Scene_009_強制帰還
ボスベアがこちらを指差しニヤリと笑う。
「どうした? 二人がかりでも勝ち目がないと察していたか?」
レアルがこちらを見て苦笑いする。
「どうしようか」
「やる気ないし、こっちは戦闘しようにも鈍ってるんだ。本気を出せない。他のやつを指名してくれ」
「アイツはああなると指示を聞かない、ここで戦わなかったら街中でやり合うことになる。代わりに倒せた場合は……未来を変える力とでも言おうか。それを君たち二人に与えよう」
「おい、お前たちに選択肢はねーんだよ。早く降りてきて戦え」
周囲の観客やルッセンたちは期待と羨望の入り混じったような眼差しをこちらに向けている……気がする。
こういうの嫌なんだよな。
「気に食わないな、こういうやり口は。わざと負けてもいいならやるよ」
突然、ジャムルから通話が入る。
「もし勝てれば、未来を変える力を与える。君が回収した様々な未来経路、あれとは全く異なる未来が開かれる」
「覗き見したのか?」
「ああ」
「……そりゃどうも。心配ならいらない、あのままで十分だ」
「ふん。自分を救えない人間が他人を救えるとは思えないな」
「しつこいよ」
「このような機会は二度と来ない」
話聞かないやつだな。
そんなこと言われたって不愉快なだけなのに。
「どうしてそんなに熱心なんだ?」
「こちらには事情がある」
レアルと一緒にドームの中心の方へ降る。
ステージにはボスが腕を組んで立っている。
事情……ギルド本部はゲームマスターおよび開発チームみたいなものだけど、私の未来に干渉する必要があるようには思えない。
しかし、今気にしてる暇はなさそうだ。
ツルハシは一瞬で殴り飛ばされてた。
わざと棒立ちで受けていたようにも見えたが、回避の隙がなかったと仮定しても、何かしらの能力で足止めしていたと見て対策入れた方が勝ち目はあるだろう。
純粋な殴り合いは不安だけど、それに持ち込んだ方がレアルは動きやすいはずだ。
それにモンレアルには、とあるダンジョンボスから受け取った不老不死特性の付く血瓶を持たせてある。
つまり、傷はどんなに大きかろうと塞がっていく。
呪い装備で外せないし、簡単に壊すこともできないけど、即死級の一撃を受けた時持ち主を蘇生して壊れる。
持たせたのはそうしないとレアルが死んでしまう状況だったから。
そして、まだ壊していないのにも理由がある。
ギルド本部の地下、深海の一つには王国、中心に城があり、代々城に仕える騎士の娘で王子の側近だったモンレアルは、修練を積みながらも戦闘を嫌い、家事全般と王子の世話を教え込まれ、任されていた。
レアルの家は強い子孫を残すために、代々王国一強い異性を城下から選んでは夜伽をしている。
代の中では素質のない子、病弱な子もいたそうだけど、一人だけ子どもを授かっては続いてきたことらしい。
そしてレアルと王子は恋仲だ、今も手紙でやり取りしてるし王子が護衛を連れてここの小屋まで来ることもある。
しかしレアルと王子がくっ付くには家の関係上不可能で、それならせめて不死特性を持ち他者との夜伽を不要にする、というのを提案した訳だ。
レアルは不死者になるという問題よりも、好きな相手の子を授かれなくても歴代の誇りがあるという理由で嫌がったものの、子を理由に王子との関係、夜伽相手との関係、そして子どもとの関係全てが良くなるはずはないと予感しているらしく、結局は血瓶を壊さないままでいる。
強いのに拐われてしまう件も含め、レアルは他人のことを尊重し過ぎてるけど、血瓶に関しては良い方向に作用したと思う。
「そんじゃ、やる前に作戦を立てさせてくれ。二分くらいで済むから」
「いいぞ」
ジャムルからの通話が切れる。
ホログラムからボイスチャットを選択し、リストからレアルの名前を選んで通話を始める。
(レアル、聞こえてる?)
(聞こえてるよ)
(よし。戦闘中もこっちでやり取りするからよろ。基本的に殴り合いで行く、攻撃は一切受けないようにしてくれ。あとお互いにヤバくなった時は円盤使って欲しい)
(分かった。……一緒に戦うの、初めてだね)
(そうだな)
そういえばそうか。
そもそもこんな感じで戦ったことがない。
後方に立つだけで済めばいいけど、わざわざあっちから指名してきたからにはそれ以上のものを必要とされそうだ。
「準備できた」
「そうか。では試合開始のカウントを始める!」
観客席から激しく声が上がる。
応援なのだろうが、あまりの激しさで罵声とも怒号とも聞き取れる。
指名されたとはいえ勝ち残ったわけじゃないんだ、当然勝てばよろしく思わない人らもいる。
(ワクワクしてきた)
(……そうだな。楽しもうか)
危ない、緊張しかけた。
そう。
楽しめばいいんだ、勝つために全力を出して。
「3……2……1……試合開始!」
合図と共にボスが私目掛けて飛び込んでくる。
私はしゃがんで右手を地面にかざし、サイレンスの魔法をボスにかける。
レアルが私を掴もうとする腕を逸らさせ、殴り返す。
ボスは驚いた様子で一瞬仰け反り、元の位置まで押し戻すも踏ん張って体制を立て直した。
「面白い。しかしまだまだ弱いな」
突然、ボスの姿が消える。
振り向くと、ボスが腕を振り上げていた。
まだサイレンスの効果時間中だ。
能力ではない、さっきの試合の一撃は単純な力によるものだったか。
私が逃げながら腕で防ごうと構えると、少し当たっただけで両腕がへし折れる。
「言い忘れていたが、この試合では傷が残る。つまり君たちは死ぬ可能性がある。勝ち上がっていないし当然のリスクだ。せいぜい頑張れ」
……そうきたか。
祭りなのに、酷い話だ。
走馬灯……ではなく、私が瀕死になり、レアルの血瓶が割られ殺される様子が一瞬脳裏に浮かぶ。
それだけはダメだ、とにかくモンレアルを死なせないようにしないと。
息苦しい。
浅い呼吸でも、肋骨が身体を突き破って出そうな緊張と不安が身体を支配する。
ボスはすぐ様私を殴ろうと腕を振りかぶる。
レアルがボスの腕にチェーンを突き刺し、ボスは引き寄せられ体制を崩す。
続いてレアルが円盤型の機械を投げる。
機械はボスの頭上で止まり、下へ落ちてボスの頭を床に叩き付け、地面は粉々に砕ける。
舞い上がった土煙で、視界が遮られる。
(レヴララ、大丈夫?)
(痛いけどまあ、なんとか。こいつ、こっち狙いらしい。レアル、攻撃を受けるのはまずい。あっちのカウンターを警戒して回避優先で行こう。攻撃はこっちでやるから支援を頼む)
(うん)
風魔法で土煙を吹き飛ばすと、ボスは身体が裂けていて、地面に深くめり込んだまま動いていない。
私が光魔法をそこに撃ち込んだら、ボスは身体から黒い霧を滲ませる。
これで終わりか? いいや、攻撃時の動きの割に手応えがない気がする。
ボスの身体が砕け、脱皮でもしたかのように一回り、二回り大きいボスが砕けた殻の中から這い出てくる。
まだ倒せていなかったらしい。
或いは魔法を吸収するとかの耐性があるのか?
倒すには……武器はルッセンに全部預けたままだし、レアアイテムを使うのが無難か。
円盤がレアルの手元に戻り、作動停止の音を出す。
私はボスの目の前まで歩く。
ボスは私を見下ろし、ニヤリと笑う。
「諦めたか」
「いいや。ここからだよ」
薙ぎ蹴るボスの足を飛び越え、レアアイテムで習得した変異スキルを発動する。
両腕の骨折が治癒され、私の身体は黒く染まって装備と衣装が一時的に解除される。
そして黒くて大きい狼男に変異する。
ボスの回し蹴りが間際まで来るが、狙いは適当ではない。
変異中のこの姿はラグが酷いという感じがある。
そしてそれが都合のいいように働く。
レアルの空間を肉体なんちゃらの上位能力みたいな感じで、相手として戦った時は足場を崩しても宙に浮いてるし、こっちの攻撃だけすり抜けて当たらないし、素早い上一撃でパーティーメンバーがやられるしで無茶苦茶だった。
弱点はある、しかし気付かれる前にやれるはずだ。
相手の足に飛び乗ってボスの首元を爪で掻き切り、離れた場所に着地し振り向く。
浅い、あまり切れなかった。
ボスの首からは黒い霧が薄く滲む。
すぐ様ボスの足にチェーンが向かう。
ボスはチェーンを掴み取り引っ張るが、後ろへと勢いよく転ぶ。
レアルが籠手を外したらしい。
このタイミングなら行ける。
起き上がったボスに向かって爪を振り当てる。
ボスの身体はあっさりと六等分に切り裂けて崩れた後、磁石のようにくっつき始める。
斬撃にも耐性があるのか?
「ハハハ、効かん!」
(レアル、離れたまま攻撃できる?)
(やってみます)
余裕そうな顔のボスの身体を切り刻む。
ボスは一瞬で細切れになるが、まだ宙に浮いたままで元に戻ろうとする。
レアルが遠くから腕を思い切り振り付けると、風と共にボスの細切れが揺れいくつか地面に落ちる。
そこで思い切り腹元を殴り付けると、細切れになったボスは地べたに転がる。
「決まったな。レヴララとモンレアルの勝利だ!」
観客席の方から歓声が上がる。
変異が解け、身体が元に戻る。
力が急に抜ける感じがして、地面に両膝をつく。
このレアアイテムは強力だけど、使用中の感覚差に加え、制限時間と使用後の硬直が辛い。
その硬直が弱点だ。
相手は逃げ回っていれば勝ち目がある。
ボスが細切れのまま動き出し、私の身体にまとわり付いてくる。
ジワジワとした痛みが身体全体に広がる。
何だ? 視界がぼやけてきた。
いつの間に仰向けになったのか、青空が見える。
レアルらしき人影がそれを隠す。
「さて。これが未来を変える力だ」
なんだか意識が遠のく。
誰かが薄く光る白い石を私に手渡す。
受け取った瞬間、私はソファの上に横たわっていた。
ここは祖父の研究室だ。
まさか、記憶を保持したまま戻ってきたってことか?
辺りを見渡すと、何故かレアルがいる。
「ここ、どこだろう。……なんだか不思議な場所だね」
窓の外で木々がそよいでいる。
あの世界とはまた違う、静かな雰囲気。
しかし、本当に戻ってきたのか?
携帯を取り出して見ると、日付は転移した日と同じみたいだ。
……ホログラムは開く。
でも、スキル名もアイテム名も薄黒くなっていて使用不可能だ。
もし本当に戻ってきているのだとしたら、レアルの存在は隠しておかないと不安でならない。
私はその辺にあった祖父のニット帽をレアルに被せる。
「な、なに?」
「声聞こえる?」
「はい、なんとか」
「とにかく尻尾も隠すんだ。後で説明するから」
「は、はい」
ドアをノックする音がする。
ここは大学だから、祖父か大学の関係者かは分からないが。
祖父ならレアルのことを守ってくれるかもしれない。
ドアを少し開け、隙間から外の様子を伺う。
「お爺ちゃんに何か用?」
「わしじゃが」
私は息を呑み、ドアから手を引く。
祖父は研究室に入り、怪訝そうな目で中を見る。