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第47話 思い浮かぶもの


 なんだか、自分で自分が分からなくなってきた。

 そんなことを思う。


 甘えたいとか、羨ましいとか。

 家族のことだとか、胸の痛みだとか。


 そんなことが頭の中でぐるぐるとしていて、何もかもよくわからなくなりそうな、そんな感じだった。


「……はぁ」


 自室の天井を見上げながら、ため息を吐く。

 ベッドに寝転び、ただ上を眺めていた。


 夜、もう深夜に差し掛かるころ。

 僕は部屋に帰って来ている。彼らとの夕飯もとっくに終わった後だ。


「……」


 ……少し、思い出す。

 賑やかな、夕食だった。

 

 料理は僕と彼女の二人で作って、それを三人で囲んだ。

 キッチンに二人で並んで料理をするのは初めてで、戸惑って……でも少し楽しくて。


 暖かだった。心地よかった。

 皆が自然に会話できて、笑っているような。


「……」

 

 そして、その間もやっぱり彼と彼女は仲が良くて。

 僕はそれが……。


 ……そうだ。僕は彼女のことが羨ましかった

 ここ数日、彼らと共に過ごして、そう思うようになった。


 仲のいい家族。親しげな雰囲気。

 喧嘩をして、でもすぐに笑い合えるような。そんな信頼感。

 

 僕の人生にはなかったものだ。

 だから僕は、良いなぁと、暖かいなぁと、そう思って。 

 

「……でも」


 そう思っていたんだけれど。

 

 もしそれが違うとすれば。

 あの時気付いたように、僕が羨んでいたのが家族だからではなく……。


「……」

 

 ただ、甘えたかったからだとすれば。


 なんだか、その根底にある感情が変わってくるような、そんな気がする。

 持っていないものを見て憧れるのではなく、もっと別な感情があるような。


「……そうだ」


 そこまで考えて、思い出す。


 ほんの数日前のことを。

 あの日、彼女がやってきたあのときのこと。


 僕は、彼と歩いている彼女を見た。

 そしてそれがどうしようもないくらいに悲しかった。


 悔しくて、辛くて。次から次へと涙が溢れてきて。

 ……もう立ち上がれないんじゃないかってほど胸が痛くて。


「……」


 ……そして、その後も。

 彼女と二人、公園で話したとき。


 ……あのとき、僕は――。

 


 ◆



 ――翌日の夕方。

 僕たち三人は、家からほど近い場所にある駅に来ていた。


 見送るためだ。

 彼女が短い滞在時間を終えて、両親の待つ家に帰る日がやって来たから。


「……電車の時間、そろそろですね」

  

 彼女がスマホを見て呟く。

 僕も腕時計を見ると、出発まであと十分程度しかなかった。


「それでは、そろそろ行きます。ハルさん、短い間ですがありがとうございました」

「……こちらこそ。色々と助かったよ」


 それは、間違いない。本当に助かった。

 女性服の店で買い物できたのは彼女のおかげで、だから切っ掛けを作ってくれたことに感謝している。

 

 ……まあ、いろいろ悩むことも多かったけれど。

 

「次は是非、兄さんと一緒にこちらの地元に来てください。案内しますから」

「……そうだね、機会があれば」

「絶対ですよ? 」


 彼女が笑って、僕も笑い返す。 

 本当に行けるかは分からないけれど、でも彼と彼女の地元だ。興味が無いと言えば嘘になる。


 ……社交辞令ではなく、結構本気で行きたいと思っていた。

 彼女とも、それなりに親しくなれた気がするし。


「兄さんも。頑張ってね」

「……ああ。迷惑かけて悪かった」

「もう、まだそれ言ってるの? 終わったことなんだし、それは良いって。そうじゃなくて、色々と(・・・)、ね?」

「……まあ、な」


 彼女が彼の肩をポンポンと叩く。

 そして彼女は駅へと足を向けて。


「……じゃあ、また!」


 彼女は笑顔で手を振って、駅へと歩いて行った。

 その去り際はあっさりとしていて、すぐにその背中が駅の中へと消えていく。


「……」

「……」


 ……少し、終わったんだなという気分。

 まあ、もしかしたらすぐにでもSNSでメッセージが来るかもしれないけれど。連絡先交換したし。

 

「帰りましょうか」

「うん」


 僕たちも踵を返し、家へと歩き出す。

 二人並んで、歩道を歩きだして――。


「……」


 ――なんとなく、思う。

 僕と彼の距離。そこには半歩ほどの距離がある。


 それは、彼女と彼の距離よりも遠いものだ。


 ……家族と、隣人。

 距離の差は当然と言えば当然で……しかし、なぜか今はそれがとても遠いもののように感じた。


 彼らは肩が触れそうな距離で歩くことも多かったのに、と。


「……やっぱり」


 小さくつぶやく。

 羨ましい。そう思ってしまう。


「……」


 ――だから、考える。

 なぜ、僕は羨ましいと思ってしまうのか。


 なんであの始まりの日、僕は彼らの姿を見て泣いてしまったのか。

 そして、公園で彼女に語った感情の正体は何なのか。


 昨日からずっと考えていた、その答えは……。


「……」


 ……本当は。

 ……本当は一つだけ、思い浮かぶものがあって。


「……」


 それは、当然の発想だ。現代日本人として生きて、色んな物語に触れていたら当然のように思い付く考え。

 分からない方が不思議なくらいの、そんな単純なもので。


 ……でも、それは――。


「――」

 

 ――ズキリ、と。


 胸が痛くて。

 だから、考えることを止める。


 胸の底から痛みが這い出して来る。

 それはいけないと。深い所から警告してきている。

 

「……ねぇ、君」

「なんですか」

「……………………ごめん、なんでもない」

 

 訳が分からなくなって、衝動的に彼に声をかける。

 でも言えることなんて何もない。

 

 ――ズキリ。


 ……僕は男で。

 男だったから。


 ……だから、そんなのは。


 ――ズキリ。


 ……痛いよ。胸が痛い。

 だから胸を押さえることしかできない。


「ハルさん」

「……な、なに?」


 彼の声。

 少し意識が逸れて、痛みも薄れる。


「……一つ質問なんですけど」

「うん」

「ここ数日……その、変わったことがなかったですか?」

「……へ?」


 ……変わったこと?

 それはどういう……?

 

 ……まあ、特には思い浮かばないけど。


「無かったよ?」

「……そうですか」


 彼が大きく息を吐く。

 そして髪をかき混ぜる様に頭をかいた。


 ……なんだろう?


「……ハルさん」

「なに?」

「この数日、色々考えたんです」

「……うん?」

「それで、俺も少し頑張ろうかなと」

「……そうなんだ?」


 彼が、真剣な表情でこちらを見ている。

 でもその理由がよく分からない。


 そして、そのまま会話が途切れて。


「……?」

 

 ……なんだったんだろう?

 少し不思議だった。

次から隣人視点に入ります

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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ、追いついてしまった。最高に面白いです、続きが待ち遠しい…
[良い点]  期待と切なさと。  TSをテーマとするならばこうでなくては。 [一言]  なんで☆は5つしか付けられないんですかね?
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