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34 用意周到

「クレイン第二王子殿下は、シンディー様に急ぎ帰国の途に着くようにとご希望です。実際に事件が起こされたとなれば、尚更でございます。シンディー様、どうか我々と共にご帰国下さいますよう、お願い申し上げます」


「それが一番いいでしょうね。わかりました。明日朝の出発でいいかしら」

「はっ。ではそのように手続をいたします」


 シンディーは悲しい笑顔でアリスを見た。


「そういうことなので、今夜限りね。寂しいわアリス」


 アリスはガバッとシンディーに抱きついて力の限り抱きしめた。


「悔しい。あなたの力になれないままお別れするのが悔しいわ」

「ううん。私の代わりをさせてしまって申し訳なかったわ。それに指示役は捕まったし」

「他の妻たちが関わってる証拠をつかめなかった」

「いいのよ。そんな証拠が出たら出たで、コルマはまたもめるわ」


 年齢がひとつしか違わないシンディーだったが、その思考はすでに王妃の視線だった。

 アリスはそんなシンディーを尊敬し、彼女のこの先の人生の無事を祈ることしかできなかった。


 翌朝一番の船でシンディーは帰国の途についた。

 公爵とアリスが見送りに行くと、港の船の上からシンディーが大きく手を振ってくれた。


 帰りの馬車でしょんぼりしているアリスを気遣って公爵がなにかと話しかけてくれて、アリスは自分が不安なく嫁げることの幸せを噛み締めた。


「アリスたちの結婚式もあと数ヶ月だ。ウエディングドレスはもう発注してあるが、アリスの部屋の内装は自分で決めるかい?それともこちらにお任せにするかい?」

「わたしが決めるなんて。そんな贅沢をしてもいいのですか?」

「もちろんだよ」


 公爵家に着くとたくさんの見本帳を手渡され、アリスは毎日それらと首っ引きで自分の部屋の内装と家具選びに時間を費やした。そうしていると命の危険にさらされながら新婚生活を送るであろうシンディーのことを考えずに済んだ。


 夜、レオンがギデオン家にやってきた。

 近衛騎士団の制服のままのレオンは相変わらず美しかった。

 アリスは何も言わずにレオンの胸に飛び込んで、しばらくレオンのいい香りを堪能していた。


「仕事帰りだから汗臭いだろう?」

「いいえ。何かコロンを付けてらっしゃいますよね?とてもいい匂いです」

「君と婚約をしてから、コロンを使うようになったんだ。いつアリスを抱きしめてもいいようにね」


 おや、そんな気遣いを?とアリスがレオンの顔を見上げると、レオンはフイッと顔を逸らせた。顔と首が赤い。


「私は幸せなんだって、心の底から思っています。こんな素敵な方が旦那様になるなんて」

「えーと、ありがとう、と言うべきかな」


 レオンは更に赤くなった。


「レオン様はさぞかしご令嬢たちに人気があったでしょうに。私、バチが当たるんじゃないかと心配になります」

「いや、今以上君に何か起きたら困るんだが」

「あっ、そうでしたね」

「そうだよ」


 そして二人で笑いだした。

 たいそう平和でたいそう幸せな夜だった。





 それからしばらくして。

 ルシュール公爵家とギデオン伯爵家にコルマ王国の国王から手紙が届いた。

 なんとコルマ王国第二王子クレイン殿下とシンディー侯爵令嬢の結婚式への招待状である。


 レオンは「なんでまた……」とげんなりした。

 他の人ならともかく、運命の女神に目をつけられているアリスを連れていけば、なにがしかの事件に巻き込まれるのは間違いない。その上アンドレアス王子の件もある。


 自分だけ参加して、アリスには留守番をしてもらおうと考えた。


(きっとアリスは参加すると言うだろうけど、今回ばかりは危なくてとても連れては行けない)


 どんなに粘られても自分の言う通りにしてもらおうと、レオンは出勤前に伯爵家に立ち寄った。

 出迎えてくれたアリスは明らかに寝不足で、目の下にクマができていた。


「昨夜は眠れなかったのかい?」


「ええ。招待状と一緒にシンディーのお父様からのお手紙も届いたんです。シンディーは結婚式に呼べる友人が少ないのと、母方の親族はお母様がコルマに嫁いでからは没交渉だそうで。ぜひ次期公爵夫人として娘の結婚式に参加してほしいって書いてありました」


 それを聞いて(あ、これはだめだ)とレオンは天を仰いだ。


 誰かのためとなるとアリスは燃える。レオンは今までそうなった時のアリスを止められたためしがない。


「でも今回は私、申し訳ないけど欠席させていただこうと思うんです。私が参加したらきっと何か起きてしまいますもの。私が参加しない方が彼女のためになると思うんです。私の不運のせいでシンディーの結婚式を台無しにしたくはないのです」


「そうか。それがいいよ。我が国からは王太子殿下がご出席なさる。それで十分だよ。いつかあちらの事情が落ち着いたら俺と一緒に旅行で行こう。その時までシンディーには待ってもらえばいいさ」


「はい。そうします。ペンダントには何も出ていませんけど用心するに越したことはありませんもの」




 レオンは安堵して心晴れ晴れと出勤した。

 出勤して王女殿下の護衛に向かうと、王宮の中が騒がしい。


「何かあったのか?」


 同僚に尋ねると「エルドレッド王太子殿下とビクトリアス王女殿下が二人揃って高熱を出した」とのこと。


「どうやら熱発疹に罹患した側仕えがいたらしいんだ。そこからお二人が感染したのだろうという話だよ」


 熱発疹は子供の頃ならほぼ命には関わらない病だが、大人になってから罹患すると重篤になりやすい流行病である。レオンは寒気のような嫌な予感がした。嫌な予感は国王陛下の呼び出しを受けてさらに強くなった。


 なんとも言えない不安を感じながら国王陛下の私室をノックした。





「レオン、コルマの第二王子の結婚式にアリス嬢と共に参加してくれんか。エルドレッドとビクトリアスは船旅も参列もとても無理だ。私が代わりにと思ったが、年を取ると二度目の感染があると言われてな。私と王妃は大事を取って離宮に移動して人と接触しないようにと医者に言われている。宰相も同じくだ」


「承知いたしました」


「順番で言うと次は公爵だが、弟も高齢だ。レオンもアリス嬢も子供の頃に熱発疹を経験していると聞いている。君たち二人で王弟代理の次期公爵夫妻として結婚式に参加してきてくれ。あちらに事情は説明する手紙を持たせよう」


「かしこまりました」


 陛下の私室を後にしながら、レオンは無意識にブルッと震えた。


「なるほど。運命の女神シルヴァーナは用意周到な性格であらせられるわけだ」



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