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3 礼拝堂

 神聖教。このシャンベル王国のほとんどの人がこの宗教の信者だ。


 神聖教は繁栄の女神ポスペリテを崇めている。ポスペリテは運命の女神シルヴァーナと秩序の女神コモンヌを従える中心的存在だ。


 アリスの家、ギルマン伯爵家も休息の日の朝は教会に行き、司祭様のお話を聞く。そして献金箱にそれぞれいくばくかのお金を入れて帰ってくる。


 明後日はその休息の日という夜。

 このところずっと水晶玉には何も現れなかった。ここ二週間長雨が続いていて出かけることもないから退屈で、最初こそ日に何十回も水晶玉を覗いていたけれど、さすがに今では夜寝る前に確認するだけだ。あまりにも何も見えないから(あれは私の幻想だったのかも)と自分の目を疑い始めていた。そんなある日。


「あっ」


 ブドウほどの大きさの水晶玉の中に、建物が現れていた。見覚えのある建物だ。


「これ、明後日行く礼拝堂じゃない?」


 じっくり見たが間違いない。各地に礼拝堂があり、似ている造りだがどこの礼拝堂も少しずつ違う。水晶玉の中に見えるのはギルマン家が毎週行くこの地区の礼拝堂だった。


「アラン!アラン!起きてる?」


 遅い時間だったがアランは起きていて、ドアを開けてくれた。アランはドアを開けるなり質問してきた。


「水晶玉に何か見えたの?」

「そ、そうなのよ。よくわかったわね」

「アリス姉さんのことならわかるさ」


 アランの部屋は書物だらけで壁という壁は書棚で埋まっている。そこにはアリスが一生読むことがないような難しそうな本がぎっしり並んでいる。

 アリスとアランは小さなテーブルを挟んで座り、アリスが水晶玉の中に明後日行く予定の礼拝堂が見えることを教えると、アランは唇に人差し指を当てて考え込んだ。考え込むときの弟の癖だ。


「これ、行くなってことよね?」

「そうだろうけどさ、姉さんはどうするつもり?」

「行かないわよ。仮病を使うわ」

「だと思った。それで、僕たち家族に牡蠣のときみたいに何かあるかもしれないってことは考えた?」

「あっ」

「それに家族だけじゃない。礼拝に参加するたくさんの人のことも考えなきゃいけないよ」

「そんな大規模なことじゃなくて私だけが蜂に刺されるとか、赤ん坊のアレを吐きかけられるとかかもしれないじゃない?」


 アランがプッと吹き出した。


「そう言えばそんなこともあったね。四人で行動していても、いつも姉さんだけが災難に遭うから『不運な人だなぁ』と小さい頃から同情していたよ」


 同情してくれたかしら?弟はいつも「面白いものを見た」って顔をしてた気がするのだけれど。


「さて、どうやって礼拝を中止させるか、だなあ」

「中止させるの?いくらなんでも大げさじゃない?」


 アランが青い目に憐れみを浮かべて出来の悪い子供を見るような目でこちらを見る。


「な、なによ?」

「これでもし礼拝堂で何か起きて死人が出たとするよ。姉さんの心は耐えられるの?自分があの時動いていればって、一生苦しむんじゃないの?そういう人でしょ?姉さんは」

「言われてみたら確かに一生後悔しそうな……」


 アランは頭が良すぎて苦手に思うこともあったけど、ペンダントのことがあってからは自分のことをよく理解してくれて心配してくれてることがわかった。今まで「頭はいいけど少し冷たくて可愛げがない子」なんて思っていたことを反省する。


「そうだ姉さん、司祭様にこのことを知らせよう。僕たちがなにか言っても大人たちは信じないだろうから、司祭様に働きかけて動いてもらおう」


「そんな。私の頭がおかしいと思われるじゃないの」


「いや、無記名で手紙を書くのさ。街で老婆に親切にして以来、自分に降りかかる災いを夢で見るようになった。そして毎週通うこの礼拝堂の夢を見た。それでいいと思う。宗教の指導者はその手の奇跡の話が大好きだから、きっと食いつく。自分のところの信者が奇跡を起こしたとなれば鼻も高いだろうし」


 アランが楽しそうだ。


「そんなこと書いたら私だってばれないかしら」

「礼拝堂の椅子は四人がけが四十脚。たいてい少し余るから参加者は百三十人前後。そのうち女性は半分強の七十数名くらいかな。まあ、手紙一通で探し出すのは無理だね。そうだ、中止じゃなくて礼拝を外で行ってもらえばいいよ。たまにやってるじゃない?青空礼拝。信者が建物の中に入らなければいい」


「そうね。そうよね。アラン、ありがとう。あなたが相談に乗ってくれなかったら一晩中悩んで眠れないところだったわ」


「いいんだ。毎日退屈しているからね。素晴らしい退屈しのぎだよ」


 退屈しのぎって。自分は本当に悩んでいるのに。この子やっぱり少しだけ性格が悪い気がする。そんなことを思いながら部屋を出ようとして立ち止まる。


「でも二週間も雨なのよ?青空礼拝は無理だわ」


「二週間も雨だからこそ、そろそろ止むと思うけどね。もし明後日も雨だったら、その時は仕方ないから当日の朝になんとかしよう。そっちは僕が考えておくさ」


「そう?助かるわ。ありがとう。じゃ、おやすみ」


 

 部屋に戻り安心してベッドに入った。

 自分の弟が優秀で助かったと思った。自分一人だったら当日まで途方に暮れるところだった。


 明後日はモーリスの一家も同じ礼拝堂に来るだろう。ときめきのない婚約者ではあるけれど、アリスはモーリスを大切に思っている。彼や彼の家族になにかあるのは絶対に嫌なので、弟に指摘されて自分以外の人の安全も守れるのは大賛成だ。


「考えてみたら私、ほんとうに思慮の浅い人間だわね。あの子が弟で本当によかった……じゃなくて!手紙を書かなきゃ!」


 アリスはベッドから出て、ウンウン言いつつ手紙を書いた。

 丁寧な文字で、信用してもらえるようにいつも司祭様のお話に感銘を受けていることも書き添えた。心正しき者が神の恩恵を受けるという最近の礼拝で聞いた話を織り込んだ。


 誤字脱字があってはいけないので間違えるたびに最初から書き直し、書き終わったのはかなり遅い時間だった。手紙にこんなに神経と体力を注いだのは生まれて初めてだったが、アリスは達成感に満たされて気持ちよく深い眠りに落ちた。

 


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