27 見込まれる
公爵家の夕食は若い女性が二人参加とのことで華やかな料理が並べられた。大きな魚の形に焼かれた鮭のパイ包み焼きを執事が手際良く切り分けて配ってくれる。
フワッと漂うバターとパイ生地の香りと魚の中に詰められた香草の香りが鼻をくすぐる。付け合わせのニンジンとインゲンのバター焼き、芋のピューレも甘く美味しい。
「料理長が張り切りました」
執事がそっと報告する。
「いつもは年寄り一人の食事だ。レオンは帰りが遅いか城に泊まり込むかで二人で食べることはほとんどない」
公爵様はご機嫌だ。公爵の好物だという深い赤色のスープはビーツだろうか。白い渦巻き状にクリームが加えられていて濃厚で滋味深い味わいだ。
「アリス、シンディーの母親は私の幼馴染みなんだ。コルマの貴族に嫁ぐと聞いた時はずいぶん驚いたものだよ」
「両親は父がこちらに留学しているときに知り合って、色々な問題を乗り越えて結婚したんです」
「まあ、そうでしたか」
「シャンベル王国の方はコルマと聞くと皆さん一夫多妻のことを心配なさいますが、父は妻を一人しか持たないと母に誓ったのです。私自身はコルマで育ちましたので、一夫多妻にさほど抵抗は無いのですけどね」
「シンディーは今回の旅行が終われば第二王子の第四夫人になるのだよ」
「そうなんです。殿下とは随分前に知り合いまして、お付き合いは長いのです。だから結婚式が楽しみです」
第四夫人になるのが楽しみとは、とアリスは返答に詰まる。自分は第二夫人となるのを避けるためにあんなに体を張ったのに。
「シンディーは出会った時期や家の格から言えば第二夫人になれたのだがね、シャンベル王国の血が半分入っているから。色々と妻たちの実家との関係に配慮して、第四夫人になるまで待っていたんだよ」
「妻となるのは最後ですけど、殿下には以前からとても大切にしていただいてますから不安はないんです」
朗らかに笑うシンディーを見て、(強い人だ)と感心する。第四夫人など、自分ならとても務まらない。
「君たち二人が共に金髪に青い瞳だからか、まるで姉妹のように見えるな。今夜は美しい娘を二人も持った気分で実に食事が美味い」
アリスも楽しかった。ひとつ年上のシンディーはさっぱりした気立ての良い人で、すぐにコルマに帰ってしまうのが残念だった。このまましばらくこの国にいてくれたら友人としてお付き合いできたのに、と思う。
(それにしてもなぜシンディーが水晶玉に現れたのかしら。そしてこれもレオン様に報告した方がいいのかしら)
迷ったが簡単な手紙を家に帰ってから書いて届けよう、と思った。レオンには「水晶玉は君の不運を知らせるのだから必ず婚約者の私にも知らせてほしい」と言われている。
婚約が認められてからは、アリスの外出には護衛が常に最少で二人、外出先によっては六人が付き添っている。
「護衛が多すぎるのでは?」と尋ねると、レオンは「これでも少ないくらいだ」と譲らないし、公爵家が付ける護衛についてギデオン伯爵家がどうこう言うわけにもいかない。
公爵様も「アリスは未来の公爵の母となる体だからね」とおっとり微笑んで譲らない。
公爵家での夕食以来、気が合うシンディーに誘われて連日外でお茶したりドレスを見に行ったりしているが、そんな時も必ず護衛は付けられている。今日もケーキが美味しい店で二人でお茶をしているのだが、店の外にも店の中にも護衛は立っていた。
「アリスは大変ね。こんな厳重な警護が一生続くの?私の父はそこそこ高位の貴族だけど、我が家はここまでじゃないわ」
「んー、でも私が結婚して長男を生んで、ある程度その子が大きくなったら警護も緩むんじゃない?」
「いったい何十年先よ!」
「きっとすぐよ。気にしなければいいのよ」
アリスはそういう性格なのだ。
「そうだわアリス、付き合ってほしいお店があるの」
「いいわよ、どこに行きたいの?」
「下着のお店。コルマではシャンべルのように洗練された下着が売ってないの。私、この国に滞在している間にたくさん買って持ち帰りたいのよ」
「ええ、付き合うわ」
出かける先は必ず事前に届けでるよう言われているが、シンディーの言う大人っぽい女性下着の専門店はすぐ近くだ。そのくらいなら良いだろうと思って警護の責任者に告げると渋い顔をされた。
「レオン様から予定にない行動は控えるように言われております」
「あら、歩いてもすぐのところなら、ここでケーキを食べながら長居するのと同じよ」
シンディーは粘ったが「明日にしてください」と警備隊長は譲らず、シンディーが可愛らしく頬を膨らませた。たまたまお茶のお代わりを運んできた女性店員が堪えきれずにクスッと笑うほど愛らしい表情だった。
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「レオン様、おそらくですが、これは来ます」
「来るか」
「ええ。なんとなく肌で感じると言うか、なんとも言えない不安感というか。下着店で何かが起きる気がしてなりません」
「いっそシンディー嬢の誘いを断ったらどうだ?」
それには答えずアリスが遠くを見る目になる。
「断れないのか?」
「レオン様、このペンダントを手にしてから、私に訪れる不運に変化が起きているのです。以前は全て私個人だけの不運だったのに、ペンダントを手にして以降は他の人々を巻き込む不運も混じるのです」
レオンの顔が心配で曇る。
「他の人の?」
「ええ。礼拝堂の時は私が動かなければたくさんの死傷者が出たでしょう。第三王子の時は私だけでなくレオン様や私の両親に苦しみが生まれました。そして今回、私がお誘いを断ればシンディー様に不運が訪れるような気がするのです」
「そうか……」
女性の護衛を付けることを条件に明日の外出を認めた帰り、レオンは馬車の窓から月を見上げてつぶやく。
「いつでも自分より他人の不運を心配する。アリスはそういうところを女神に見込まれたのか。いや、それとも何かを試されているのか」
他の男ならそんな女性からは身を引きたいと思うかもしれない。だがレオンは「ライバルが少なくなるからちょうどいいか」と思うことにした。




