った。

 棒で指し示すレントゲンの写真は確かに前より良くなっているように見えて、それに胸を撫で下ろす。


 今日で足を捻ってから一週間。

 僕は付き添いの彼と二人、病院を訪れて診察を受けていた。


「この調子で安静にしていて下さい。くれぐれも無理はしないように」

「はい、ありがとうございます」


 医者の先生に頭を下げ、診療室から出る。

 そして、処方箋を受け取り、薬局へと向かって帰途へ着いた。


 今日は足がそれなりに良くなっているので、タクシーは使わない、松葉杖片手に、ゆっくりとバス停までの道を歩いた。


「わざわざごめんね。今日は付き合ってくれてありがとう」

「いえいえ、これも恩返しの一環です」


 彼に謝罪するも、笑顔が返ってくる。彼は僕の遅い歩みに足を合わせ、一歩一歩ゆっくりと歩んでいた。それはとても助かって、だからこそ申し訳ないとも感じる。


「今日は待ち時間も長かったし、大変だったでしょ?」


 何かと言えば、病院の待ち時間のことだ。

 休日の午前中、仕事のない日を選んで病院の予定を入れたので、人も多かった。


 朝一番から列に並んだというのに、今はもう十一時前。さすがの混雑ぶりだ。日も高く上って、お腹も少し空いてきた頃。休日がもう半分が終わってしまっている。これではせっかくの土曜日も台無しだろう。


 大学生の休日。彼ならきっと友人も多いと思うし、僕に付き合わなければ、もっと楽しい時間を過ごせていただろうに。


「いえいえ、僕がやりたくてしていることですから」

「……そう?」


 しかし、彼はいつものようにそう言って、だからこそ、なおさら申し訳ない。

 せめてダメになった時間の分、僕が何かを返せればいいんだけど。


「……その」

「はい」

「……普段君は休日何してるんだい?」


 だから、彼に質問する。

 なんでもいいけれど埋め合わせが出来ればと思って。


「休日ですか? 部屋でゲームでもしてますよ」

「……ゲーム?」


 それは少し意外な言葉だった。

 なんというか、彼は明るくて人がいいし、当然のように休日は友人に囲まれているものと思っていたんだけど……。


「友達と遊びに行ったりは?」

「一年くらい前はそうだったんですけどね。酒を辞めてから疎遠になりました」


 ……ああ、なるほど。

 確かに大学生の友情は、酒が重要な位置を占めているように思う。僕はそういうのとは無縁だったので、イメージの話だけど。

 でも、確かにあの頃、教室の片隅で飲み会とナンパの話しかしていない人間は一定数いたような。


「……そう、なんだ」


 彼の言葉に、そんなものかと納得し――。


「そうだ、ハルさんも足が動かなくて暇じゃないです? 一緒にゲームでもしません?」

「……え?」


 ――しかし、次の言葉に驚く。

 ……ゲーム?



 ◆



 そういえば、昔はよくゲームをしていた気がする……なんて思いながら、テレビの画面を見つめる。まだ幼かったころ。自由に外に出ることが出来なかったときの話だ。


 たしか、珍しく祖父母に会った時に買ってもらったのだと思う。

 当時の僕にとって、ゲームは最高の暇つぶしだった。一人でもできて、楽しい。他のボードゲームのように相手も必要ない。


 ……それに僕には、他の子どものように、勉強しなさいと怒る親もいなかったし。


「……」


 あの頃は毎日毎日、飽きもせず暇な時間はずっとゲームをしていたものだ――なんて、そう考えながら、コントローラーを操作した。


「……あっ!」


 彼の小さな悲鳴が上がる。僕の操作するキャラがバットを振り、彼の操作するキャラが画面の外へ吹き飛ばされて――それを最後にバトルが終了した。


 その後に表示されたリザルト画面では、僕の操作していたキャラが勝利のポーズをしていて、彼のキャラが拍手している。


「……その、ハルさん」

「なんだい?」

「……めちゃくちゃ強くないです?」

「そうかな」


 確かに今回は勝ったけど。

 でも僕もこのゲームをするのは十数年ぶりくらいだ。しかも新しいキャラが山ほど増えていて、動きもリーチもまだ全然分かっていない。


 今回は偶々上手くいっただけの気がする。お互いに使ったのも昔からいるキャラだし。

 

「いやいや、俺残機を一つも減らせなかったんですけど……」


 彼がブツブツと呟きながら、次のキャラを選んでいる。

 まだまだ続けるつもりのようだ。まあ僕としても、このゲームは懐かしくて嫌いじゃない。


「……」

 

 早々にキャラを選び、なんとなく周囲を見る。

 ここは慣れた僕の部屋じゃない。ゲームに誘われて訪れた彼の部屋だ。


 改めて軽く見回すと、整理された部屋が目に入る。

 男の部屋だ。知っている雰囲気だった。モノが少なくて、スッキリとしていて……唯一、部屋の隅に高く積まれたカップ麺だけが雑然としていた。


「……カップ麺、好きなんだね」

「……え? ……ああ、あれは試験の準備です。安売りしてたんで、夜食用に買っといたんですよ」


 試験? と一瞬悩み、察する。

 大学の定期試験か。それで部屋に籠って勉強するつもりなのかもしれない。


「今回は受ける科目が多くて、準備にも時間が必要なんです」

「そうなんだ……試験はいつ?」

「来月の終わりです。まだしばらく先ですね」


 ……僕のことで迷惑を掛けたら悪いと思っていたけれど、それなら大丈夫……かな。

 この足もあと二週間と言われている。だから、来月にはきっともう……。


「……」


 ……来月、か。

 

「ハルさん、どうかしました?」

「……いや、なんでもないよ」


 彼の言葉に首を振る。

 すると彼は一瞬不思議そうな顔をし、すぐに気を取り直したように前を向いた。


「そうです? じゃあそろそろ再開しましょうか」


 そして今度は負けませんよ、なんて言いながらキャラを選び、画面がステージ選択へと移動する。

 

 ……そのまま、しばらく二人でゲームをした。

 


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