Scene_005_ルミェ
転移者案内所。
デカデカとそう書かれた看板のある大きな建物に入る。
入り口には金属探知器のような門がある。
そこを通った先には受付と、ワインバーやダーツボードなどがある大人な感じの内装だった。
しかし、掃除をしている人の他には誰もいない。
受付では、露出度の高い服を着た垂れ目で金髪でツインテールのお姉さんが、気怠そうにしていた。
「らっせー。何かお困りで?」
「その、傭兵を雇いたくて」
「ほいほい傭兵ね。ん、あんた初めてか。初回サービスってことで案内料タダにしとくよ」
「ありがとうございます……」
お姉さんは受付の台にもたれかかり、腕を伸ばしてスマートフォンのような端末を弄る。
渡してきた端末の画面には、傭兵の写真と名前、契約金のリストが並ぶ。
「それなー、ここに登録してる傭兵のリスト。何個か高いヤツいるけど、そん中の名前が赤字なのは転移者。ウチは信用第一だからぁー、登録の条件厳しいのよ。テキトーに選んでも当たりだから、悩み過ぎんなよー」
「分かりました」
「あとなー、傭兵っつっても一ヶ月経ってパーティー加入するかしないか決めるのは傭兵側なんよ。金払う側だからって調子乗ったことすんなよー」
「はい」
しかし、そうは言われても悩む。
当然強い人がいいけど高いだろうし。
……決めた。
この巨乳で薄い金髪の槍持ってる、エプロンスカート姿の小柄なお姉さんにする。
少し高いけど、見た目重視だ。
「あの、この人で」
受付の人を見ると、麦茶を飲みながら漫画を読んでいた。
「お、決まったか。んー、ポネちゃんか。若くて綺麗だからか、下心あるやつに人気なんだよなー。今度こそいい雇い主だといいけど」
受付の人がジロリとこちらを見る。
確かに下心はあるけど、いいじゃないか。
受付の人は別の端末を取り出し、操作した後耳元に当てる。
「おいーっす。ポネ、今いい? ……そうそう、転移者の少年が傭兵で雇いたいってさー。……いいや、初心者っぽい感じ。……ふーん。じゃ、そう伝えとくわ」
受付の人は耳元から端末を離す。
「いいってさー。とりま待っててくれ、あっちの準備が整ったら来るらしいから。そこのワープポータルには近付くなよー。ぶつかるからな」
「はい」
待てったって落ち着かない。
とりあえず、ワインバーの席に座って寝る。
きっとこうして待ってたら、隣に座ってくるんだ。
「お待たせ」
しばらくして、凛とした声が隣から聞こえてくる。
声の方を見ると、鎧を着てて胸の大きさはあまり分からないが、写真より可愛い子がそこに立っていた。
「アタシはポネ。ダンジョンは行ったことないけど、フィールドのモンスターならある程度狩れる。無理な相手からは逃げてるけどね」
ポネは目を細めて笑う。
「それじゃ、早速倒しに行こうか」
ポネに手を引っ張られ、俺は案内所を出る。
ルミェの町は綺麗で落ち着く。
それにこうして歩くのは、まるでデートしてるみたいだ。
少し恥ずかしくなってきた。
「そういえば、アナタの名前は?」
「ええっと、俺の名前は……」
言いながら、小さな人集りが出来ているのに気付く。
エズメの座っていたベンチの方だ。
……ベンチの上では、エズメが血を流し横たわっている。
その隣では、立ち去っていたはずのレヴララが、エズメに何かの魔法をかけている。
張り詰めた空気につい立ち止まる。
「どうかしたの?」
ポネが人集りの一人に尋ねる。
「自殺だよ。あの黒髪の女が短剣で自分の腹を……」
レヴララの大きなため息が聞こえる。
「治療終わったよ、彼女は無事だから。解散解散」
皆日常へと戻るかのように去る。
レヴララはエズメを担ぎ、指笛を吹く。
「レヴララ」
呼び止めると、レヴララはなぜか頭を抱える。
「エズメ、どうして自殺なんか」
「洗脳されてたんだ。ついさっきそれが解けて自分の罪を認識したらしい。まだ何かした訳じゃないんだけどな。気を失うまで、しきりに誰かに謝ってたよ」
「洗脳? 一体誰がそんなこと」
「とにかく、エズメは君と出会うより前から正気じゃなかった」
降りてきたフェムの背に、レヴララはエズメを括り付ける。
じゃあ、アムトドムラでエズメが受けてた非難は不当なもので、詐欺師っていうのはただの噂?
洗脳されてたってだけじゃ何も分からない。
ともかく、レヴララは事情を深く知ってそうだ。
「……どういうことなのか説明してよ。エズメとは一度だけど、一緒に戦ったんだ」
レヴララはイライラしてる様子で髪をいじる。
「あんまし話したくないな」
「お願いだ」
レヴララは一呼吸置き、珍しく睨むのをやめ悲しそうな顔をする。
思わず固唾を飲む。
「分かった。説明するとだな、交易隊に所属する一人の商人が、無料でアムトドムラまでエズメを乗せた。そして噂を流してエズメを詐欺師と呼ばせ、帰らせずにそのまま死ぬか、奴隷になるかを選ばせてた。そんな時に君がエズメと接触して、商人は改めて死ぬか、君から金を盗むかをエズメに迫った」
……サソリを倒した後か?
その時は必死であまり気にならなかったけど、思い出してみれば妙だった。
「以上。……聖職者が自殺っていうのはタブーだし、理由次第じゃ洗脳よりも厄介なものが絡んでる。とりま、事情知ってるこっちでエズメは保護させてもらう。君のパーティーに戻してやれるかは分からない。悪いな、少年」
フェムとエズメ、レヴララは空へ飛び立つ。
エズメは、本当は悪いヤツじゃなかったんだ。
洗脳を見抜けずに、犯罪者と思い込み、心の中で非難していた自分が少し嫌になる。
でも最悪の寸前のところでレヴララが何とかした。
きっと大丈夫なはずだ。
「少年。アナタはそう呼ばれているの?」
「あ、はい」
「敬語じゃなくていいよ。それとさっきの話、事情は知らないけど気負うことない。深入りしても解決の糸口さえない、どうしようもない問題は世の中にいくつもある。ただ、あってはならないと思うのならそれで充分だよ。それが少しずつ世の中を変えていく」
ポネは明るい笑顔をこちらに向ける。
眩しい……。
まだよく分からないけど、いい人そうだ。
歩きながらポネの方を見てると、ドキドキしてくる。
「そうだ、まずはレベル上げないと困るよね? アタシがどんどん倒してくから、後ろにいてね。とりあえずレベル20目指そうか」
「ポネはレベルいくつなの?」
「52だよ。さっきの転移者さんが298だし、上限の300を見据えるとまだまだだけどね」
298……?
一匹倒して上がったレベルは1で、レベル3になるには同じの五十体は倒さないと行けないのに。
経験値ブーストのギフトを持ってると仮定しても、どうやったらそんなに上がるんだ?
「レヴララってそんなにレベル高いんだ。俺と同じぐらいの歳っぽいのに」
「ダンジョンのボスは経験値多いから、死線を何度か潜れたならすぐに行けるよ。でもレベル100から上限の300代の人なんて、この世界に十人しかいないくらいには厳しいかな」
「そうなんだ」
レベル上げるにはモンスター倒すしかないのか。
今度レヴララに会えたら聞いてみないと。
「ねね、その中で転移者は何人だと思う?」
「え、ええ? 元々いる人たちより強いだろうし、八人ぐらい?」
「正解は三人でしたー。転移者の人たちは確かに強いけど、元々いる人たちよりもかなりレベル上がりづらいし、レベル99のキャップ解放のために一人でボスを倒さなきゃいけないからね。それだけ厳しいということです」
じゃあレヴララって相当すごいんだ。
MMOならあのくらいの強さの人が沢山いるのは普通だっただけど、魔法一発で敵の群れを一掃できるような人がゴロゴロいる訳じゃないのか。
「レベル100になったら何か変わる?」
「レアアイテムを装備できるようになるらしいけど、よく知らないね」
ポネはそう言いながら、申し訳なさそうに目を閉じ、右手の人差し指で自分の頬を撫でる。
「そろそろ町の外に出たかな。それじゃ、後ろにいて」
ポネが槍を構える。
俺は所持品一覧から剣を取り出し、両手で握る。
周囲は木に囲まれていて、先は一方通行だ。
少し遠くから鹿が三……いや六頭走ってくる。
どう見ても普通の鹿だ。
鹿たちは木々の隙間へと走り抜けていく。
そして見るからに普通の熊がポネの前に立つ。
熊はポネに腕を振り降ろす。
同時にポネは熊の首元に槍を突き立てるが、熊は怯まず攻撃する。
槍を持つポネの腕が、一瞬で吹き飛ぶ。
血しぶきが上がる。
逃げ出したいけど、足が動かない。
「やば……少年、逃げ……」
突然、熊が真っ二つに裂けて倒れる。
熊の背後には、オリーブ色の長髪の男が立っていた。
「失礼、敵の背後に人がいるとは気付かなかった。いやはや、すぐ治療させていただきます」
男はポネの腕を拾い、脈打つ様子で血をこぼす傷口に近付ける。
すると腕はくっ付いて元に戻る。
しかし、鎧は切れたままだしポネは腕の接合部を痛そうに抑えている。
「お邪魔して申し訳ない」
「いえ、ここは入り組んでいますから。少年、一旦立て直そう」
ポネはさらに転ぶ。
その顔は赤く、鼻水が垂れている。
「あれ……。これって」
「ええ、治癒魔法の副作用です。一ヶ月は安静にしてください。その分の治療費をお渡しします」
男はポネに金貨袋を渡す。
ポネはそれを受け取って驚く。
「こんなにですか? 多過ぎます、とても受け取れません」
「いえいえ、当たりどころが悪ければ殺してしまっていましたし、僕の不注意がいけないのです」
「わ、分かりました……。でも、余った分は返させて頂きます」
ポネが俺の近くまで来て、ため息を吐く。
「すみません、いきなりこうなっちゃうなんて。一ヶ月待たせてもいい……かな。契約金は今月分ナシで大丈夫だから」
「ええと……」
男が近付いてくる。
「もしかして、傭兵だったのですか?」
「ええ」
「良ければ僕が代行しますよ。困らせてしまうのも悪いので」
「わ、分かりました。でも大丈夫……かな。少年はそれでいい? この人はシイリッヒさんって言って、レベル150の有名な旅人さんなんだけど。君からも少し調べた後の方が安心するかな」
「いや……調べなくても大丈夫」
突然のことでよく分からないけど、これはラッキー……な気がする。
これだけ一瞬で敵を倒せるなら、一旦頼ってみた方がいいかも知れない。
ハーレムから遠ざかることにならなければいいが。
「決まりだね。先ほど紹介を頂いたシイリッヒという者です、よろしく。とりあえず町まで戻ろうか」