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35 コルマ王国へ

 アリスとレオンはコルマに向かう船に乗っている。

 シャンベル王国の王太子の代理なので近衛騎士団も一緒だ。


「この船、揺れませんね」

「ああ、快適だな」


 アリスはデッキに出てレオンと共に海原を眺めている。これから陰謀渦巻くコルマの王宮に向かっているのに落ち着いたものだ。むしろレオンのほうがピリピリしている。


 レオンは片時もアリスから離れない。

「自分が目を離しているときに海に落ちたら助けられないから」と言い張り、他の誰にも護衛を任せず付き添っている。


 近衛騎士団の仲間たちはそんなレオンに驚いていた。

 彼らの知っているレオンは沈着冷静だ。女性に言い寄られても失礼にならない程度に対応するものの深入りはしなかった。何人かと交際したことはあったらしいが、観劇したり夜会でダンスをしたりするぐらいがせいぜいだったはず。


「女が嫌いなのかと思ってたよ」

「俺も。それか、国内の貴族は眼中に無くて、いずれ他国の王女様と結婚するつもりの野心家かと思ってた」

「それがあんなに婚約者に惚れ込むなんて意外だよな」


 距離を置いて見張りに立っている同僚や部下たちは姿勢を正したまま口だけ動かして噂話をしていた。


 王家所有の船は乗るのも降りるのも厳しいチェックがある。害意ある者はまず侵入できないにも関わらず、レオンが婚約者の護衛に気を緩めないことが彼らには不思議だった。


 港を出てから一週間後。遠くにうっすらと陸地が見えた。コルマ王国である。

 シャンベル王国よりもだいぶ南に位置しているコルマは海の色が淡い。陸地に近づくにつれて海の色は絵の具のような明るい青に変わっていた。


 港には出迎えの一行が待っていた。

 レオンとアリスが挨拶をして用意された馬車に乗る。身の回りの世話をする使用人も王宮の人間の他に公爵家と伯爵家からも使用人がついて来ていた。その中にメイド服を着たひときわ小柄なリリーも紛れ込んでいた。


 リリーは

「下女としてお供させてください。私は身が軽く、何かあった時にはナイフで戦えます。アリス様のお役に立てます」

と訴えて同行したのである。


 

 コルマ王家の馬車で城に向かう道すがら、アリスは初めての異国の景色を窓から楽しんでいた。


 気候も宗教も違うこの国の王都は祭りかと思うほど陽気な雰囲気だ。南国らしく風通しの良さそうな服装の人々が大きな声で会話をし、笑顔で行き交っている。街中に露天商が多く、街路樹はピンクの小花をびっしりと咲かせている。


「異国情緒たっぷりだわ」


 ウキウキしているアリスに比べてレオンは仕事モードだ。間断なく窓の外に目をやり、不審者がいないか見張っている。


「レオン様、ペンダントにはまだ何も現れていませんから安心してください」

「そうか。いいかいアリス……」

「わかっております。勝手に一人で動かない。少しでも何かを感じたら報告する、ですよね」

「頼んだよ」


 この会話はすでに七、八回繰り返されている。これが親なら腹を立てる頃だが、婚約者に心配されるのはくすぐったく嬉しい。


 やがて一行は宮殿に到着した。

 城に欠かせない堀も無ければ石塀も無い。低い石垣はあるが濃い緑の芝生、豊かな植栽、あちこちに設置された池と細い水路。


「なんて美しい」


 アリスは思わずあんぐりと口を開けそうになるが、そこは気を張って堪えた。

 宮殿の正面に出迎えの人たちがたくさん立っていて、先頭にいる男性は宰相だと自己紹介してくれた。


「丁寧な出迎えと挨拶を感謝します。シャンベル王国より公爵家嫡男レオン・ド・ルシュールと婚約者のアリス・ド・ギデオン伯爵令嬢がお祝いに参上しました。国王陛下より書状を預かっております」


「ありがたく頂戴いたします。さあ、こちらへどうぞ」


 早速自分たちに割り当てられた部屋に案内される。

 来賓用のその部屋はいくつもドアがあり、広々した居間や水回りの部屋の他に続き部屋のアリスとレオンの寝室、そのまた奥には使用人用の部屋もある。


「なんだか申し訳ないような立派なお部屋ですね。他の国からは王族が参加されるのでしょうに」

「今の私達は王太子殿下の代理だからね。堂々としていればいい」


 夕食は肩のこらない形での晩餐会で、三人の王子様が主催者として参加されるとか。


(うわあ、生首王子も来るのね……自分の国だからそりゃ来るだろうけど)


 それだけは少々憂鬱だが、最高級のコルマ料理を味わえるのかと思うとアリスはワクワクが止められない。下女として来ているリリーにも何かしら美味しいものを食べさせてやりたい、などと考えていた。


「リリー、私はこれからこちらの宰相と話し合いがある。何があってもアリスから離れないように。それと、何かあったら一人で判断したり行動したりせず、必ず護衛の騎士に声をかけるように」


 レオンはそう言って忙しく部屋を出ていった。


 かしこまって聞いていたリリーはレオンの言葉通り、アリスから近い壁の前に立っていた。

 


 レオンは指示役の男が逮捕されてはいても、もう一人の女が捕まっていない以上、コルマの王宮に来たアリスとレオンは口封じのために狙われる可能性があると考えていた。自分はまだしもアリスは弱い。とにかく守らねばと必死だった。



 部屋に残ったアリスがお茶を飲んだり窓から景色を見たりしていると、

「シンディー様がいらっしゃいました」と護衛に声をかけられた。


 急いでドアまで歩いてアリス自らドアを開けようとして、素早く動いたリリーに止められた。


「私が開けます」

 

 リリーがドアを開けると、色鮮やかな花柄のドレスを着たシンディーが立っていた。


「シンディー!」

「アリス!」


 互いにギュッと抱き合って再会を喜び合っていると、シンディーの後ろから声がした。


「やあアリス。久しぶりだな」

「(なまく……じゃなくて!)アンドレアス王子殿下。お久しぶりでございます」


 生首王子はなぜかシンディーの背後に少し距離を置いて立っている。しかも見ようによってはアリスを怖がっているかのように微妙に斜めに構えて立っていた。


「アリス、元気そうではないか」



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