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第17話 僕は、優しくない


「…………………………」

「疲れてるねえ」


 残業を終えて、次の日。大晦日。

 僕はキッチンに立ち夕飯の準備をしていた。


 もう日は暮れた時刻だ。年明けも間近になり、テレビでは年末特番が流れていた。

 スピーカーから流れている、いつもより一層賑やかな声が部屋の中に響いていて、それを聞いていると、いよいよ年明けなのだという実感がわいてくる。


 めでたいことがあって、それを祝おうという穏やかな雰囲気。

 楽しそうな、嬉しそうな――そんな気配が読み取れるモノが、テレビやSNSを初め色んな所に散らばっている。そんな雰囲気だ。


「………………うぅ」

「大変だねぇ……」

 

 ……そして、そんな和やかな雰囲気の中、部屋の中で呻き声を上げているのが一人。

 部屋の真ん中、卓袱台では隣人の彼が机の天板に突っ伏して、ゾンビみたいな気配を纏っている。


 連日の無理が(たた)ったのだろうか。ここ数日は日に日に顔に疲れが浮かんでいるようになっていた。もしかしたら、ついに今日限界が来たのかもしれない。


「……」


 ……少し、頑張り過ぎな気もする。

 でも、これまでの遅れを取り戻したいと頑張っているのを止めるのが正解なのかもわからなくて。


 ……彼の場合は留年がかかってるわけだし。


 無理をするのは効率が悪いけど、でも絶対に無理をしなければならない時だってある。そういうものだ。社会に出てからはそれを強く感じる。もちろん、それが常態化するようなら対策しないといけないけど。


「……ん」


 ――と、そんなことをなんとなく考えているうちに夕飯が完成した。

 皿に盛りつけて、卓袱台へと運ぶ。すると彼が体を起こして、運び込んだ皿を受け取った。そして、それを机に並べていって――。


「……めちゃくちゃ美味しそうですね」

「そうかな? ありがとう」

「いや、本当に。俺も食べていいんですか? これ」

「食べてくれないと困るよ。余っちゃうじゃない」


 目を少し見開いて変なことを言う彼に、何を言ってるんだかと笑って返す。


 まあ、美味しそうと言われると、それはそうかもしれない。今日の夕飯は、大晦日なので奮発したから。

 要するに――昨日使えなかった分のお金も加算された、少しお高めな材料の料理である。料理は腕も大事だが、材料だって大事なのだ。


「その、本当にいいんですか?」

「気にせず食べて。せっかく作ったんだから遠慮される方が悲しいよ」

「……すみません、ありがとうございます」


 昼過ぎごろから頑張ったのに、それが無駄になるのは辛い。

 食べてもらえないお祝いの料理なんて、いくらなんでも悲しすぎる。誰も来てくれないクリスマスパーティーのようだ。


「……やはりハルさんは天使だったか」

「まだ言ってるのかい? それ」


 ポツリと彼が呟く。

 ここ最近彼が大好きな言葉だ。


 ……天使だなんて。僕には全く似合わないのに。


「いや、だってハルさんが優しすぎて」

「……別に僕は優しくなんて無いよ?」

「そんなことないですよ。俺は最近ずっとお世話になってますし……それ以外にも、昨日は職場の後輩を手伝って夜遅くまで残業してたんでしょう?」

「……うーん」


 それはまあ、確かにそうなんだけど。

 彼の食事の世話はしているんだけど。


 でも後輩については……そういうのとは違う。

 あれは別に僕が優しいから手伝っていたわけじゃない。もっと打算的というか、理由があるというか……。


 ……あの後輩の手伝いをしたのは、僕が立派な大人であるためだし。

 つまるところ、僕の為と言った方が正しい。


「……」

 

 ……そもそもの話、僕が立派な大人になりたいと思ったのは、母がきっかけだ。僕は、母と違う大人になりたかった。それが始まり。……でもその行動はそれとは別にもう一つ利益をもたらしてくれた。

 

 それは、立派な大人であれば――人の役に立ち、迷惑を掛けなければ、少なくとも排斥されることはないということ。


「……」


 ……初めの頃、僕がまだ愚かな子供だったとき。

 僕は集団から排斥されていた。そうなったのは、僕が人との関わりを避けていたからだし、仲良くなって、その後失うのが怖かったからでもある。


 それはまあ、仕方のないことだ。自業自得とも言える。人に近づかないようにしておいて、でも仲間外れにしないで欲しいなんて、それこそ無茶でしかないのだから。

 

 でも、しかし。集団から排斥されるのを甘んじて受け入れるのは結構大変だ。教育も就労も、基本的に人との関わりが必要で、自分一人だけなんてことはあまりない。学生のうちは辛うじて出来るとしても、社会に出てからは田舎の山にでも籠って自給自足するかしかないだろう。


 だから、それは出来ない僕は別の形で排斥されないようにする必要があって……その結果、かつての僕は立派な大人になり、自分の有用性を証明することで己の立ち位置を作ろうとした。


 つまり昨日の後輩の一件もそれの一つであり、それ以上でもそれ以下でもない。要するに、あれは優しいというよりは――どちらかというと、処世術というか。

 

 ……居場所を作るために、必要だったというか。


「ハルさん? どうかしましたか?」

「…………ん、なんでもない」

 

 そんなことを考えていると、彼がこちらを覗き込んでいることに気付く。

 

「俺、もしかして変なことを言いましたか?」

「そんなことないよ、大丈夫」


 変なのは彼の言葉じゃなく、僕自身だ。それくらいの自覚はある。


 普通の人は、居場所を作るのにそんな面倒なことはしない。

 普通に人と仲良くなって、普通に居場所を作る。それが当たり前というやつだ。


 でも僕は――。


『――アンタなんて、生まなければ――』


「……」


 ――それが、一番いいと思ったから。



 ◆



「――ごちそうさまでした! 美味しかったです!」

「お粗末様でした」

 

 少しして、食後。

 皿の上は空っぽになり、料理は全て僕と彼のお腹の中に収まった。


 彼も満足そうな表情を浮かべていて、僕としても手間をかけて作った甲斐があったなって、そんなことを思う。


「ここ最近必死でしたけど、それが報われた気分です」

「大げさだよ。……でも、確かに頑張ってたよね」


 こうして改めて彼の顔を見ても、その目の下にはクマが浮かんでいる。

 夜遅くまで机に向かっているからだろう。大変だ。


「勉強はどう?」

「おかげさまで、レポートはもうほとんど終わりました。後は試験でいい成績を取るだけですね」

「……おお、すごい」


 以前必要なレポートのリストを見せてもらったけれど、十は超えていた気がする。それをすべて終わらせたのだとしたら。


「頑張ったね」

「ええ、ありがとうございます。……まあ、その代わり家事とか色んな所がおろそかになってますが」

「……ああ、それはね」


 そういえば、先日彼の部屋を訪れた時、洗濯物が積まれていたような……。


 ……うーん。

 ……ああ、そうだ。


「それなら、僕がやってあげようか?」

「え?」

「家事だよ。洗濯と掃除くらいなら僕にもできるだろうし」


 それ位ならすぐに終わるし、大したことじゃない。

 僕だって、彼が困っているのなら手伝ってあげたいし……。


「……い、いやいや、そんなことハルさんにさせるわけにはいきませんって」

「そう?」

「大丈夫です。それくらい俺がやりますから」


 いい考えだと思ったんだけど……。

 まあでも、自分でやるというのなら仕方ない。


「……」


 ……彼の役に――力になりたかったんだけどなぁ。

 

「ところで、ハルさん」

「……なに?」


 声に、顔を彼の方に向ける。


「さっき言ったように、レポートがひと段落着いたんです」

「……? うん」


 少し嬉しそうな声。

 なんだろうと首を傾げる。


「だから、少し息抜きをしようと思ってまして。

 ……初詣に、一緒に行きませんか?」


 ……初詣?

 

  

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