Scene_023_死の力
夕暮れ時、私とレアルは家に着くなり風呂に入る。
この部屋はそこそこ広いけど一人暮らしを想定してあるらしく、遠隔操作でエアコン付けたりお風呂のお湯を沸かしたりができる。
便利だ。
「レヴララ、長旅で疲れた? ちょっと眠そうだよ」
「……そうかもな。それにばあちゃんの顔見てなんか安心した、あと十年は生きてくれそうな気がする」
「和やかな人だったね。それにそういうとこ、レヴララと少し似てる気がしたよ」
「そうかな?」
少し恥ずかしい。
祖母のことはどちらかというと好きだし、悪い気はしない。
私とレアルは風呂から出る。
「……髪やったら寝る。おやすみ」
「うんうん、お疲れ様。私はちょっと起きてるね」
「夜更かしし過ぎないようにな」
私は三十分ほどパソコンで論文サイトの心理学論文に目を通し、調査方法が優位性を裏付けるに相当するものの論文タイトルを絞り、読んだ覚えのない参考文献のページがある場合はメモにコピペし、スマホの電子書籍から索引しておく。
髪を乾かした後、ベッドで書籍を読む。
これは祖父の家に居候する際の条件である。
ただし勉強しろとしか言われてなくて、このやり方は私のオリジナルだ。
勉強と言っても感覚としてはおしゃべりやチャットに近く、やってると多少気が紛れる。
今日は論文三つ分見てからスマホの電源を切り、布団を被る。
レアルにジャムルからの着信が入る。
レアルは急いで電話に出て、レヴララのところへ行くが寝ている姿を見て部屋を出る。
(レアル、そっちでの調子はどうだ?)
(あなたには色々聞きたいことが)
(なるほどな、レヴララはゲームを見つけて進めているのか。順調に未来経路の内容を避けているようだな)
「あ……あが……」
レアルは目を見開き、テーブルに涎を垂らし顔を伏せ込む。
(聞こえるか? モンレアル。下準備が終わるまで……違うな。役目が来るまでは好きに過ごすといい。さて、次にまた動けなくなるのも困るだろう。今だけ質問に答えてやろう)
(……何のためにレヴララを戻したのですか)
(あちらの世界をよりよくしたくてな。そのため、最高レベル到達者に俺の代わりをやってもらおうと前々から考えていた。しかし期間中に二人も出たものだから、二人の関係を加味しつつこの方法を採った)
(そこに私も含まれていると?)
(そうだ。二人ともまだまだ未熟ではあるが、こっちの世界を管理する素質は十分だ)
(それならそうと説明して頂いた方が、こちらは混乱せずに済んだのですが)
(そうか? 俺の立場を明確に示せない以上、十分に説明した場合反感を買うと考え説明を避けたのだが、不満だったか)
(それって私たちがやる前提ではありませんか。そんなものどのみち不満です)
ジャムルが笑う。
(まあ頑張ってくれ)
(待ってください、あと三つあります。なぜ私とレヴララにした説明が異なるのです。それに元の世界は今どうなっているのですか)
(ん、お前にした説明が本当だ。レヴララには嘘を付いた。それとこっちは少し騒がしくてな、お前とレヴララを消したと言われ俺が命を狙われている)
(最後に私たちの仲間のエズメやルッセンさんたちはどうなっていますか)
(パーティーは解散していた。ガレイという奴が俺を殺したがっていたが、返り討ちにしたぞ。悪いな)
モンレアルは固唾を飲む。
(レヴララになぜ嘘を付いたのか気になるか? まあ気にならずとも話しておこうか。どちらかを選ぶためのちょっとした試合の一つだ。すぐに戻ればレヴララが死にレアル、お前がレヴララの身体を使えた。まあそんな具合だ、ちなみに俺はお前が勝つと信じている。レヴララがダメな分、お前にはかなり有利な条件を組んであるからな。それと今のままゲームを続けるといい、続ければいいことが起きる)
(負けた方はどうなるんです)
(死ぬ。いいや、全てを失うと言った方が分かりやすいか?)
モンレアルは通話を切り、冷や汗を垂らす。
目が覚める。
レアルが隣にいない、もう起きているのだろうか。
「レアル。おはよう」
リビングに入る。
レアルは珍しく慌てた様子でこちらを見る。
「おはようござ……おはよう。レヴララ、少し話があるの」
「何?」
「さっき、ジャムルから連絡が入って」
……レアルから話を聞いた。
真偽を確かめる必要はないだろう。
私たちはジャムルの手中にいて、逃れる術はない。
「ごめん、私がジャムルさんの矢で射抜かれさえしなければこんなことには……ならなかったと思う」
「気にするなよ。別に今のままでいいってことだろ? 負けた方がどうなるのかは知らないけど、レアルは勝てば元の世界に戻れる。勝ってもジャムルみたく自由な時間多いだろうし、気楽に行こう」
「私は勝ちたくないよ」
レアルは顔を伏せる。
「でもさ、試験ってのが何なのか具体的じゃないし、気にしても不安になるだけだ。昨日みたくどこかへ遊びに行ったりして過ごしてた方がずっといいだろ」
「……そうだね」
私のスマホが鳴る。
着信音が懐かしい。
「……もしもし」
「レヴララ、レヴララなの?」
「そうだけど。母さん、久しぶり」
「そうね、それよりおばあちゃんがね、その……。明日来れるわよね?」
「昨日行ったばかりだけど」
「そうなの……」
少し気の抜けた暗い返事が返ってくる。
「急に亡くなったの、胃がんで。入院もなかったのに、こんな急に……。明日お通夜で、あなた喪服持ってないんだし早めに来て」
……やっぱりか。
記憶経路で見た情報から察しは付いていた。
でも、連絡の時間が少し早い。
レアルと一緒に会いに行って死亡日時がズレたのか?
「分かった。行く準備しとく」
「来る時、気を付けてね」
通話が切れる。
入院もなくがんで急死って、痛くて辛いことに耐えてたってことか?
私を見て、安心して気が抜けたのだろうか。
死因は初耳だけど、この世界に来てすぐ会いに行って入院を勧めれば……いいや、治療でもっと辛い思いをしていたか?
頭の中がぐるぐるする。
「レヴララ、大丈夫?」
「あ、ああ。私は全然。それより……いや、何でもない」
レアルは窓を開け、外の様子を眺める。
天気はよく晴れていて、入り込む風は涼しい。
「今日はレヴララのしたいことに付き合わせてよ」
「悪い、今日と明日はちょっと一人にさせてくれ。レアルは……ヨヨ塚さんのバイト先の面接受かったんだっけ?」
「うん。明日の夕方からバイトだよ」
「そうか。無理はするなよ」
私は寝室に戻る。
少しの間立ち尽くし、ベッドの中に潜る。
モンレアルがローストビーフやらを使ったフランス料理のフルコースを作り上げ、リビングの食卓に並べ一息つく。
そして寝室を眺め、少し顔を赤くしながらドアに耳を当てる。
ドアの向こうからは啜り泣く音が聞こえる。
モンレアルは少しの間ドアの前をうろうろした後、ソファに座って血瓶を握る。
レヴララが目元を腫れさせて寝室から出てくる。
「勉強してたの?」
「まあ、そんなとこ。……作ってくれてたんだ、ありがとう」
「フアガさんに教わった調理法で作ったから、おいしいよ」
「こっちの世界とその辺同じなのかな。……悪い、なんか小言っぽいな。頂きます」
「どうぞどうぞ」
食べてる最中になぜか涙がこぼれる。
「……レヴララ、大丈夫?」
「ああ。……さっきの電話でおばあちゃんが亡くなったって連絡来てさ、悲しいって気持ちはあまりなくて。……でも涙は出る。変な感じなんだ」
「レヴララ。……」
モンレアルは悲しそうに言った後、明るい口調になる。
「変な感じでもそれでいいよ、それが悲しいってことだと思う。感じ方が変わったからってそこに差なんてないんだって、レヴララを見てて思うんだ」
「……そうかもな」
そうは思えない。
私はきっと、自分を守るためにこうなってる。
レアルが許しても、死者が許しても、私は私を許せない。
……随分と変なことを考え続けそうになった。
許せないと言っても、具体的なことは何もしてない。
レアルの言うことに耳を傾ける方が、きっと他人のためになるし自分のためにもなると思う。
苦しめようにも、手足を自分で切るとか目を取るとかは、切れる切れないは置いといて結果不便になるぐらいのことにしか思えないし、嫌な実家で過ごすのも実際は甘やかされるだけで、将来性は薄くなるものの苦しいかどうかというと疑問だ。
自分を許せないというのは嘘かも知れない。
本当に許せないなら、こんなふうに考えず自殺を選ぶものだろう。
レアルが私にハンカチを手渡す。
私はハンカチで涙を拭く。




