第15話 正月の予定
それは昼の休憩中のこと。
ふと点けっぱなしにしていたテレビを見た。
画面の中で、ニュースキャスターが神社の境内を歩きながら、楽しそうにこちらに語りかけてくるのをなんとなく眺める。
『もうすぐお正月です! この神社でも準備が進んでいるようですね!』
「……お正月かぁ」
カレンダーを見ると、もう十二月も終わりだった。
体が変わったり足を捻挫したりと色々あった今年だけど、終わるときはあっさり来る。あと数日で仕事納めだし、その後はすぐに大晦日だ。
仕事が立て込んでいたりすると休めないこともあるけれど、幸いなことに今年はその気配はない。一週間くらいは休みがもらえるだろう。
「……正月休み、なにしようかな」
いつもなら、近くの神社に初詣に行っていた。
このアパートの近くに少し大きめの神社があって、そこに毎年なんとなく向かっていたように思う。
特に信仰心が強いわけでも、初詣に深い思い入れがある訳でもない。
でも、他にすることが何もなくて……あと、正月明けに何をしていたのか聞かれたときに、初詣に行ってました……なんて言えるし。
まあ要するに暇つぶし兼話題作りのために行ってたんだけど……。
「……でも今年は無理かなぁ」
この体じゃ外に出辛いよね、なんて思う。
だって結構繁盛してる神社だ。間違いなくトイレは混むだろうし、あそこは多目的トイレとか無かったと思う。
あと、体が小さいから人の波に飲まれるかもしれないし、それで怪我をしたら大変だし……。
「それに、人が多いから」
万が一、変な人に絡まれたら。そんな心配もある。
人が多いということは、結果的に変な人間がいる可能性も上がるということだ。
……もしそんな人間に、あの病気になった元男だとバレたら。
「……」
あの病気の罹患者は、基本的に社会に受け入れられつつある。
同情的な見方の人が多いし、批判的な意見なんてまず見ない。
……でも、まず見ないということは、全くいない訳ではないという意味でもあって。
「危ない場所は、避けた方がいいよね」
君子危うきに近寄らず、という言葉もある。
正しい大人としては、そういう場所には行かない方がいいだろう。
僕が不快な思いをするだけならまだしも、周りの参拝客とかにも迷惑をかけるかもしれないし……。
……意味もなく人を嫌う人間というのは、どこにでもいるものだし。
「……うん、やっぱり止めとこう」
今年の正月は、家から出ないと決める。
家で大人しく映画でも見ていることにしよう。それがいい。
「……」
……でも。
別に初詣に深い思い入れはないし、なんとなく向かっていただけなんだけど……いざ行かないと決めると、少し寂しくなるのは何故なんだろう。
……ほんの少しだけ、不思議だった。
◆
「そういえば、君は正月はどうするんだい?」
「正月ですか?」
夜、食事の途中。
テレビの音で昼のことを思い出し、彼に問いかけた。
「そう、実家に帰省するのかなって」
もしくは隣の部屋に残るのか。
大学生って、半分くらいは正月に帰省しているイメージがあるけど、彼の場合はどうなんだろうか。
「あーそうですね。……正月は帰れません」
「帰れない?」
帰らないじゃなくて?
「家に帰ると、親戚付き合いとかもありますし。勉強する時間が取れないでしょうから」
「……ああ」
……なるほど、親戚付き合い。
僕とは縁がなさ過ぎて、全く想像していなかった。
でもそうだ。普通はそんなものだって聞く。
正月に一族で集まって会食とかするんでしょ? ドラマで見たことある。
「しばらくは勉強に専念する必要があるので……」
「お疲れ様」
正月も勉強か。彼が言うように自業自得かもしれないけれど大変だ。
まあ、それならまた何か差し入れでも……。
……ああ、そうだ。
年越しそばとか、おせち料理も持って行ってあげようかな。
「そうだ、ハルさんはどうするんです?」
「……え、僕?」
と、彼がこちらに問いかけてくる。
「はい、正月にどこか行ったりとかしないんですか?」
「……ああ、僕は今年は止めとこうかなって」
「止めとく? どうしてです?」
不思議そうな顔で彼が首を傾げる。
だから、まあ、昼にも考えていたことを彼に話して――
――
――
――
「――意味もなく人を嫌う人はどこにでもいるし……なにかあったら嫌だからね」
「……ん、そう、ですか」
話し終えると、彼が少し眉をひそめている。
そして、口元に手を当てて何か考えるような仕草をして――。
「――その、毎年初詣に行ってたのに、人ごみとか変な奴に絡まれたくないから止めるんですか?」
「? うん、そうだね」
「それなら、俺が一緒に行きましょうか?」
え?
「俺が一緒に行って、ハルさんを守りますよ。ボディーガードみたいな」
「……え?」
いつのまにか、彼が楽しそうな顔でこちらを見ている。
それはまるで名案を思い付いた! とでも言いそうな顔で。
「どうです?」
「……えっと」
一緒に、初詣に?
それは、確かに彼がいてくれたらトラブルは減るかもしれない。少なくとも一人でいるよりはよっぽどマシだろう。それは間違いないと思う。
「……」
……少し考えてみる。彼と一緒に初詣に訪れたときのことを。
誰かと神社を訪れるのは初めてだけど、きっと彼となら楽しめるに違いない。
神社に参拝するために待ち時間。行列に並んでスマホを見ていた時間を、彼となにか話しながら過ごす。
二人で並んでお参りして、手を合わせて。おみくじを引いたり、お神酒を飲んだり……あと、出店とかも結構出てたような。
「……ハルさん?」
「……その」
二人で出店を冷やかしたり、色々と見て回ったりして。
それはきっと楽しいだろう。
そんなことこれまで経験がないから、全部想像の話でしかないけど、それでも。
――行きたいな、と、そう思った。
「……でも」
「はい」
でも。そう思うけれど。
「君は、勉強しないと」
「うっ」
行きたいけれど、彼にはするべきことがあるはずだ。
そもそも勉強するために帰省しないのに、初詣に行ってたら意味がないのでは?
「勉強しなさい」
「はい……」
彼が項垂れる。
僕のために提案してくれたんだろうけど、身を削るようなマネはしないで欲しい。せっかく頑張っているんだから、僕の我がままで迷惑はかけたくない。
「頑張ってね」
「……はい」
……未練は、少しあるけれど。
でも僕はちゃんとした大人だし、正しく生きたいと思っている。
大人なんだから、我慢するべきところは我慢しないと。
ままならないことなんて、人生には沢山ある。
……彼にだけは、迷惑を掛けたくなかった。