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裏話 隣人の足踏み

今日から更新再開です。

隣人君視点、全三話を三日間で投稿します。



 あの日、駅からの帰り道。

 ハルさんに手を繋ごうと言ったのは、あの人に危うさを感じていたからだった。


『ハルさん、手をつなぎませんか?』


 あの人から、どこか浮世離れしている感じがしていた。

 気付いたらどこかに行っていそうな、そんな感じが。


 ……もう少し具体的に言うと、いろいろ貯め込んで、いつの間にか爆発していそうな雰囲気があるというか。

 誰にも相談できずに悩みこんで、知らないうちに取り返しのつかないことになっていそうというか。


 まあ、そんな危うさがあるなとは、前々から思っていたから。


『これからも、一緒に歩くときは手をつなぎませんか?』

『……うぇ!?』


 だから、手を繋ごうと思った。

 あの人がどこにも行かないように捕まえておきたかった。


 それは、俺があの人を好きだからだし、俺があの人を幸せにすると決意したからでもある。

 俺はもう、他にあの人を理解できる人がいるかも、なんて思わないし、俺があの人を理解するのだと決めた。


 俺が、あの人の恋人になる。

 きちんと理解して、しっかりと捕まえる。


 だから、その第一歩として、あの人の手を握っておこうと思って――。


『手を繋ぐのは、その……嫌じゃないよ? 嫌じゃないけど……』

『……その、あの……あ、そ、そうだ! 用事を思い出した! ち、ちょっと部屋に戻るね!』

 

 ――なんだか、逆に避けられるようになった気がする。

 ひょっとして、少し事を急ぎ過ぎていただろうか?



 ◆



「でも、よく考えたら前からそんな感じだった気もするな」

 

 ハルさんが飛び出した後。

 扉がゆっくりと閉まっていくのを見ながら、ふと呟く。


 休日の朝。食後の時間。

 少し余裕があったのでハルさんを外出に誘って、逃げられたところだ。


 どこか遊びに行きませんかと言うと、ハルさんは顔を真っ赤にし、百面相をして、『行く……かない!』なんてどちらか分からない感じで叫び、逃げるように部屋から出て行ってしまった。


 妙に俺の手と自分の手を見比べていた辺り、その辺りに思うところがあるのかな、なんて思って、しかし――。


「――以前から、近づくと逃げていくことはあったような」

 

 そんな兆候はあった気がする。

 それが照れているだけならいいんだけど、それだけじゃない気もした。


 なんというか……少し違和感があるような。

 悲しそうな、諦めたような顔をしているというか。


「……ハルさんの方からは何もしなくても近づいてくるんだけど」


 嫌われたかも、とは思わない。

 そんな誤解が生じる余地がないくらいには、ハルさんは俺との距離感が近い。


 たとえば、食事中とか。あの人向かいじゃなくて隣に座るし。

 あと、二人でゲームしてるときとか。肩が触れ合うくらいには近いし。


「最初は距離が離れたところに座っていても、段々近づいてきたりとか……」

 

 飲み物とかトイレとかで席を立つたびに距離が縮まっていく姿を見て、嫌われたかもしれないとは考え辛い。

 

 そもそも、今回のきっかけになった、手を繋ぐことに関してもそうだ。

 最初は複雑そうな顔をしていても、すぐ嬉しそうに頬を緩ませているし。歩いてると小さく鼻歌とか歌ってる時もあるし。


 ……まあ、そもそもの話。

 毎日部屋にやってきて料理を作ってくれる人からの好意を疑うこと自体、間違っているような気もする。


「……ただ」


 それなのに、そこまでしてくれているのに。

 ハルさんは俺から手を伸ばすと逃げることがある。その理由がよくわからなくて、悩ましい所だった。


 あと一歩。ギリギリのところで逃げていくというか。


「……そういえば、昔、田舎の家にいた猫がこんな感じだったような」

 

 現実逃避がてら、懐かしいことを思い出す。

 撫でようとしたら逃げ出す癖に、かまってやらないと目の前で腹を出す可愛い猫だった。


 もう随分前に亡くなったけれど、また今度、墓に手を合わせに行こうかな、なんて考えて。


「……いやいや、それより今は」

 

 ハルさんのことだよな、と思いなおす。

 今の優先事項はそっちだ。祖父母の家には、いつかハルさんも連れて行きたいけれど。


 それよりも現状の問題はハルさんに逃げられることで――。


「……やっぱり」


 ハルさんのトラウマに関わることなんだろうか、と思う

 俺の知らないハルさんの過去と関係がある気がする。


 あの人が少女の姿になった原因。

 治るはず病気を治らなくした元凶。


 初めて変化した姿を見たあの日から半年が経った。その間色々考えたけれど、未だにあの人の傷がどんなものかは分かっていない。


 恐らくは家族に関係するのだろうということと、あの人は一人ぼっち――孤独を恐れているということだけだ。


 まあ、それでもある程度は想像できるけれど――。


「――確証は、ないよな」


 はっきりとは、分からない。

 だから、俺もあの人との距離を最後の一歩、詰められなかった。


 無理に嫌な過去を思い出させることが良いとは思わないし……もし勘違いでこれ以上あの人を傷つけるようなことになったら、悔やんでも悔やみきれないから。


「……」


 ……それさえなければ、とっくに告白しているんだけどなぁ。


「……はぁ」


 行き場のない感情があって、ガリガリと頭を掻いた。


 ……まあ、なんにせよ。

 きっとまだ早いということなんだろう。


 行動を起こすには情報が足りなくて、それをハルさんから聞き出すにはきっかけがない。だから、もしそのきっかけがあったら、そのときは。そう思う。


「……待つしかない、か」


 仕方ないことなんだろう、と。

 もう一度大きく息を吐いた。


 そして軽く頭を振り、気持ちを切り替える。

 外出も無くなったし、やるべきことをしなければ。


 ハルさんのことは気になるけれど、俺も大学四年になる。就活も本格化しているし、卒論の準備も必要だ。

 

 それに、将来的なことを考えたら有用な資格くらいは取っておきたいし、幸いなことに俺が通っている学部はその辺りに少し有利でもあって。


「……」


 今の俺にとって、一番はハルさんだ。

 あの人には誰よりも幸せになって欲しいし、力になりたい。その未来のためにも手を抜く事は出来るはずもない。


「……よし」


 一度気合を入れて、机の上に資料を広げる。

 やるべきことは山積みで、一年の遅れもあって前途は多難だ。それでも――。


「……頑張ろう」


 ――なんだか妙に楽しいと思うのは、大切な人が居てくれるからなのだろうか。

 

 

 

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