Scene_022_家族
記憶経路。
それは未来の映像データだそうで、取得した人物のものを第三者の視点で閲覧できる。
最初に見たのはあの時ばら撒かれたアーカイブと同じものだ。
容姿があの時とはそう変わりなかったし、近いうちにここでもあれが起こるということになる。
知り合いでもないあの男とどうしてああなっていたのかは分からないが、ストーカー被害に遭ったことを考えると回避しておきたい。
他に見た内容については……あまり考えたくない。
しかし、解決しようにもできることは限られる。
身を隠すのを考えたけど、それができないタイミングもあるし、結局はレアル頼みになってしまうかも知れない。
最悪この世界で起きることは変えられなくてもいい、まずはあっちの世界に戻る手がかりを探らないと。
ゲーム内のモンスターを倒し、レベルが上がる。
未だにジャムルと接触できそうな気配はない。
レアルはダンジョンの床を見つめている。
「……今日はもう切り上げるか。レアル、出掛けたいところあったりする?」
レアルは笑顔でこちらを見て、なだらかに尻尾を振る。
「レヴララのお母さんの家!」
「それ、私の親の家ってこと?」
つい素で話す。
レアルはキョトンとしている。
「うん。ダメ?」
「別にいいけど。兄貴いたらごめんな」
うちの両親は離婚してる。
離婚と聞くとあまりいい印象は持たれないだろうし、父の方が浮気して別れたというのも世間から見れば良くはない理由だ。
でも、私たち兄弟姉妹はそこまで気にしていない。
私は母親の側に付いた。
帰る先は母の家で、父と母が一生にいた頃から居候していた祖母、弟、あと無職の兄がたまに来る。
弟とは一緒にいる時、それなりに話す。
兄とはお互いに口を聞いていない。
父の浮気相手はというと、私たち兄弟姉妹に対して優しい人だった。
でも私たちの母に対して、当然思うところはあるようだ。
私はというと、その気持ちは分かる方でなんなら嫌いだし、父の方にいるのは兄が住んでて嫌なので、祖父……と言っても血縁関係はない人のところへ偶然転がり込んだのを機に居候している。
父は外面を良くして生きてきただけの偏見の強い男で、兄の現状をよく思っていない上、まともな治療は障がい者として扱うことになる、として当てずに知り合いのやっているうさんくさい気功やら占いやらを試させ、兄から不信感を買っている。
母はというと、突き放して最後に甘やかす飴と鞭が逆な人で、そばに居ると何もしなくて済むが疲れる。
兄のことは嫌いだけど、この二人に流されてるだけなら現状は当然の産物だろう、少し気の毒だ。
二人とも親としてはそこまで間違ってはいないように思う。
十分に愛情を注ぎ育てて貰えたからこそ、私は自由でいられる。
それでも、私はこの二人が嫌で家を出た。
私は祖父と母に連絡し、レアルの耳と尾を隠し、レアルと一緒にお土産を買った後、新幹線やら電車に乗り、母の家に着く。
母は仕事中で不在らしく、丁度病院からの送迎で帰ってきた祖母が杖をつきながら歩き、私たち二人を出迎える。
「おかえり。あら? 友達も連れて来たんね?」
「うん」
「なら今日はご馳走ば作らなんね」
「私たちで作るからいいよ。お婆ちゃんは休んでて」
「そうね、ばあちゃんの飯はまずかもんね」
「いやおいしいよ。私がばあちゃんの料理残したことないじゃん」
「アハハ、そうなそうな」
母から祖母に連絡が来ていたようだ。
祖母の杖を持つ肘を支える。
「ありがとうね、麗」
「ばあちゃん、身体の方は良くなってきた?」
「麗がおらんくなってから悪か」
「冗談きついよ」
祖母は再び笑う。
祖母が家の鍵を開けて、戸を開く。
「二人とも上がらんね」
「ただいま」
「お邪魔します」
レアルははしゃぐかと思ってたけど、静かに微笑んでいる。
「なん、上品か子ね」
「この子、レアルって言うんだ」
「エアヌ? 珍しか名前ね」
「違うよ、レアル」
私は少しゆっくり離す。
祖母は分かっていない様子だ、もう少しゆっくり話すべきだったか。
「レアヌ?」
「近いしそれでいいよ。悪いなレアル」
「いえいえ、お構いなく」
「ばあちゃんはトイレ行ってくんね」
祖母はトイレへ向かう。
私はレアルをリビングに通し、テーブルにお土産の包みを置く。
祖母と一緒にテレビを見ていた時、食べたいと言っていたキャンディフラッペと、あっちで人気な団子の上にドライフルーツの粉で作ってあるクリームが乗ったものを持ってきてある。
「へえ。お爺さんの家とはまた違う感じ」
「和風ってやつだよ。それで、何でここに来たかったんだ?」
「レヴララの生い立ちを見たくて」
「ん、アルバムは捨てちゃったしな。何もないよ」
「いえいえ、和やかなお婆さまを見られて何だか……」
レアルはニコニコしている。
「どうだか。小学生の頃は随分甘やかされてて、祖母には強く当たってたし。出て行く前もさっきみたいな感じじゃなかったよ。もっと冷たく接してた」
「でもお婆さま、とても嬉しそうだったよ」
「まあ……そうだな」
リビングの奥の扉から寝癖の付いた男が出てくる。
「あ……麗の友達? ごゆっくり」
「はい、お邪魔させて頂きます」
兄は冷蔵庫を少し漁ると、トイレの前まで行った後部屋に戻る。
私はレアルに耳打ちする。
レアルはボイスチャットを使えるようで、そっちで返事をする。
(あんなのと話さなくていいよ)
(どうして?)
(アイツ、弱り切ってる祖母にネチネチしたこと言うし。色々してもらっといて、自分一人で家に住んでるって感じの態度取るんだよ)
(そうなんだ。でもそういうのには何か理由が)
(違う、悠々自適だよ。部屋で一人引きこもって笑い声上げるか、興味ある番組流れたらテレビ見に出てくるか。飯はろくなの作れないくせに文句ばかり。それを直接言ったら減らず口がとか言って、後から殴りそうになったとか、何言われたんだか忘れたとか言うんだ)
(……そっか)
(そりを合わせてもらわないと馴染めないようなヤツなんだよ)
(それはレヴララも同じ気がする)
(……そうだな、こう付け加えた方がいいか。アイツの場合は気を遣ってもらうのが当然だと思ってて、自分が相手を思いやる時は口だけだしそれは見下してるとも取れる風な内容だ)
(そっか。……レヴララが人の悪口を言うなんて珍しいね)
レアルは少し悲しそうな顔をしてる。
(悪い、兄貴だけはどうしても無理なんだ。もっと嫌なこともあってだな。昔喧嘩になって顔殴られて、こうしたら懲りてくれるだろうと思ってさ、倒れた後気絶したフリしてたら……。いや、これ以上話すのはやめとく)
私が耳打ちを止めると、飼っている猫が近くへ寄ってくる。
ダンスという名前で目の青い黒猫だ。
私には良く甘えてきてたけど、久々に会って覚えてくれてるらしい。
祖母がトイレから出て、兄がトイレへと向かう途中、よーし、と言ってダンスを持ち上げる。
ダンスはやめて欲しそうに鳴いている。
兄はダンスを降りられないような高いところに置き去りにする。
ダンスは少し気だるそうに下を眺め、降りると二階へ上がっていく。
「ちょっと猫の様子見てくる」
「私も行く」
私は二階へと向かう。
二階は空き部屋で、猫用の寝床を置いたり足場を作ったりしてある。
私が作ったものだ。
足場の方はあまり気に入って貰えていない。
ダンスは日の差す窓辺で座っている。
「ダンス」
私はダンスの頭をそっと撫でる。
ダンスは私の方を見て、窓辺から毛布の敷かれた椅子に飛び降り、私の顔に頬を擦り付けてくる。
「その子、モンスターですか?」
「ネコだよ、名前はダンス。してもらったことはできる範囲でやり返すっていう義理堅い性格……だと思う。リビングに戻ろうか」
私とレヴララは二階からリビングへ戻る。
ダンスは二階から私たちを見下ろす。
リビングでは祖母がソファに座り、テレビに片耳イヤホンを繋いでバラエティ番組を静かに見ている。
「ばあちゃん、これお土産」
「なんね、泊まりの荷物やなかと?」
「ばあちゃんが食べたいって言ったアイスと、あっちで人気のお菓子」
「ああー、ありがとうね。よか孫は持ったねー。ああ、袋はこげんかつたい」
「今食べる?」
「もらうわ。ありがとうね」
私は包装紙を剥がして発泡スチロールの箱を開ける。
味の種類は色々あるようだ。
五種類が三本ずつある。
「どれにする?」
「これにしよかな」
祖母は紫色のを取り、袋を外して口に運ぶ。
「高級かねえ、こげんか味つたい。麗も食べんね、レアヌちゃんも」
「では頂きます」
レアルは赤を取り、私は水色を取る。
兄が通りがかりに立ち止まる。
「恭もアイス食べんね。麗がお土産買って来たとよ」
「じゃあ何本か」
兄は七本テーブルに置き、五種類一本ずつ入った箱を部屋へ持っていく。
「ばあちゃんは満足したわ」
「じゃ、残り冷凍庫に入れとく。レアルは食べる?」
「んー、大丈夫。私も満足したし、お昼作らないと」
「そうだったな」
私はアイスを冷蔵庫の下段に入れる。
「イヤホン外していい?」
「よかけど、耳の遠かけんねー。まあ今はよかか」
ばあちゃんは兄の入っていった部屋の方を少し眺めた後、イヤホンジャックを外す。
テレビの音声はそれほどうるさくはない。
「ばあちゃん、身体は大丈夫なの?」
「おかしかね。もう死ぬかもしれん」
「……私の子供見たくないんだ」
祖母は笑う。
「彼氏はおっとね」
「いない」
「なん、急がんでよかよ。ゆっくりよか人は見つけんね」
「……分かった。とりあえずご飯作る、冷蔵庫の使っていい?」
「どれでん使ってよかよ」
「はーい」
冷蔵庫には割と色々ある。
生クリーム置いてあるの珍しいけど、使ってしまうか。
私とレアルはあり合わせでカレーを作り、片手間にケーキを焼いてバタークリームを塗る。
……私が食べたいものを作った。
レアルはなかなか手際が良かった、包丁捌きは特にいい。
さすが王子の世話付き兼侍女だ。
昼を食べ終わり、祖母がソファで横になり昼寝を始める。
「もう帰ろうか」
「そうだね」
兄の部屋へ向かおうとするレヴララの手を握る。
「待て、挨拶しなくていい」
「分かったよ」
家を出る。
ダンスが窓辺からこちらを眺めている。
あまり構ってやれなかったな。
……レアルの方は何だか満足そうだ。
溢れるような笑みを空に向けている。
レヴララの兄がアイスを食べながらノートパソコンを触り、VRゴーグルを付ける。
部屋の中には幾つかの段ボールが積まれている。
ゲーム世界の部屋で所持品や装備品の整理を始める。
鏡に映ったその姿は、レヴララのストーカーをしていたあの男と同じものだった。




