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ペンダント!~ツイてない私がとびきりの幸せをつかむまで~【電子書籍発売中】  作者: 守雨


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5 母が強かった

 礼拝堂が倒壊した日、いつものようにアリスとモーリスは長椅子に二人で並んで腰掛けていた。


 教会に来てみると椅子は全て礼拝堂の前に並べられている。青空礼拝らしい。


(良かった。手紙を書いた甲斐があった)と胸を撫で下ろした。アリスが書き上げた手紙はアランが雨の中を歩いて教会に行き、ドアにこっそり挟んでくれたのだ。


 説話が始まった。

 いつ何が起きるのかわからない。アリスの視線はずっと礼拝堂に釘付けだった。


 時間が経つに連れて「来るなら来い!」と言う気持ちになってくる。しかし礼拝は終わっても何も起きない。ホッとして献金箱の前に並び、列が進んで献金箱まであと少し、と言う時だった。


 突然司祭様が大声で皆に下がるようにと叫んだ。そのあとは木材の裂ける音、ガラスの割れる音、重い物が落ちて砕ける音、女性の悲鳴。辺りは騒然とした。


 (モーリスと一緒に逃げなきゃ!)と後ろを振り返ると、そこにいたはずのモーリスが既にいない。驚いたが自分もすぐに走って逃げた。


 逃げる途中で座り込んだまま腰が抜けているらしい老婦人を立ち上がらせ、抱きかかえて逃げた。振り返った時、飛んできた何かが頬をかすめたが構わず老婦人を抱えながら逃げる。礼拝堂から十分に距離をとってから辺りを見回すと父が母に覆いかぶさるようにして母を守っていた。


 良かった無事だ、と安心して婚約者を探すと、モーリスは教会の敷地と街路の境のところまで逃げていて、ポカンと口を開けて崩れた礼拝堂を眺めていた。


 アリスはモーリスに対して初めて嫌悪感を抱いた。こんな男に自分の人生を預けるのかという絶望も同時に味わった。モーリスはその時点でもまだ自分を探している様子がなかったのだ。


 老婦人は何度もアリスにお礼を述べ、頬に傷がついて血が滲んでいるのを見て「私がモタモタしていたせいであなたに怪我を負わせた」と傷をハンカチで押さえながらたいそう恐縮していた。「お礼をしたいからお名前を」と言われたが「お礼なんて大げさな」とアリスは笑って取り合わなかった。



「姉さん、良かった無事だったね」

 少ししてアランがやってきた。

「アラン、私なら大丈夫よ。それより見て。モーリスがあんなところにいるの。礼拝堂が崩れ始めた時は私の後ろに立っていたのに」


 アランはモーリスを見て顔を歪めた。

「なるほどね。何の取り柄も無い男だと思っていたけど、逃げ足だけは速かったわけだ」


 弟は相変わらず辛辣だったが今日ばかりはアリスも否定できなかった。老婦人と別れて両親のところに行き、馬車に乗って家に帰った。モーリスに声はかけなかった。



 その日の夕食時の話題はもちろん礼拝堂のことだったが、アリスはほとんど会話に加わらなかった。大好物の白身魚のムニエルは身がホクホクしていたし新鮮なバターがいい香りをさせていたが心は鬱々としている。付け合わせのニンジンのグラッセをちびちび食べながら考え込んでいた。


「アリス、どうした。ショックが大きすぎたのか?」

「いいえ」

「全然食べてないじゃないの。具合が悪いの?」


 父と母は心配そうに、弟は物言いたげにアリスを見ている。そっとナイフとフォークを置いて、アリスは父の方に体を向けた。


「礼拝堂が崩れた時、お父様はご自分の体でお母様を守ってましたね。そんなお父様を私は誇りに思いましたし、お母様を羨ましいと思いました」


 アランが気まずそうな顔になった。


「私の後ろに立っていたモーリスは、私を置いて自分だけ敷地の端まで逃げました。その後も私を案じて探すことはありませんでした。私、今日まではお父様とお母様が決めてくれたお相手と結婚することに何の疑問も持っていませんでしたけど……」


「待ちなさいアリス。私とシャルロットは婚約時代を含めたら二十年以上だよ。お前とモーリスはまだ一年じゃないか。同じ目線で比べたら彼が気の毒だ」


「あなた、こういうことに付き合った時間の長さは関係ないと思うわ」


 常日頃、夫に逆らうことなど一切無かった妻シャルロットの言葉に一番驚いたのは夫のディディエ伯爵だ。


「シャル、どうした」


「貴族ですもの、好き嫌いで結婚するんじゃないことくらいアリスだってわかってますよ。でもあなた、アリスはモーリスに守られることを前提に彼に嫁ぎ、彼の子を産み、彼の家を中から守るのです。なのに命の危険があった時にモーリスがアリスをほったらかして自分だけ逃げたのなら大変な問題です。この婚約は両家は平等な立場で成立してるはずよ?我が家が頭を下げて頼んだ話ではありません。あちらからの申し出なのに。アリスとモーリスの結婚は考え直しましょう」


「シャル、落ち着きなさい。何も一度の失敗でそこまで」


「お父様、一度ではないんです。何度も『あら?』と思うことはあったんです。私が野良犬に吠えられた時は私を置いて逃げましたし、往来の激しい道を横断するときも先に渡って早くおいでと言うだけでした。今までは小さなことだと気にしないようにしていましたけど、今日のことは多分一生忘れられません。私、モーリスと一生共に暮らすくらいならずっと独身でいいです。それが許されないなら修道院に入れてください」


「アリス、やめなさい」


「あなた、結婚させたあとで後悔しないと言い切れますの?あんな非常時に自分だけ逃げ出すような男に娘を託すほど、我が家は落ちぶれた家ですの?この子はまだ十五歳です。この先いくらでも他にふさわしい方が現れますよ」


 シャルロット夫人の声は大きくはなかったが、その気迫が食堂の空気を完全に支配していた。


 アリスは席を立ち、母の背中に抱きついて「ありがとうお母様」と感謝した。自分が言いたかったことを完璧に代弁してくれたのだ。自分ならここまできっちり言えなかった。


 ディディエ伯爵は眉根を寄せて考え込んでいたが、アランがそこにダメ押しをした。


「あんな男と結婚しても、姉さんの性格ではきっと上手くいきませんよ。姉さんは結婚は家のためと割り切って外で遊んで発散できるほど器用じゃありません。ある日突然限界が来て嫁ぎ先を飛び出すか、心を病んで離婚されるかです。手遅れになる前に婚約は解消すべきだと思います」



 三対一、いや、壁際で小さくうなずきながら控えているアメリとスーを加えたら五対一だった。

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