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第6話 変わり始めた日々


 胸の辺りがうずうずとした。

 それはこれまでに感じたことのない感覚で、だからそれが何なのか言葉で言い表すことが出来ない。


 少しだけ心臓が早く動いている気がして、でも興奮はしていなくて。

 どこか安らぐような感覚があって、それなのに少しだけワクワクしているような。


 自分でもよくわからない感じ。

 足が痛くなかったらきっと布団の中でゴロゴロ転がってただろうなって。


 ……なんとなくそう思った。



 ◆


 

 胸の中の感覚に戸惑って。

 しかし私が何を考えていても、次の日はやってくるし、太陽は東から登ってくる。


「……はあ」


 思わずため息をつきつつ、白い包帯に覆われた足を見る。

 思えば、これほどに大きな怪我をしたのは初めてだ。だから少し戸惑っている。


 僕はいつだって立派に生きようとしていたし、実際に生きていたと思う。

 誰にも迷惑をかけず、正しく生きていた。


 しかし、今回、こんなことになってしまって――。


『――買い物とかは俺に任せてください』

 

 申し訳ないなと思う。

 でも頼らないと生活すらままならない。


 この足ではスーパーにも行けないし、台所に立って、料理をすることも難しい。料理の配達サービスはあるけれど、三週間もそれを続けるのは流石に金銭的に辛いものがある。


 ……それでも、彼がいなければそうするしかなかっただろうけど。


「……助かってるよね」


 このところ、彼に頼りっぱなしだ。

 流石に風呂とかは一人で頑張っているけれど、それ以外はほぼ全て頼っていると言って良い。


「……困ったなあ」


 どうにも調子が狂っている。

 立派な大人として、しっかりしないといけないんだけど……。



 ◆



「ハルさん、夕飯を買ってきましたよ」

「……ありがとう。助かるよ」


 笑顔で顔を出した彼に、感謝の言葉を返す。

 その手には近くの店で買って来た総菜が握られていて、それを二人で食べるのがここ最近の常だった。


 机の上に温めた総菜を並べ、炊いたお米を茶碗に盛って、机に並べる。

 そして二人で手を合わせた。


 なんてことない雑談をしながら、箸を動かしている時間。


「……でも、最近の総菜はおいしいよね」

「そうですか?」


 その途中、なんとなくそう思った。

 近くのスーパーで買って来たという、コロッケを齧りながら、彼の顔を見る。


 しかし、彼は一口コロッケを口に入れて首を傾げた。


「美味しいですけど、前からこんなものじゃないです?」

「いやいや、そんなことは無いよ」


 僕は普段あまり総菜を買って食べる人間じゃない。

 普段はよほど忙しくない限り料理をするし、そうじゃない場合も店の中で食べることが多かった。


 それは、総菜に対して僕のなかにあまりいい思い出がなかったからで――。


「――子供の頃に食べたのはもっと不味かったよ」


 幼い日のことを思い出す。

 机の上にお金だけが置かれていて、それを使って夕飯を買っていた。


 毎日スーパーに行って、買い物をして。

 余ったお釣りを貯金箱の中に入れていたはずだ。

 

 だから、かつての僕は、子供にしては小金持ちだったように思う。静かな家が大嫌いで、早く大人になって独り立ちしたいと、あまり値段の高くないものを買って、残りをため込んでいた。


 今思うと、当時溜めていた金額なんてはした金なので、そんなことを気にする位なら美味しい物でも食べたほうが良かったんだろうけど……。


 ……ああ、そうか。

 もしかしたらあまり質の良くないものを買っていたから、美味しくなかったのかもしれない。


「もしかして、高い総菜を買ったのかな?」

「いや、そんなことはないですよ。むしろ安いです。このコロッケ、四つ入りで百円だったんで」


 ……それは安い。

 じゃあやっぱり、この十数年で色々変わったんだろう。


 ……あの頃。

 まだ小学校の時分、一人で毎日食事をしていた。蛍光灯の光が照らす部屋の中、黙々と美味しくない食べ物を口に詰め込んでいた僕。


 テレビの大きな音を遠くに聞きながら、早く成長したいと必死に口を動かしていた。


「……うん、やっぱり美味しい」


 でも、今。口の中に広がっているその味は、かつての記憶とは全く違うものだ。

 一噛み毎にジャガイモの甘味が溢れ出してきて、思わず頬が緩む。


 ふと、顔を上げると、彼はそんな僕のことを少し驚いたように見ていた。


「ハルさん、そんなにこのコロッケが気に入ったんですか?」

「だって美味しいじゃない?」

「それほどですかね……?」


 彼は首を傾げながら、コロッケを頬張る。

 まあ、味覚は人それぞれだし、僕が美味しいと思うものを彼がそう思わなくても仕方がないだろう。


 人によって大切なものも、どうだっていいものも違う。

 それは当然のことであり、僕が幼い日から心に刻んでいたことでもあった。


 隣の家に住む彼は、親にとって大切な存在なのに、僕は両親にとってそうではない。

 遊びに連れて行ってくれたことなんてないし、みんなで仲良く食卓を囲んだ記憶だってほとんど無くて。


「……」


 ……少し、嫌なことを思い出した。

 忘れたくて、目の前にある料理を口の中にかき込む。


 そして――。


 ――

 ――

 ――

 

「――けふっ」


 膨れたお腹を押さえる。

 そんな僕を彼が見ていて、すごく恥ずかしい。

 

 体が小さくなって、あまり食べられなくなったのを忘れていた。


 

 

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