Scene_010_逆転移
祖父の顔がにんまりとした表情に変わる。
「レヴララ、今日はどうしたんだ」
「何何? レヴララちゃんがいるの?」
急いでドアの方へ行き、背で抑える。
祖父はキョトンとした顔でこちらを見ながら、たくさんのおやつと飲み物をテーブルに置く。
「悪いけど! お爺ちゃんとだけで話したいんだ。大事な話!」
「ええっ、じゃあ学食で少し暇潰そうか」
「そうだねー」
ゼミ生たちが立ち去っていく。
レアルは私の友だちってことにしておいてもいいんだけど、とにかく祖父には真実を伝えておきたい。
「お爺ちゃん、この子はモンレアルと言って別世界の住人なんだ」
レアルはこちらの様子を伺いながら帽子を脱ぐ。
「ほう。それで俺の帽子を」
「ん、驚かないんだ」
「ちょっといいか?」
祖父はレアルに近付き耳を触る。
レアルはくすぐったそうにしている。
「ふむ。他にそうと言える要素は?」
「……たった今、私とレアルはここに来たからレアルはこっちの世界のことを全く知らない。一緒に居ればそれが分かるはずだ」
「そうか。ふーむ」
祖父は向かいのソファに座る。
「お爺ちゃんには本当のこと言っておいた方がいいと思って。その、私だけの力じゃ隠し通せないだろうし」
「なぜ隠す必要があると思う?」
「それは、耳がこうなってて尻尾が生えてる人なんてこの世界にはレアル一人だけだろうし、レアルがこの世界にどのぐらい影響を与えるのかまだ分からないし、国から異世界人と認められてたとき、私たちと同じように人権を与えられるのかとか不安だし、何より不老不死なんだ。見つかったらどう扱われるか……」
「なるほどな。まあ、隠しておく方が無難だろう。ただしモンレアルちゃんが窮屈になるようなら、どうするかをまた考える必要はあるぞ」
レアルは不安そうにこちらを見る。
「私はレヴララと一緒にいたいです」
「そうかそうか。ハハ、同じ言語だな。わざわざ隠す必要もないんじゃないか?」
「こっちは分かってないことが多いんだ。あっちの世界では魔法やら何やら使えるけどここでは使えなさそうってことしか把握してない。他にも違いを知っておかないと」
「レヴララ、一度深呼吸したまえ」
私は一度深呼吸する。
少しだけ落ち着いたような気がする。
でも、これで解決する訳じゃない。
「まずはこの世界での常識を教えないとな。物を買うには通貨を使う、とかな」
「その辺はあっちも同じだから大丈夫だと思う。……」
「ならそこまで不安がる必要はないんじゃないか?」
「それは……そうかも」
「あとはまあ、モンレアルちゃんをワシの隠し子ってことにするか、レヴララの友だちってことにするかぐらいか。モンレアルちゃんは何かアイデアあるかね?」
レアルは深呼吸してから落ち着き払った様子で答える。
「あえて本当のことを言うのはどうでしょうか」
「ふーむ、ある程度の人間は信じないかも知れないな。しかし、君の安全が保障される訳でもないだろうしな」
「では……レヴララ、何かない? レヴララが決めたのにした方が過ごしやすい気がする」
私のことを信用してくれるのは嬉しいけど、今とんでもないことが起きてるという自覚がなさそうなのが不安だ。
私があっちに来たのと同じようなものと考えているような気がする……いちいち言及しても仕方ないし、それを口にはしないけど。
「レアルとは仲間や友だちっていうより第二の家族みたいな感じなんだよね。だから、お爺ちゃんの隠し子ってことで」
「改めてそう言われると」
レアルは照れを隠すかのように笑う。
「ではそういうことで。細かい所はなんとかしておく。帽子は俺のじゃなくて新品がそこにあるから、そいつを被りなさい」
「ありがとうございます」
「そんじゃ二人とも、俺の家を使いなさい」
「はいっ」
祖父は携帯を取り出し、どこかにかける。
「もしもし。ホノくん、孫を家まで送るから研究室で待つよう伝えておいてくれるか? ……なんでと言われてもな。ワガママの一つくらい聞いてやってもいいだろう? ……そうだな。じゃ、よろしく」
祖父について行き、車に乗る。
後ろにレアルと二人で座り、ホログラムを開く。
「お爺ちゃん、これ見える?」
「ん? 何も見えないが」
「ふーん。ありがとう」
一覧をもう一度確認し、所持品一覧などを見てみるもやはり黒いままだ。
今の私はどういう状況なのだろう。
あっちに帰る方法がないとレアルは困るよな。
「レヴララは今こういう……四角い映像の板のようなものを操作しているのです」
「ほおー。君も出せるのか?」
「いえ、私は出せません」
「そうかそうか」
祖父にこれは見えてないようだ。
色々と開いて確認すると、解説ページの一番下に帰還というのが追加されていた。
分かりづらいな。
でも、帰れたと仮定して時間はどうなる?
こっちの世界には影響なさそうだけど、原理が分からない以上無闇には使えない。
それにあっちでの私は死にかけてたような。
突然、ジャムルから通話が入る。
通話に出ると、うっすらとしたノイズと共に声が聞こえてくる。
「よお。どうだ? 記憶を保持したまま戻った感想は」
「何でレアルを巻き込んだ」
「彼女も勝者だからだ」
「……そう。それと帰還って何? リスクはあるのか?」
「文字通り君は先程の世界に戻る。リスクは何もない」
「信じていいんだな? 遥か未来になってたり、実は別の世界だったりしないな?」
ジャムルは何故か小さく笑う。
「ああ。君がこっちに来たのと同じタイミングに戻るし、行き来は無制限。因みにだが君はあっちでは死んでいないから、安心して戻るといい」
「……レアルは戻れるのか?」
「戻れる。君と別々のタイミングで戻ることはできないがな」
「その場合記憶はどうなる」
「消えたりはしない。これで説明は十分か?」
「……行き来に時間の概念はないってことでいいのか」
「そうだ。因みに死亡した場合は、両方の世界に影響が出る。ということはないから安心しろ。まあ都合のいい代物だから、深くは考えないことだな。この力、有効に使いたまえ」
通話が切れる。
いまいち、ジャムルの言葉は信用できない。
言い回しも何となく怪しい、まるでレアル死んでからこっちへ来たと言っている風だった。
「今の独り言は電話か」
「うん」
「ジャムルさん……でしたか?」
「うん。レアル、元の世界に戻れるらしい。ちょうどこっちに来たのと同じ時に戻るんだと。こっちで過ぎる時間の影響はなさそうだから、ゆっくり過ごしても大丈夫そうだ」
「なる……ほど」
レアルはあまり分かっていないような口ぶりで答える。
いいや、分かっていないというよりは私だけが分かるような情報だったのだろうか? それかあっちでの私の状態を心配して。
「悪いな、勝手に聞き進めて」
「そんな、戻れるか気になってたしありがたいよ。ジャムルさんの連絡だって急だったし」
……違う、心配してるなら私にかけた最初の一言で分かるはずだ。
私がこっちで寝ているのを確認した後だったから心配してなかった、とかか?
それとも単純に車酔いだろうか。
レアルが自分自身のことで憂いてるとは本人の性格的に思いづらいが、血瓶を首に下げているままというのもあるし、この世界でどう扱われるのかとか、さすがに気にしてるかも知れない。
レアルはこちらに向かって微笑むが、少し心配そうな様子に戻る。
祖父が咳でもしたかのような笑い声をあげる。
「別世界とやらでは随分と落ち着けていたようだな」
「……そんなに慌ててるように見える?」
「ああ。普段はぼんやりしている分余計にな。まあ何にせよ、またいい友だちが出来たようでよかった。そういえばレアルちゃん、車は初めてかい?」
「クルマ……今動いているこの椅子部屋のことですか」
「ああ。車には随分と戸惑っているように見えてな」
「……クルマもですが、何よりこの場所が不思議です。太い道の両脇に建物がいくつもあって、なにがなんだか」
「なあに、すぐに慣れるさ」
「はい」
レアルはなんだか素っ気ない返事をする。
混乱してる時はいつにも増して大人しいし、おおよそチンプンカンプンなのだろう。
「うちには有名映画がそれなりに揃っているし、見ればこの世界の文化やら分かっていいかもな」
「お爺ちゃんはお気に入りの映画を見たいだけでしょ」
「それもある」
「レアル、他に不安なことでもあるのか?」
「……ジャムルさんの言ったことに間違いはないけれど、あっちでレヴララは長く目を覚ましていない状態で。帰還した後またここに来られるかどうかわからないから、そこを確認した方がいい……だろうなって」
ホログラムからボイスチャットを選び、ジャムルに通話しようとするも字は薄黒くなっていて反応しない。
「こっちからは通話できないな」
「……それに私はここへ来る時、もう戻れないと言われました。レヴララが知ったら怒るだろうなって思ったけど、レヴララの未来を知ったら何もしないわけには行かなくて、その」
「そうか。うん……レアルが決めたことならいいんだ」
レアルは私がいるかも知れないという理由だけでこの世界に来てくれた、それは嬉しいことだ。
だけど帰れる可能性が僅かにでもあるなら帰してやりたい。
そのための情報をどうにか集めないと。
「着いたぞ。降りたまえ」
レアルがソワソワしながらドアの取手を掴んで押すと、車のドアがベコりと外れる。




