Scene_106_ヘレストリカ
「ヘレストリカか。あの人のことこっちも気になってジャムルといる間に調べた。途中までは私と全く同じ境遇と考え方だったよ。嫌な兄がいて、それを揶揄うのが楽しかったんだ。お返しに何度も泣かされてたけど」
「へえ」
夜中に家でレヴララと通話する。
レアルの名前が出て知ってそうな気がしたので、危険人物かを聞いてみたが。
目立った悪行はないらしい。
エズメよりマシということだ。
「レヴララって昔はヘレストリカみたいな子だったの?」
「うん、だから気持ちは分かるんだけどな。ヘレストリカがやり過ぎなのは事実だ。ヘレストリカにも変わるきっかけと考える機会さえあればな」
「ふーん」
「ヘレストリカについてはそんなとこ。また何でも聞きなよ」
「分かった」
ほぼレヴララの個人的な話だった気がするけど、まあいいか。
誰かが応接室に来て鍵を掛ける音がする。
扉を開けて廊下を出ると、げっそりとした様子のリョウがソファで横になっていた。
「あの人自分勝手過ぎます……」
「何かあった?」
「三階の空き部屋をリカさんの部屋にしようと思い、指示してもらう形で作っていたのですが……やっぱやめてこれにするの繰り返しで。朝からご飯も食べに行けないままもうすぐ終わるからと引き止められ続け……たった今お漏らししそうと嘘をついて逃げてきました」
「そう……」
「ご飯食べてここで寝ます」
ドアをノックする音が響く。
「リョウ、ここにいるの?」
「ここ俺の部屋。リカ、もう夜の一時だよ」
「ええ、まだ部屋できてないんだけど。どこで寝ろって言うの?」
「野営でもしたら」
「冷た。同じ人間とは思えないわ」
「でも今までどうやって寝てたの? 野営じゃないの?」
「分かりましたー、野営しまーす」
なんかウザい言い方だ。
リカが階段をどしどし降りていく音がする。
「……可哀相かもしれませんが、あの人はこの世界から追放します」
「え。そんなことできるの?」
「シナリオ進行一番乗りの報酬でそういう武器をもらいました」
「でも自分の子供にそんなことするんだ」
「うう……やっぱりやめます」
でも辛そうだ。
リョウはカップ麺を作り始める。
こういう時父親っていうのはどうすべきなのだろうか。
とりあえずリョウを慰めるべきだろうか。
「少年さんの言った通りでしたね。こうなること……予測しておくべきでした」
「期待し過ぎてもロクなことないよ」
「そうですね」
「でもさ、リョウのそういうところ好きだよ」
リョウはポカンとする。
「どういうところですか?」
「ヘレストリカみたいなクズの世話をちゃんとやろうってところ」
「まあ……はい。……頂きます」
あまり嬉しくなさそうだ。
リョウはカップ麺をフォークで食べ始める。
「でもそういう呼び方は良くないと思いますよ。性格は最悪ですけど、パーティーから外されると泣くような方ですし。それに世の中色々な方がいます、リカさんの相手をするのは私たちの成長にも繋がるはずです」
「いやあ、人間関係は第一印象で決まるって言葉あるくらいだし。相手をよく理解しようとしない人と付き合っても無駄だと思うよ」
リョウは少し考えるかのように、しばらく噛んでから答える。
「そうかもしれませんが……。理解しようとするっていうのも難しいことですし……」
何だこの子。
無差別PvPに関してはあんなこと言ってたのに。
子供として拾ってきた自分の目利きを信じ込んでるのか?
「でもリョウも自分勝手なところあるよ。無差別PvPでは負けたくないとか言ってたし」
「……すみません、でも子供に関しては別です。愛情を持って接したい」
ああ、そういうことか。
寂しいっていうのは確かに本当だろう、俺といきなり付き合ってるし。
子供が欲しいと言ったのも割と本気で、目利き云々じゃない別の理由があるのかも。
でも……。
「愛情ねえ……」
「そうです。愛情を持って接すればリカさんの人付き合いの助けにもなれると思うんです」
リョウは顔を赤くしながらそう言い、カップ麺をすする。
「具体案はあるの?」
「ありますとも。それにしても付き合い出してから口悪くなってませんか?」
「思ったこと正直に言ってるだけだよ」
「それなら構いませんが……」
愛情か。
悪くはない気がするけど、詰めが甘い気もする。
ポーション買ってる人の時もそうだった、リョウは分かってないことを想像で決めつけてる。
それをリョウは自覚していない。
具体案があるならどこまでの想像で作った案なのか、突き詰めてやりたい。
でも今の反応、俺は言い過ぎてるのか?
相性が悪いのかもとか思われてないよな?
「……心掛けです。リカさんを喜ばせることを考えつつ接します。そうすれば、あの手の人は多少心を開いてくれるかと。今日みたく限度を超えない限りは仲良くしたいし。私が無理ってなった時は離れますけど」
「できるの? 今日みたいになってまたこの世界から消すとか言い出さない?」
「言い出さないと誓います」
「もし誓いを破った時は? どう反省するの?」
リョウは困ったようなジトっとした目でこちらをみる。
「少年さんにお任せします。私に不満があるならぶつけるなりして頂いて構いませんので」
「じゃあリョウを彼女じゃなくて奴隷にする。俺はハーレムパーティー作りたいし、リョウは無機質な性格だから、奴隷やった方が向いてるんじゃない?」
「酷い言いようですね。でも誓いを破らない間は私のこと彼女として扱ってほしいです」
リョウは照れもせずにそう言う。
「そういえばリョウって今いくつ?」
「十一歳」
「その見た目はアバターとして作ったやつ?」
「いえ、作るの面倒だったのでリアルのままです。あ、当時歯が抜けてるところはあったのでそこ生やしてはいます」
俺はリョウをじっくりと見る。
「何か年相応の考え方って気がしないんだけど」
「親が厳しいので」
アバターではないというのは嘘くさい。
こんな毛の色でしかも可愛いっていうのが現実にいるはずがない。
軽はずみで付き合い始めたのも中身がおっさんで、男心の方が分かるからだろう。
まあ現実での姿は前世みたいなものか?
リョウはカップ麺を食べ終わり、手を合わせる。
「ちなみに少年さんはおいくつです? アバターですか?」
「今十五。アバターは作る猶予さえなかったよ」
「四歳上でしたか……」
リョウはそう言った後、目を瞑って一瞬舟を漕ぐ。
眠そうだ。
「眠そうだけど、誓いのこと忘れても奴隷だからね」
「分かりました。……寝室借りてもいいですか? 私の部屋まだ作れてなくて」
「いいよ」
「では一緒に寝ますか」
俺はリョウと一緒に寝室に入り、リョウはベッドの隅に潜る。
俺はリョウの隣に入る。
……緊張する。
リョウがこちらを向いて頬を突いてくる。
「……おやすみなさい」
「ああ、うん。おやすみ」
おそらくリョウは誓いを破るだろう。
そうしたらベレリフで困ってる女の子を探して、力を見せつけてスゴイスゴイ言われたりチヤホヤされたりするんだ。
……少し暑くて落ち着かない。
リョウは隣で寝息を立てている。
俺は毛布を薄手のものに変える。
目が覚めるとリョウは隣にはいなかった。
三階の様子を見に行くと、変な煙が舞っていて丸ごと宝石の家具が置かれている、悪趣味な感じはするが綺麗な部屋になっていた。
「んー、まだ微妙だけどとりあえずこんな感じでいいかな」
「では朝ごはんの支度をしてきます」
「リョウ。ありがとね」
「はい」
リョウはリカに素気なく挨拶した後、おはようございますと言って俺の脇を通り過ぎる。
「おい少年くん、女子の部屋に勝手に上がり込むなんてどんだけ変態なの? 早く出ていってもらえる?」
「……はいはい」
イラつく。
これはリョウが俺の奴隷になるのは必然だろうな。
しばらく三人での生活が続く。
俺は時々エズメの様子を見に行き、リョウは家事をやったり短剣でダーツをしたりと家で過ごしている。
リョウはリカにスキルの使い方を教えるなどもしていたが、二人の様子を見に行くと、リカのちょっかいを回避し続けてリカが逆ギレして中断していた。
この繰り返しで、リカは未だにテストに合格せず、リョウのお金を借りて城下町で遊び回り続けている。
ある日ついに限界が来る。
その時怒ったのは、リョウではなく俺だった。