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第23話 そればかり考えている


 悩むことは、人より多かったと思う。

 だって、僕はずっと一人で生きてきた。


 それはつまり、人が大人になっていく過程で必要なありとあらゆる選択を、自分一人で決めてきたということでもある。

 

 進学する学校は僕一人で決めた。

 就職先を選んだときも、住む家を選んだときもそうだ。それ以外にもそれらに付随する様々な選択があって、それも僕一人。

 

 その度に僕はさんざん悩んできたし、決断してきた。

 間違わないようにと調べて、より良いと思える道を選んできた。


 頼れる相手はいなかった。相談できる相手もいなかった。

 それが僕にとっての当たり前だった。


 だから僕にとって、悩むというのは日常のもので。


 ……でも、しかし。

 そんな僕にとっても、今回の悩みは簡単に解決できるものじゃなかった。



 ◆



「……はあ」


 休日の昼下がり、その日何度目かのため息を吐いた。

 何故かというとその理由は決まっている。落ち着かないからだ。


 ……色々考えてしまうから。


「……うーん」


 食後のゆったりとした時間。

 窓からは暖かい日の光が差し込み、部屋の外からは遊んでいるのであろう子供達の声が聞こえてくる頃。


 僕はベッドに寝転び、部屋の天井を眺めていた。そして、特に意味もなく手元で金色の髪を弄り、輪っかを作ったりする。


 部屋には僕一人しかいない。

 辺りは静かで、キッチンに置いた冷蔵庫の音が大きく聞こえるくらいだった。


 ……しかし。

 そんな雰囲気の中でも。


「……はあ」

 

 僕の内心だけは全く落ち着いてくれない。

 何日経っても、ふとした時にあのときのことを考えてしまう。


 忘れられない言葉と、笑顔があって。


「……」


 どうしてだろう、なんて、何度も考えたことをもう一度考える。

 

 どうして僕は、あの時のことをいつまでも悩み続けているのか。それが全然わからない。

 いつまでもグルグル回って、堂々巡り。


 ……悩みすぎて悩むことに疲れてきた。


「……はあ」


 色々嫌になって、ごろりと転がって、横を見る。なんでもいいから悩みから離れて別のことを考えたかった。


 だから、何かないかと天井以外の場所に視線を向ける。

 なんとなく視線を向けた先は、隣の部屋との間にある壁だった。

 

「……彼は」


 ふと、今彼は何してるんだろうかと気になった。

 勉強をしているんだろうか。きっとそうだろう。テストはもうすぐそこだ。彼にとっては、人生がかかっている大事な試験。


「……」


 なんとなく、頑張ってるならコーヒーでも持って行ってあげようかな。なんてそんなことを思う。

 ついでに何かおやつでも。頑張っているんだから、きっと甘いものでも食べたいはずだ。


 ……ああ、でも。

 もしかして、集中してるんなら邪魔しちゃ悪いだろうか。


 それだったら止めた方がいい。

 彼の勉強の妨害はしたくないし。彼には頑張ってほしいし、きっと上手くいって欲しい。


「……あ」


 と、そこまで考えて。

 悩みから離れても、彼のことばかり考えている自分に気付く。


「……うぅ」


 ――最近の僕はこんなことばかりだ。

 気が付いたら彼のことを考えている。壁の向こうのことばかり考えて、思い出したり、悩んだりだ。


 料理しているときも、仕事をしているときも。お風呂に入っているときも、夜に布団の中で目を瞑っているときだって。


 ……だから、落ち着かない。

 

「……はあ」


 大きく息を吐く。

 なんか色々ダメな気がしてきた。

 

「……気分転換、しようかな」


 仰向けになっていた体を起こし、ぺチンと軽く頬を叩く。

 

 一度、彼のことから離れたい。

 だから、なんでもいいから気が紛れることをしようと思った。


「……なにかをする……なにか……なにか?」


 ……でも、あれ? と思う。

 僕は今、何をすればいいんだろう。

 

 考えても何も思い浮かばない。

 というか以前の僕って休日に何をしてたっけ?


「……確か、映画を見たり、小説を読んだり、とか」


 少し考えて、思い出す。

 最近は彼と一緒にいる時間が長すぎて、それ以外のことが希薄になっていた。

 

 そうだ。昔の僕はそうやって過ごしていた。

 ほんの数か月前、僕がまだ男だった頃の話だ。


 特にすることもなく、なんとなく日々を過ごしていた。

 立派な大人であるための努力だけはして、それ以外の時間は暇をつぶすために暇つぶしをしていた。


 したいことなんてなかった。するべきことだけをして生きていた。

 それが変わったのは、やはりあのとき怪我をして、彼と一緒に過ごすようになったからで。


「……」

 

 でも、今彼は傍にはいない。

 試験勉強が忙しくて、僕のために使っていい時間はきっとないからだ。

 

「……って、また彼のことを考えてる」


 いけない。一度彼から離れようと思ったのに。

 思考を切り替えるために、少し強く頭を振った。


 ――金色の髪が勢いで浮き上がり、視界の端で日の光を反射して、輝く。


「よし!」


 なにはともあれ、とりあえず何をしていたかは思い出したんだから、それをすればいい。

 映画を見るのでもいいし、小説を読むのでもいい。いい天気だし、散歩をしてもいいだろう。


 外に出かけて、気分転換をして……。


「……あ、そうだ、ついでに夕飯の材料を買って帰ろうかな」


 今晩もきっと彼と一緒に夕飯を食べるだろう。

 そのときに作る料理と、彼の笑顔を思い浮かべながら、外に出かけるための準備をした。

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