表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/89

第21話 嫌わない人


『どうしよう、見つからない……』

 

 彼と逸れた後。

 僕は彼を探して走り回った。


 まずスマホで連絡を取って、でも彼は自分のいる場所がよく分かってなくて。目印を決めて、そこへ向かった。


 ……それでも上手くお互いの状況のすり合わせが出来なかった。いつまでたっても合流できず、彼の顔を探して、焦り、走り回った。

 

『なんで、こんなことに』


 もっと気をつけておけばよかった。そんな後悔が湧いて来る。

 体が小さいことなんてわかっていたのだから、もう少し周囲に気をつけていれば、こんなことにならなかったのに。


 いや、それとも逸れた時の合流場所を事前に決めておくべきだったか。これまで人と外出することが無くて、思い浮かばなかった。

 注意不足に準備不足。言い訳のしようもない失敗だ。


『今日は、彼に楽しんでもらおうと思っていたのに』


 勉強が一段落着いたのだから、彼に息抜きをして欲しかった。

 それなのに、これだと逆に疲れさせているかもしれない。


 ――彼に、迷惑をかけているかもしれない。


『……っ』


 走りながら、唇を噛む。

 

 折角の外出だったのに。

 折角楽しかったのに。

 

 ――折角、彼の役に立てていたのに。


『……これじゃ、僕は』


 彼の役に立ちたかった。

 彼に迷惑を掛けたくなかった。


 ……これじゃあ、立派な大人でいることが出来ないよ。



 ◆



 ――二時間が過ぎて。

 僕と彼はようやく合流し、最初に軽食を食べた広場の片隅で向かい合っていた。


 日が傾き、空が色づき始める頃。

 すでに餅まきも終わり、周囲からは人が減り始めている。


 ……もう、家に帰る時間だった。


「ごめんね」

「いえ、謝らないで下さい。俺こそハルさんの指示通りに動けなくてすみません」


 二人して、頭を下げ合う。

 彼は頭を掻きながら、申し訳なさそうにしていた。眉尻を下げた顔。


 ……少し疲れたような様子もあって、それが悲しい。

 もっと上手くやれたはずなのに。迷惑を掛けずに済んだはずだったのに。そんな言葉ばかりが頭の中を埋め尽くしていて。


「これ、買って来たんです。ハルさんもどうぞ」

「……これは」


 彼が手に持っていたコップをこちらに差し出す。

 受け取るとそれは暖かくて、中には白い液体が入っている。


 ……甘酒?


「座って飲みませんか?」

「……そうだね、ありがとう」


 促されるままに石段に座りこむ。

 ついさっきまで走り回っていた体が一気に重くなった気がした。


 二時間近く必死に動き回ったからだ。

 その疲れがまとめて襲い掛かってきている。


「……」


 甘酒を両手で持つ。暖かかった。

 口を近づけると甘い匂いが鼻孔を刺激する。


 一口、口に含むと、それはただただ甘かった。


「……その、ごめんね」

「いえ、そんな。俺の方こそ」


 改めて謝罪すると、彼は慌てたように訂正する。


 ……ああ、ダメだ。

 逆に気を遣わせている。そんな謝罪は自己満足でしかない。


 また、彼に迷惑をかけてしまった。


 彼に迷惑を掛けたくなかったのに。

 役に立ちたかったのに。

 

「……」

 

 ……でも、謝罪も迷惑になるなら、僕はどうすればいいんだろう。


 わからない。正解が全く浮かんでこない。

 混乱している。後悔や他のよく分からない感情で頭の中がぐるぐるしている。


「……君にだけは、迷惑を掛けたくなかったんだけどな」

「え?」


 だから、混乱していたから。

 つい、そんな言葉が口から出てきた。


 普段だったらそんなことは絶対に言わないはずだった。

 ……でも心が重くて、体も疲れてて。


「迷惑……?」

「……あ、その」

「俺は迷惑だなんて思ってませんよ? ……それに、それを言うなら俺の方こそ、普段散々迷惑かけて世話になってますし」

「……いや、その……えっと」


 彼が驚いた顔でこちらを見ている。

 また変なことを言ってしまった。慌てて誤魔化そうとして、でも言葉が上手く出てこない。


「……その」

「……ハルさん」


 彼がこっちを見ている。真っ直ぐな目。

 彼の目と僕の目がしっかりと合っている。


 ――彼の表情が変わっていく。

 驚きを残していた顔から、思案するような顔へと。


「……ハルさん」

「その、ね」

「そういえばハルさん、迷惑って言葉をよく使いますよね」

「……え?」


 突然、彼から予想していなかった言葉が飛んできた。

 よく使う? そうなんだろうか。全く意識していなかった。


「……俺に迷惑を掛けたくなかった。そう言ってました。どうしてハルさんは俺に迷惑を掛けたくないんです?」

「それは」


 どうしてって、そんなの普通だと思うけど。

 人には迷惑をかけるべきじゃない。当然のことだ。


 そうでしょ?

 だから僕は今まで人に迷惑をかけないように生きてきたのに。


「当たり前じゃない?」

「当たり前かもしれませんけど、当たり前で済ませたらダメな気がしたんです」


 なんだそれ。

 よくわからない。


「……」


 ……でも彼がそういうのなら、もう少し考えてみよう。

 そう思い、重い頭で思考を巡らす。


「――」


 迷惑を掛けたくないのは、立派な大人でありたいからだ。

  

 僕は立派な大人になりたかった。

 人の役に立って、迷惑を掛けない大人になりたかった。


 ……では、なんで僕は立派な大人になりたかったのかと言うと。


「……」


 ……それは、僕が排斥されたくなかったからだ。

 そうすることでしか、僕は人の輪の中に入れない。そうしないと嫌われてしまう。


 人と仲良くなるのが怖くて、だから普通に居場所を作れない僕には、それしか社会の中で生きていく方法がなかった。


 ……つまり、僕は。

 ……立派な大人であること以外に、人に近づく(きらわれない)方法を知らなくて。


 だから、結局――。


「――僕が、君に迷惑を掛けたくないのは」

「はい」

「……君に、嫌われたくなかったから、なのかな」

「……ハルさん」


 また、つい本音が口から漏れだした。

 こんなこと言うべきじゃない気もするけれど、でも胸の中に抑えておくだけの元気もなかった。


 ……そうだ。そういうことだ。

 だから僕は彼の役に立ちたくて、迷惑を掛けたくなかった。


 彼がいなくなるのが、嫌だったから。

 

「迷惑をかけると、俺がハルさんを嫌いになるから、と」

「……」


 それなのに、今日は彼に迷惑をかけてしまった。

 それが悲しくて、怖くて。だから心がどうしようもないくらいに重い。


 どうしてもっと上手くできなかったんだろう。

 そんな後悔が、胸の中を埋め尽くしていって――。


「――じゃあ、大丈夫ですね」

「……え?」


 でも、そんなとき。

 彼のそんな言葉が耳の中に入って来た。


 何を言っているのだろうと顔を上げると、彼が穏やかな表情で微笑んでいる。


「俺は、ハルさんに迷惑をかけられたとしても、ハルさんのことを嫌いにはなりませんから」

「……え?」


 ……何を、言ってるの?


「そもそも、今回のことでハルさんに迷惑をかけられたとも思っていませんが……俺はハルさんになら、迷惑を掛けられてもいい。そう思っています」

「……」

「むしろ、それでハルさんが楽になるなら、積極的に迷惑をかけてくれてもいいんです。俺にとって、ハルさんはそういう人ですから」


 何を言っているのか分からない。

 言っている言葉は分かる。意味も理解できる。でも訳が分からない。


「そ、そんなのおかしいよ」

「そうでしょうか?」


 そんなの、これまでの人生と違いすぎる。

 そんなの知らないし、見たこともない。


 迷惑を掛けたら、嫌われる。それは当然のことでしょう?

 常識だ。僕にとってはずっとそうだった。


 だって、ほら、あの母親だって。

 かつて、なんで僕のことがきらいなのか聞いたとき。


『――子供だからよ』

『――私に迷惑ばっかりかけて。早く大人になりなさい。そんでさっさと家から出ていって』


 なんて、そう言ってた。だから。


「ありえないよ、そんなの」


 だから、そんなの嘘だ。

 彼がつく、優しい嘘だ。


 ……そんなの、あっていいはずがない。


「ハルさん、前に言ってましたよね」

「え?」

「意味もなく人を嫌う人がいるって。そんな人に目をつけられたら怖いから、人の多い所にはいかないって」

「……それは、まあ」


 いきなり話が飛んで驚いたけれど、それは確かに言った気がする。

 少し前、一人で初詣に行くか悩んで、結局行かないことにしたとき。


 トラブルに巻き込まれたくないから、今年の正月は家にいようと決めた。

 病気だから、目立つから。


 ……変な人――意味もなく人を嫌う人だって、世の中にはいるからって。


「意味もなく人を嫌う人は、確かにいます」

「……うん」

「だから、その逆がいてもいいと思うんです」


 ……?


「意味もなく、ハルさんを嫌いになる人がいるなら、何があっても、ハルさんを嫌わない(すきになる)人がいてもいい」

「――」

「俺は、そう思います」


 ………………なんだ、それ。


 ……分からない。

 さっきからずっとそうだ。何を言っているのか訳が分からない。


 理解できない。そんなの知らない。

 僕の人生はそんなのじゃなくて、彼の言うことはありえなくて。


 混乱して、頭の中がぐちゃぐちゃで。


「……」


 ……でも。

 ……目の前にいる人が、微笑みながらこちらを見ている。


 それをみていると、何故だか分からないけど。

 目の奥が、どうしようもないほど熱くて、変で。


「……うん………………うん」


 理解できないけれど。

 理解できないまま、僕はなんとなく二度頷いた。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ