Scene_003_仲間
ようやくモートの町に着いた。
遺跡のような外観、ここにモンレアルたちの拠点がある。
背後に振り向くと、崖に埋まり込んだ小さな二階建ての小屋のようなものが見える。
指笛を吹き、フェムが着地する。
フェムの背からモンレアルが降り、小屋の扉を開けて中へと入っていく。
私もその後に続く。
「ただいま」
小屋の中には鍛え上げられた身体で、虎のような姿をした男が座っていた。
毛色は青緑に濃い茶色の斑で、緑色の瞳をしている。
名前はガレイ。
左足には包帯を巻いてる。
モンレアルが拐われた時に切断されてたけど、上手くくっ付いて順調に治っていってるらしい。
「おかえり」
「ガレイ。ルッセンたちは?」
「祭りの準備に出かけた」
「そうか」
モンレアルはローブを脱ぎ、こちらに渡す。
ローブの下のモンレアルの服はドレスのような見た目で、所々切り裂かれ、土や岩に擦ったような汚れがある。
身体に傷はなかったけど、見つけた時のモンレアルは酷く震えてた。
しっかりしてる子だし、その辺の心配は要らないと思うけど不安だ。
ローブを受け取ると、ローブは一瞬浮かび上がって消える。
フェムの元へ戻る。
モンレアルを拐った誘拐犯の見当は付いてる。
居所も特定した。
何で悪事を働くのか、話を聞いておきたい。
「もう行くのか?」
「ああ。モンレアル誘拐の件、早めに片付けときたいからな」
「なら俺も行く。この世界の腐敗した部分は俺たちの手で浄化する」
「いいけど怪我してるだろ。それに相手は悪どい連中だ。万が一に備えてここを守ってくれ」
狼男、ガレイは目を伏せる。
「そう言うと思ってな、スキルを取得しておいた」
ガレイが身体から蒸気のような煙を出し、周囲を隠す。
煙が晴れると、ガレイは二人になっていた。
「分身スキルだ」
ガレイはもう一人のガレイに、室内に飾られていた鎖帷子や鎧、籠手などを着せ、鉄鎚を背負わせる。
元の姿が分からないほどの重装備だ。
つい顔の力が緩み、驚いてしまう。
「……そんなスキルツリーの下の方にあるヤツ、よく取ったな」
「恩を返すためさ、おれらは皆レヴララに感謝しとる」
「分かったよ、連れてく。言っとくけど殺しは無しだ、自衛以外のために力は使わないこと」
鎧を着ていない方のガレイが、不思議そうにレヴララを見る。
「じゃあ何しに行くんだ? 生半可にやるとマジに報復されるぞ」
「説得する。まあ信じろって。ここにいる皆はそれで集まったようなもんだし」
「大丈夫かねえ。話の通じる相手だといいが」
「どうだかな。とりあえず準備は済んでるし、行こう」
フェムが鎧を着たガレイを乗せ、飛び立っていく。
ガレイは血の気が多いからあんまり連れて行きたくないけど、モンレアル誘拐で一番ショックを受けたのは身近にいたガレイだ。
行った先でやることに納得してくれてるといいけど、何らかの制裁を加えるつもりかも。
その時はガレイを止めないと。
モンレアルはいつの間にか服を着替え終わる。
使用人のような服装で、ヘッドドレスがよく似合っている。
「着替えるの早いな」
「えへへ。レヴララさんは? もう出て行ったんですか?」
「ああ、お前を拐ったヤツのとこへ行った」
モンレアルは悲哀に満ちた目をして、スカートを握りしめる。
「心配するな。無事に帰ってくるさ」
「……そうですよ」
ーーー月が雲を青黒く照らす薄明かりの中、レヴララとガレイの分身が、アムトドムラに入る。
丁度歩いていた商人に背後から近づき、振り返ったその襟首をガレイが掴み上げる。ーーー
「誘拐の首謀者はお前だな。来てもらうぞ」
「待て待て、手荒な真似はよせ」
ガレイは私の方を睨むと、商人から手を離す。
商人は私とガレイに対し笑みを浮かべる。
「これはこれは、転移者様御一行。怖い顔をして、何か御用ですか?」
「モンレアルという獣人の娘を拐わせたのはお前だろ」
「はて、何のことやら」
「ケッ。それと詐欺師の短期間の出没と失踪にも関与しているな」
息巻くガレイに対し商人は首を傾げる。
「代わって」
ガレイは渋々引き下がる。
私は書類を所持品から取り出し、商人に見せ付ける。
「これは交易隊から受け取ったものだ。君の各町での滞在日数、それと詐欺師たちの出没場所と失踪までの日数が同じ。さらにモンレアルの証言もある」
「やれやれ、警官の真似事とは暇な転移者ですな。私は交易を任されている身で家族もいるのです。誘拐しようなど、思い付きもしません」
「最後にもう一つ、君と詐欺師との会話の録音音声だ」
ホログラムを操作し、録音音声を再生する。
録音音声から商人と同じ声が聞こえ始める。
「どうだ? この街へ来て稼げたか?」
「いえ……。なぜか客は寄って来ず、留まる費用も底をつきました。雇ってくれる場所も見つからず、なぜか町の者たちからは詐欺師と呼ばれる始末……。もう数日は食べ物を口にしてません」
「それは残念。誰かから恨みを買ってしまったのかもな」
「そんな、私はただ他の町で働きたかっただけなのに」
「そうだな。最悪お前を奴隷として買ってもいい」
「……その時はお願いします」
「真面目な話、まずは稼ぎ方を変えてみるのはどうだ? お前ほど困っている人間がいるのだ、貴重品の一つくらい、頼めば譲って貰えるだろう」
「それも、そうかもしれませんね」
「宝石の入ったものでなら充分な額で売れるだろうな」
音声が途切れる。
「この後、男は旅行客から宝石飾りのペンダントを奪い取り、失踪した。データが見つかったのはモンレアルの拐われ先にあった焼却炉の中。地べたに焦げ付いた肉の下に隠れてた」
「……ハハハッ、そこまで調べておいてなぜ俺のところへ来た。殺されないとでも思ったか?」
「こっちは強いからな。それに悪事を働くってのには何か理由があるんだろ? 単刀直入に言って、それを聞きたいだけだ」
「はぁ?」
商人はきょとんとした顔で、こちらを見つめる。
見つめたまま、服の中に手を入れようとするが、男の手は透明な四角の何かに噛まれ、見えなくなる。
これはトゥアレスっていう付与魔法で、ガレイの合成スキルだ。
付与が成功したら相手は武器持てなくなるし、それなりに強いけど魔法や能力には意味がない。
「言えよ、理由」
ガレイが商人を睨むと、商人は一歩引き下がり、振り返って逃げ出そうとするが、何かにつまづいて転ぶ。
ガレイは商人の背中に座り込む。
「周りの奴らがボンクラなだけだ。俺は誰よりも成果を求め、金を求め、この地位に着いた。利用されるような弱い奴らに問題があるだろうがよ」
「レヴララ、殺していいよな?」
「ダメだ、それに理由を話してくれたからもういい」
ガレイは商人の背から降り、髪を掴んで立たせる。
商人はパニックになったかのように、息を荒げている。
「俺を殺せば、俺の奴隷たちは行き場を失い皆飢え死ぬ。それでいいのか!?」
「どうだかな。どちらかと言えばお前から解放される方が希望あるんじゃねえの」
「ガレイ」
「はいはい」
指笛を吹くと、フェムが近くに降りてくる。
ガレイが商人を離し、逃げようとする商人をフェムが真ん中の足で掴む。
フェムの背にガレイが乗り、フェムは飛び立つ。
「ひいいい! やめろ! 後悔することになるぞ!」
フェムの左足を掴む。
「別に落しゃしねえよ。話し易いとこへ連れてくだけさ」
商人の絶叫が空に飲み込まれる。
しばらくして、私たちは砂漠を抜けた先にある古城に着く。
入り口には鎧を着たまま切り刻まれた男の死体があり、その全てが目を閉じている。
死体には蠅などの虫が数匹群がり、近づくと羽音がする。
古城の崩れた天井から月明かりが差し込む。
死体だらけで生きている者の気配はないが、鎧を着た男がちらほらと数人ほど、座り込んだまま動かないでいる。
「お前……何で殺したんだ」
ガレイからの耳打ちに、私は耳打ちを返す。
「ある程度無力化した後に奴隷がさ。どっちかを殺すしかなかった」
「クソだな」
商人は振り返り、膝を地べたに付けてこちらを見る。
レヴララは黙って商人の前に座る。
ガレイが商人の後ろに立つ。
「なあ、モンレアル拐ってどうする気だったんだ?」
「犬小屋に鎖で繋ぎ、可愛がってやるつもりだった。それから……」
「分からないな。何でそんなことやろうと思えるのか」
そういった行為を耳にすることはあるが、理解できない。
でも、そうさせる何かが問題だと思う。
私やモンレアル、ガレイにあって、この商人にはない、もしくは私たちにはなくて、この商人にはある何か。
それを知り正せないと、殺しても他の誰かがやる。
同じことが起こり続ける。
「君の悪行って今は他人を貶めるモノだけど、最初はどうだったんだ?」
「最初から変わらない」
「そうか? 意地やプライドとか、自分が同じような目に遭ってきたとか根本的な理由が他にありそうだけど。まあ分からないならいいさ」
商人は私から目を逸らす。
「俺をどうするつもりだ」
「どうもしない。とにかく交易隊に戻れよ、悪事はなかったって言っておくから」
目を見開く商人に対し、私は少し悩む。
これが正解かは分からないけど、裁くのは違う気がする。
つい、自分の顎を人差し指と親指の先で触る。
「何をしたいんだか知らんが、俺は今まで通りやらせてもらう」
「いいんじゃない? それが君のやりたいことなら」
私はその場から立ち去る。
ガレイが後ろから付いてきて、古城の入り口まで戻る。
「レヴララ、お前アイツとの共犯者になる気か? こんなの……納得いかねえ。モンレアルがまた拐われた時助けられるのかよ、つーか恨まれて、今度はモンレアルが殺される可能性だってあるんだぞ」
「それを止められるだけの力はあるし、大丈夫だよ」
「ダメだ。お前が嫌なら俺がアイツを警察に突き出す」
私は立ち止まり、ガレイに詰め寄る。
「……何だよ」
「人間社会っていうのは、常識と善意と狂気で回ってる。ガレイのは常識と善意だけ。それだけだと、正しい方向には向かない」
「はあ? 何を言ってる。とにかく悪人は裁かれるべきだ」
「でも、裁く人もまた悪人になるだろ?」
ガレイは兜を掻く。
「そういうジレンマはいくらだってある、単純が過ぎるぞ」
「いいだろ別に」
「良くねえよ!」
ガレイは鉄槌を片手に持ち、こちらに振り下ろす。
避けてガレイから距離を取る。
鉄槌の振り下ろされた床には、凹みとヒビが入っている。
「どうしたよ、ガレイ」
「ここは俺に従え。従わないなら力でねじ伏せてやる」
「分身っつっても、ガレイとは戦いたくないんだけど」
「なら従え」
「……言い分は分かる、でもそれじゃダメなんだ」
右手の甲に緑の紋章が浮かび上がり、光り始める。
ガレイが鉄槌を振ると同時に、右腕を左腕で支えながら手の平を鉄槌に向けて突き出す。
武器を壊せば、戦意喪失してくれるだろう。
「オプティマ!」
そう叫ぶと、一瞬風が吹き抜け、ガレイの鉄槌は切り崩れていく。
別に構えたり何かを言ったりしなくても発動するけど、オプティマは余裕がある時ブラフのために言ってる技名だ。
ガレイは鉄の棒片を手放し、殴りかかる。
私が身構えると、脇から片手で私の首を掴んで喉に親指を押し付けてくる。
足が地から離れ、宙に浮く。
油断した、もう商人は逃げただろうか? ……いいや、ここは勝たなくちゃダメだ。
ガレイとの関係は悪化するかも知れないけど、私はこれをやり遂げ続けなきゃならない。
無意味な血が流れるだけになっても。
接点ができた以上は、あの商人をただの悪人とは思いたくない。
気絶してる暇はない。
「ガレイ……すまん」
小さな声で呟く。
手の甲が再び光る。
次にはガレイの身体はバラバラに切り崩れ、傷口から黒い煙を出して消えていく。
私は座り込む。
そして息を整え、フェムの背に乗りアムトドムラの方へ飛び立つ。
これで終わりじゃない。
商人に騙されたままの人がいたら、私のせいで死ぬことになるかも知れない。
そうなる前に手を打たないと。
商人からボイスメモが届く。
……内容は、エズメという人と商人の会話だ。
転移者から金を盗ませようとしていたらしい。
これから商人がどうするのか等の内容は一切なく、ただその情報だけが収められていた。
ーーー数時間後ーーー
モンレアルが部屋の掃除をしながら、呟くガレイを不思議そうに見つめる。
その様子にガレイが気付く。
「どうしたのですか?」
「レヴララのやつ、お前を拐った商人を見逃しやがった。このままじゃいずれ、アイツは共犯者として……」
ガレイはテーブルの上に置いた拳を震わせる。
「強いから大丈夫とか言って、アイツは何もかも1人で背負い込む気だ」
「……多分ですが、レヴララなら大丈夫です。辛いときは相談しに来てくれるので」
「いいや、俺はアイツを止めるために攻撃した。もうここへは来ないだろうよ」
モンレアルは悲しそうに俯く。
「来ますよ。友だちですから」
「もし来たらアイツの言ってた常識ってヤツを問いただしてやる」
「やめた方がいいと思います。レヴララを追い詰めるようなことするのはひどいです」
「モンレアルお前、レヴララからどんな相談受けてきた」
モンレアルは口元を引き締め、首を横に振る。
「秘密にする約束なので。それにレヴララに嫌な思いさせたくないのは、相談を受ける前から変わりませんから」
「そうか。……はぁ、俺はもう知らん。先輩のお前に任せる。この件に関してはもう口出ししねぇ」
ガレイは腕を組み、苛立ちとも悲しみとも表せない表情でテーブルを睨む。




