Sence_011_誘い
「これを以って、ジャムル杯を終了する」
ジャムルはそう言い、身体中に傷を負ったレヴララを抱えようとする。
その手をレアルが握り締めているようだ。
「レヴララを連れて行ってどうするつもりですか」
「何、治療してやろうというだけだ」
「信用できません」
「後悔することになるぞ」
何か話しているけど、会場がざわついてて聞こえない。
フリックを始め、ユーネイとルッセンが場内へと飛び込んでいくと、レヴララの身体から滲み出た黒い液体がジャムルの元へと戻り、咄嗟に姿を消す。
ユーネイとルッセンがレヴララに駆け寄って回復魔法をかけてる。
でも、レヴララが目を覚ます気配はない。
その体の周囲に血が滲むのが見え始める。
レアルがそっぽを向いて何かの魔法を使い始める。
フリックがレアルの腕を掴み、それを中断させる。
「レアル、追うな。アイツがダンジョンの奥地へ飛んでいたらどうしようもない」
「でも、今追わないと二度と会えない気が」
「レヴララはここにいる、追う必要はない」
「……そうですね」
見る見るうちにレヴララの傷は塞がるものの、目を覚まさない。
レアルの傍でフリックがホログラムを操作している。
「ジャムルに何度か通話を掛ける。こっちのことは俺がやっておくから、レアルはレヴララの側にいろ」
「……分かりました」
レアルがレヴララを背におぶり、会場から出て行く。
「えー、大変お待たせしました! これからイベント戦の実況をさ、せ……あれ? えー、現状を把握致しますので少々お待ちください」
俺はレアルたちの後を追う。
小屋の中へレアルたちが入るのが、遠くから見える。
勾配のある道を進み、俺も小屋の中に入ろうとする。
背後から、チョコミントみたいな柄の獣人がこちらを睨む。
「誰だ、お前」
「ええっと……」
黙っていると、レアルが間に割って入る。
「知り合いです。レヴララの様子を見に来てくれたのでしょう」
「ふん。どうせ大したことない傷なんだろ」
「それでフリック、連絡の方は」
「ダメだ。全く出る気配がない」
「レヴララはどこ?」
「二階です。私はエズメさんの様子を見てきます」
レアルが立ち去る。
フリックから二階までの案内を受け、部屋に入る。
部屋の中ではレヴララがベッドに横たわり、その横にはユーネイとルッセンが椅子に座っている。
ユーネイの方は鬱屈そうに頭を下げている。
「少年くん、来てくれたんだね」
「はい」
ルッセンが不器用に笑う。
少し気味が悪いな。
「普段なら重症でも回復直後に一度は目を覚ますんだけど、なかなか起きなくてね」
「そうですか」
「この子どうせ、目が覚めたら第一声でレアルの心配をするんだ。自分が何度こういう状況になっても自覚しない……。いつか本当に死んでしまう気がする」
「とにかく、生きてるみたいで良かったです」
何故か沈黙が流れる。
その中でレヴララの寝息が聞こえる。
「そうだ、フリックとレアルのパーティー加入の件だけど先延ばしにさせて貰えるかな? 何せ、レヴララがこういう状況だからね」
「いいですよ」
「ではボイスチャットの登録を済ませておこうか。この件が落ち着いたらまた連絡するよ」
「あの、俺にできることってありませんか?」
「気持ちだけ貰っておくよ。ありがとう」
必要ないってことか。
まあ俺は弱いし何かできるわけでもない。
仕方ないさ。
でももしレヴララみたいに俺が強かったなら、敬われたり、こうして仲間たちから心配されたり。
強くなれば色々変わっていくんだろうか。
「皆さん、少し相談があるのですが」
レアルが慌てた様子で部屋に入ってくる。
「少年くん、少し席を外してもらえるかな?」
「はい」
俺はしぶしぶ部屋を出て、ドアに耳をつけ聞き耳を立てる。
よくないことだけどこいつらのことが気になるんだ。
仕方ないじゃないか。
しかし、背後から来たチョコミントに押しのけられ扉が開く。
みんなからの目線が……少し気まずい。
俺はすぐにその場から立ち去り、何となく、外で寛いでいるフェムを眺める。
一瞬フェムと目が合う。
動物っていうのは気楽でいいよな。
フェムなんて、主人を乗せて飛ぶかこうしてるかなんだろうな。
ぼーっとしてると、シイリッヒがこちらへ駆け寄ってくる。
「少年くん、こんなところにいたか。とんでもないトラブルは起きてしまったが、せっかく来たんだ。祭りに戻ろう」
「うん」
「……で、肝心の話ってのは?」
ガレイが腕を組みながらレアルを見る。
「さっきジャムルさんから連絡がありまして。レヴララを目覚めさせたければ新規ダンジョンへ向かえ、と。いつ来ても構わない、とも言っていました」
「罠だろ。レヴララが負けたんなら俺たちに勝てる訳がない」
ユーネイはテーブルを見つめる。
「アタシも行かない方がいいと思う。アイツの狙い分かんないし、レアルを殺すのが本当の目的かも知れないし……他の案内人の対応を待つべきだよ。フリック。ちなみにジャムルにはレヴララやレアルを殺してメリットあるの?」
「……案内人は特殊な方法で攻撃することを条件に、攻撃を命中させた相手を思いのままにできる。存在を消し去ったり、運命を操ったり、未来へ吹き飛ばしたり多種多様だ。しかしそれ以前に、この件に他の案内人が干渉することはないだろう。現存メンバーでジャムルは最も上の立場だ、加えてメンバー全員はそれを必要悪と捉え変える気がない」
「なにそれ、めちゃくちゃじゃん」
「ちなみにジャムルの条件は交戦状態の相手との距離3mを五分間維持した後大弓で攻撃、だ。その間大弓以外での攻撃を行うと条件の経過がリセットされる」
フリックは淡々と話す。
それを少し不満そうな目でルッセンが見る。
「ボスで足止めしてそれをレアルに当てる気なのか?」
「知らん。ただ、アイツは自分で作った兵器や生物とお前さんたちを戦わせたがるところはあった」
モンレアルが不安そうに、レヴララの顔を見つめる。
「私は行きます。待っていても残されている時間は過ぎて行くだけです」
「俺も行く」
「俺も行くよ。でも準備はしっかりしておいた方がいいんじゃないかな? 誰か一人でもやられたら、レヴララも悲しむだろうからさ」
「アタシとガレイは反対。でもまあ、止めはしないわよ。レヴララが目を覚ましたら連絡するね」
「待て、俺は絶対に行かせん。レアル、お前の提案に他の二人は乗ったんだ。俺と戦ってお前が負けたら全員従え」
「レアルと戦うの? いいの? レアルを傷付けたりなんかしちゃって」
「戦えないヤツがゴチャゴチャ言うな」
ガレイとユーネイが睨み合う。
そこにレアルが割って入る。
「ガレイさん。私はこれでも戦える方ですし、どんな敵とも長期戦に耐えられるよう特訓していますから。心配しないでください」
「お前……お前が拐われてレヴララが助けに行った時、沢山の兵士を殺すことになったんだぞ!? そうなるって予測できずに自分で逃げ出さなかった阿呆なお前が本当に勝てるのか、じっくり考えてみろよ」
「すみません、でも」
「でもじゃねーよ。どうなるか分からないのか?」
レアルは俯く。
ユーネイがガレイに掴み掛かる。
「そもそもレアルの護衛はどうしたよ。ガレイの失敗でレアルは拐われたんだろうが」
「レアルが殺すなと命令したせいだ」
「トゥアレス何のために付けてんだよ、阿呆はお前だろ」
「……喧嘩はやめてください。レヴララの前です」
二人はレヴララの方を見る。
ガレイがユーネイの手を押し返し、そっぽを向く。
「ルッセンさん。私、準備を早めに済ませてすぐに向かうつもりです。エズメさんのこともありますから」
「そっか。とりあえず最低限のことはやっておこうか」
「私は王子への連絡と装備の準備が済んでいるので、先に行ける分だけ階層を潰しておきます。パーティー入っておいて下さい」
「ま、待った。そういうのは危険……」
レアルは小屋を飛び出す。
ルッセンが頭を抱える。
「焦る必要はないかも知れないが。俺も嫌な予感がする、早めに準備して向かうぞ」
「そうだね」
二人が装備等の支度を終え目的のダンジョンへ向かおうと小屋の外へと出たところ、ボロボロになったレヴララが横たわっていた。
ルッセンが慌ててレアルの肩を叩く。
「だ、大丈夫?」
「まあ……はい……。ダンジョンに行ってきたのですが敵が多過ぎまして、捌き切れずに囲まれていたところ、空からフェムが助けてくれました」
「それにしても早いね」
「ポータルを使いましたから。うう」
レアルは倒れたまま涙をこぼす。
「やっぱり、レヴララだけでもレベル上げ切って、行けそうな状態で攻略に行こう」
「この有様ならそれがいい。道中が余裕でもボスにやられる可能性は十分にあるのがダンジョンだ。ましてや最難関となればレベル300にしておくべきだろうな」
「それまでどれだけの時間がかかるのでしょうか」
「計算したら分かることだろう。早くて半年だ」