Scene_004_アムトドムラ
翌朝、俺はエズメの後ろに付いて歩く。
エズメは商店街に並ぶ道具の前で立ち止まる。
「こ、これなんてどうですか? 10万ゴールド丁度です」
汗の滲む指で、エズメは商品を指差す。
指輪のようなものが置かれており、小窓のホログラム越しに触れるとアイテムの詳細が出る。
《気候耐性+50%》
《魔除け》
・注入された加護のエッセンス 100%(10時間0分)
と表示され、テキストに触れるとさらに詳細が表示される。
《気候耐性50%》
・あらゆる気候からその身を守る。
・装備合計値100%で発動。
《魔除け》
・発動中、注入した加護のエッセンスが切れるまで、フィールド上のモンスターと遭遇しなくなる。
一応見てみたけど、10万ゴールドの価値があるのか分からないし、買って歩いて行って他の町に着くという保証はない。
「私なら加護のエッセンスを作れます。どうでしょうか?」
俺は首を横に振る。
周囲からの目が痛く刺さるし、アイテム買うよりもこの町から早く出たい。
「それなら、あちらは」
「買い物はもういい。町を出よう」
エズメの言葉を遮ると、エズメは落ち込んだ様子で答える。
「……はい、すみません」
「エズメは俺にアイテム買わせてから、誰かに売る気なの?」
「いえ、そんな下劣なこと」
俺の質問に対し、エズメは自身なさげに答えた後固まる。
「砂漠を渡れるだけのアイテムなら持ってるけど、問題はモンスターだよ。……やっぱり馬車に乗せてもらってこの町を出よう」
「それはできません。私、悪評が災いして乗せてもらえないんです」
「……じゃあ、試してみてダメだったら別の手段を考えよう」
二人でアムトドムラを歩いていると、向かいから歩いてきた男がこちらを見て立ち止まる。
「転移者のにいちゃん、ソイツは詐欺師だから気を付けろよ」
「どうも」
男は横切る時に鼻で笑う。
本当にそうだと思うけど、前科やら現行犯やらでハッキリしたら警察にでも突き出す方がいい気がする。
……でもパーティー組んでる今、俺に命令されて仕方なくやってました、とか言い出すのだろうか。
エズメの方を見ると、唇を噛み震わせている。
「私は、詐欺師なんかじゃないのに」
エズメはそう呟いた後、肩を落とす。
この過剰な反応はやっぱり嘘付いてるかも知れない。
……いいや、そもそもこんなやつ信用してたらこっちの身が持たない。
現に俺は信用するか疑うかばかりで、他のことを考えられていないじゃないか。
噂があって怪しい相手なんて、どうしてパーティーに入れちゃったんだろう。
馬車……ではなくラクダ車のあるところに着く。
こういった用意されている移動手段では、モンスターとの遭遇がないとホログラムに書いてあった。
ホントにゲームみたいだ。
「乗せてください」
「いいぞ。ほお、そっちの姉さんは……ハハハ、献金は集まらなかったようだな」
「私も乗せてくれるんですか?」
「ここを作った金持ちが乞食やら詐欺師を嫌っていてな。町から出さずに飢え死にさせたいらしい。輸送隊や交易隊はそれにOK出した上で担当者を出してる。乗せる時には乞食や詐欺と疑われることはやらんよう話すルールだ」
商人は近づいてきて、俺たち二人にしか聞こえないような声量で話す。
「だから無理、と言いたいところだがこんなことしててもな。中で金使い切っちまったり、盗まれたヤツはどうしようもないし、自力で町から出られるヤツには関係ない」
商人はエズメの顔を見つめる。
「宛があるから待ってろ。俺が手配したことは内緒にしとけよ」
1分と経たずにレヴララが来る。
まさか、この商人とレヴララが知り合い?
どうやって知り合ったんだか。
「ルウ。なんか用?」
「近くにいたか。コイツらを別の町へ運んでくれ」
「ん、少年じゃないか。そっちは……ふーん、そういうこと。とりあえず他の町へ行こう」
レヴララは指笛でフェムを呼び、ジェスチャーで乗るよう促す。
「あの、あなたは乗らないのですか?」
「足掴むからいいよ。それより早く乗って」
エズメが先に乗り、俺はその後ろに座る。
前に乗った感覚だと、座っていれば落ちるということはなさそうだった。
レヴララに抱きつかなくても落ちないはず。
……向かいからワイバーンの群れが飛んでくる。
「ちょっと眩しくなるぞ」
レヴララが大声でそう言うとフェムの足辺りから空の方へと光が打ち出され、目の前が真っ白に光る。
次には溶けたワイバーンたちが、黒い霧を出しながら地上へと落ち消えていく。
俺とは比べ物にならないほど、レヴララは強いみたいだ。
俺にもこんなことができるようになったりするのだろうか。
乗ってしばらく経ち、違う町に着く。
空から見た感じでは随分と広い石造の場所で、緑と水源もあり、かなり綺麗な場所だった。
降りると川が多くて、水の町という感じがする。
「お姉さん、名前は?」
「エズメと言います。あなたは?」
「レヴララ。二人はどうしてパーティー組んだの?」
「……エズメが可哀想だったから」
「可哀想ねえ。悪くない理由だけど、理由を変えてかないと可哀想なままだな」
レヴララはベンチに座り、空を眺め始める。
確かにそうかも知れないけど、もう外すから関係ないさ。
「ちょっと休憩。少年、この町で傭兵を雇えば今後の苦労は激減するぞ。ま、そうするのが正解って訳でもないし、迷ったら検討してみてくれな」
「レヴララ……。ギフト、取ったんだけど。スキルってどれ上げるのがいいのかな」
「なに? どのギフト取ったの?」
レヴララの声が少し高くなる。
思いのほか分かりやすい性格なのかも。
「迅雷と虫類特攻……サソリを倒すために取った」
「ん、サソリって動物だけど虫類で通ったのか。……そんなこと今はどうでもいいな、スキルはもう取った?」
「回復系を」
レヴララは腕を組んで唸る。
そしてホログラムを開き、俺に見えるようにスキルツリーらしきものを出す。
上の方は薄黒くなっており、下の方に黄枠のスキルが見える。
落下ダメージ無効……随分とつまらないのを取ってるな。
「まず基本的なことから言おうか。スキルの種類は大まかに身体強化魔法、攻撃魔法、支援魔法の三種な。スキルポイントをスキルツリーに振ると、その枝の一番下のスキルだけ使える。簡単に言うと下のスキルほどポイントを消費するのと、ツリーの数、つまりスキル所有数には六個までの上限がある。身体強化は変わったの多くてさ、スキルツリー眺めてるだけでもそこそこ楽しいかもな。それとホログラムからも確認できるけど、三つまでのスキルを合成するスキルってのもある。合成すると、本来の性質とは全くの別物になったりする。例えば気候耐性と詠唱スタック、無属性物理魔法を組み合わせると……オプティマ」
レヴララが空に向かって手を掲げると、手から何かが打ち出されたかのように空が歪む。
「町中だとこれだけど、近場のフィールドなら水だな。砂漠だと炎、森や室内だと風、足場や空気の悪いところだと地属性って感じでテキトーに変化する。無属性より属性付いてる方が強いし、便利だよ。スキル所有数の枠を四つ取るから好みは分かれるけどね」
「俺にも使える?」
「レベルを上げたら誰にでも使える」
「そうなんだ」
「あとレアアイテムについてな。君にとってはまだまだ先の話だろうけど教えとく。レアアイテムはレベル100になると装備できて、装備中はスキルツリーからの取得不可能なスキルを使えるようになる。どれも強力だけど、そのスキルを使うと他のスキルは一日使えなくなる。レアアイテムのスキルを最後の切り札として使うか、初めから使ってくかは自由ってとこかな」
レヴララは手の甲をこちらに向ける。
透明に薄白く光る宝石のようなものが現れる。
「これはレアとは別の装備品な。こういう埋め込み式は一個まで装備できて、指輪の効果はホログラム出すヤツとは反対の手指に一個まで。重ね着は下に着てるの優先で、沢山付けても意味ない。……とりま、スキルの説明としてはこんなとこ。迅雷のギフト取ったなら、最初は光魔法か何かしらの属性魔法系、または属性付与系取るのがオススメだけど、エズメが持ってるならテキトーな身体強化を一個取ってみてもいいと思う」
「身体強化……」
「習得クエスト消化しなきゃなんないけど、高いところから落ちてもダメージ入らないのとか便利だよ。序盤はステータスブースト系が無難で、迅雷の恩恵伸ばすなら感覚強化系を上げるといいかもな。あと身体強化っつっても全く関係ないような変なやつも混じってるから、本気で戦闘やる場合は気を付けてな。ちなみにレベルが上がるほど恩恵が薄くなるから、スキル合成して使う以外はレベル60ぐらいでスキルポイントリセットしに行った方がいい」
レヴララが小さな硬貨のような機械を手に持ち、こちらに差し向ける。
「これあげる。覚えづらい内容だろうし、さっきのを録音しといた」
俺は機械を受け取る。
ハイテク過ぎる、これなら機械文明的な町もあったりするのかな。
「ありがとう」
「コホン。最後にもう一つアドバイスだ。このルミェの町は住むための町と言われてるくらいで、居心地いいし、宿泊料も一人につき一日50ゴールドだけど、周辺地域のモンスターは動物系か植物系。戦闘する場合、少年にはきついと思う。仲間増やせなかったら隣町のベレリフタバンの闘技場で虫類をニ、三回狩らせてもらうといい。つーか案内人がそこに案内するはずなんだけどな、ベレリフは転移者のための町ってぐらい施設が充実してるし」
「そうなんだ。困ったら行ってみる」
「うん。こないだに続いて戦闘の話をしたけど、戦闘して他に役立つのはスキルポイント貰えるって程度だし、目的次第じゃルミェに住むのもいいかもな。そんじゃ、気を付けて」
俺がレヴララの元から少し離れると、エズメがレヴララの腕を掴み上げる。
「空でワイバーンの群れを倒したあの魔法、最上位の光魔法ですよね? どうしてあなたのような……睨み顔で言葉遣いもなっていない人が使えるのです」
「使えて悪いかよ」
「私のように、神に全てを捧げたものだけが光魔法を使えるはずなのです。あなたのような、達観しているだけのような無知な子供に、どうして!」
レヴララは黙ってエズメから顔を背けている。
エズメの取り乱している様子が、自分の親のように見えてくる。
「……それにレヴララ、あなたの噂は聞いています。転移者を容赦なく殺し回っていると。まさか、こんな子供だったなんて。そんなあなたがどうして、転移者を支援するのですか」
「ああ、初めの頃な。普通に旅して回ってたつもりなんだけど、しつこく邪魔する転移者が一人いてさ。警告しても聞かないから排除しただけだ。今やってるのはまあ、気分いい時の気まぐれみたいなモンだよ」
「つまらない言い訳ですね。どうせ我々を罠にはめ殺すつもりでしょう。あなたみたいな人は……そう、死んで詫びるべきです。さあ、自害なさい。それか私の光魔法で消えて無くなりなさい」
レヴララは首に掛けたロザリオを手に握る。
何でエズメは助けてもらっておいて、こんなに怒れるんだ? 自分の他に光魔法を使えるのがいて、それが……殺人鬼の噂がある人だから?
訳が分からない。
でも本当に殺人鬼なら、嫌悪する気持ちは分かる。
「……まあ、落ち着けよ。少年だってこういうエズメ見るのは嫌だろ?」
「まあ、うん」
エズメがハッとした様子でこっちを見て、レヴララに頭を下げる。
「す、すみません。普段はこんなこと、頭に浮かびさえしないのに」
「いいよ、言われ慣れてるし。そんなことより少年、傭兵が必要なら、とりあえず転移者案内所ってとこに行ってみるといいかもな。じゃ、またな」
レヴララは手で別れの合図をした後、俺たちと反対の方へと歩いていく。
全然余裕そうだけど、何だか心配だ。
知り合ったばかりの人から死ねだなんて言われるのは傷付く。
「私はなんてことを……。この町まで来られたのは、レヴララさんのおかげだというのに」
「謝って許してもらえてたし、いいんじゃないかな」
「その通りなのですが、何でしょう。この釈然としないような。私はどうして」
エズメはふらふらとベンチに座る。
「少し……考え事をさせてください。パーティーからも一旦外れます」
「分かった」
ホログラムのパーティーメンバー一覧から、エズメの名前が消える。
エズメは反省して落ち着こうとしてる。
それでも、こういう人見てると疲れるな。
自分からパーティーを抜けてくれたのは喜こばしい。
とにかく傭兵を探さないと。