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22 意地

「まだ陽は高い。このまま離宮に戻るのも業腹だな。アリス、どこか行きたい場所はあるか?」

「そうですね。広い浜辺などはいかがでしょう。そこなら見晴らしもよろしいですから、カラスが飛んできても武器が飛んできても護衛の皆様が守ってくださるでしょうし」

「そうだな。では浜辺を散歩しようではないか」



 二人を乗せた馬車の前後に両国の護衛たちが乗った馬車が各一台ずつ。合計三台の馬車が海辺を目指した。海までは半刻ほどの距離である。



「シャンベル王国の海は色が濃い。コルマの明るい海の色とは全然違う。魚の種類もちがうのだろうな」

「まあ、左様でございますか。わたくしはこの国の海しか知りませんので、コルマの海の色を確かめる日が楽しみでございます」


 二人は浜辺の波が来ない場所をサクリサクリと歩いた。やっとご機嫌を直したらしいアンドレアス王子がアリスに質問してくる。


「お前は第二夫人になったら何がしたい?伯爵家では叶わない贅沢も俺の妻なら好きなようにできるぞ」

「そうですねぇ。まずは第一夫人と仲良くなりたいです」


 アンドレアス王子が驚く。


「ほう。一夫多妻を毛嫌いするシャンベル王国の人間とは思えぬ言葉だな」

「一生を同じ屋根の下で共に暮らす方ですもの、仲良くしていきたいではありませんか」


 アンドレアス王子は前を向いたまま満足げに笑った。


「アリス、見直したぞ。俺はてっきり……」

「殿下!お逃げください!」


 慌てた護衛の声に前方を見ていたアンドレアス王子が何事かと辺りを素早く見回した。そしてそれに気がついた。


 沖の方から白波を立てて大きな波がこちらに向かって来た。「海の波は千回に一回大波が来る」というコルマの民のことわざを思い出す。逃げるぞ!とアリスに言おうとして斜め後ろを振り返った。すると既に彼女は猛烈な勢いで海を背にシャンベルの護衛たちと共に街道へと駆け上がって行くところだった。


「なっ!」


 王子も慌ててアリスの後を追う。早く、早く逃げなければ大波に絡め取られる。なぜアリスはあんなに遠くにいる?護衛の声より先に気づいたのか?


 息を切らし砂に足を取られながらアンドレアス王子が走る。しかし波は速く、軽鎧を着込んだ護衛たちとアンドレアスの上でドバアアアン!と崩れ落ちた。


 大量の海水に突き倒され、水の中を転がされ、引き戻されながらも全員が浅瀬で踏みとどまった。


「殿下はご無事だ。全員いるか?」

「人数確認しました!全員無事です!」


 塩水を飲み込み、ゲホゲホとむせている王子の背を従者がさすっている。


「ハァハァ、ハァハァ、おかしい。おかしいぞ。なんだこれは。なぜこんなに不運なことが続くのだ!」



 

 濡れ鼠のまま拳を握って怒るアンドレアスたちをアリスは街道の端から眺めていた。


「あらまぁ、大変。殿下がご無事で良かったわ。皆さんも軽鎧とは言え、防具を身につけて走るのは大変でしたね。ご無事で何よりです」


「いえ、アリス様が先に高波に気がつかれて走り出してくださったおかげです。ほんのわずか対応が遅れれば、我々も彼らのようになっていたでしょう」


「たまたまです。海を見たら高波が来ていたものですから。さあ、ここで見物をしていては殿下のご機嫌が悪くなりますので、参りましょう」


 シャンベル側の護衛を引き連れてアリスがアンドレアス王子の元に戻った。



「殿下、ご無事で何よりでした。あのまま巻き込まれて海に引き込まれてしまうのではと、わたくし、生きた心地がしませんでした」


「なぜだ?」

「はい?」

「なぜお前はあんなに早く逃げ出せたのだ?」

「私、駆け足が速いのです。貴族令嬢としては何の自慢にも……」

「違う!お前はまるで高波が来るのを知っていたかのように逃げたではないか」


 するとアリスはキョトンとした表情で王子を見つめた。


「嫌ですわ殿下。高波がいつ来るかなんてわたくしにわかるわけがないではありませんか。たまたま海の方を見たら高波が来ているのに気づいただけです。殿下を残して逃げてしまったことは大変恥じております。申し訳ございませんでした。わたくし、恐ろしくて恐ろしくて、つい」


「もういい!俺は帰る!」

「お召し物も濡れてしまいましたものね。そういたしましょう。殿下、風邪などお召しになりませぬよう。おだいじになさいませ。では、ご機嫌よう」


 アリスは優雅なカーテシーをするとシャンベルの騎士たちに囲まれて街道へと向かい、さっさと馬車に乗って去って行った。



 波打ち際に残されたコルマの者たちは呆然とそれを見送ったが、従者が眉間にシワを寄せてアンドレアスに話しかけた。


「殿下。おかしくはありませんか。あの令嬢と出かけるたびに何度もこのような」

「偶然に決まっている!あんな細っこい小娘がカラスや展示品、ましてや海を操れるわけがないではないか」

「それは……そうなのでございますが。明日は離宮から出ないほうが良いかもしれませんよ」


 アンドレアスはそれを聞いてカッとなった。


「シャンベルの者どもはコルマを見下しているのだぞ。そんなことをしたら『コルマの人間は文化が遅れている上に腰抜け揃い』と思うだろうが。意地でも出かけてやるわ!」


 そう言われては従者も護衛たちも口を出せずに黙り込むしかなかった。


 濡れた服を馬車で着替えたが、全身塩水でベタつく不快さにアンドレアスも護衛たちも沈んだまま離宮へと向かった。



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