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2 極小サイズの

「ねえ、さっきのお婆さんを見なかった?使用人用食堂から外に出たんだけど、いなくなってしまったのよ」


 使用人頭のスーに尋ねると「どのお婆さんでございましょう」と言う。


「さっき私が連れ帰ったお婆さんよ。スーが使用人用の食堂に案内した人」

「お嬢様はお一人でお帰りになって、わたくしが声をおかけしても何もおっしゃらずにそこにお座りになったではありませんか。なぜ使用人食堂に?とは思いましたけど」


 待って。じゃあ、老婆が使った食器を見せれば……。

 急いで食堂に戻ると、テーブルの上には何も無かった。使用人は誰もいなかったし誰かが片付ける時間なんてなかった。出迎えてくれた他のメイドを呼んで尋ねても全員が私は一人で帰宅したと言う。


「どういうこと……」

「お嬢様、どうなさいました?」

「ううん、なんでもない」


 混乱して自分の部屋に入り、ソファーに座った。恐ろしかったのだ。額に嫌な汗が浮かんでいるのに気付いてドレスの隠しポケットからハンカチを取り出そうとしたら、「それ」が指先に触れた。

 恐る恐るそれを引っ張り出すと、銀の鎖に水晶玉が付いたあのペンダントだった。ごくありふれた、祭りの夜店で売っているような。


「ひゃっ!」


 思わず二人がけソファーの座面にペンダントを放り出した。自分の頭がおかしくなったのだろうかと心臓が早鐘を打つ。確かに老婆を家に連れ帰って食べ物を出してもらった。白昼夢ならそれはそれで納得するしかないけれど、ここにこれがある。いったいどういうことだろうか。


「あれ?」


 体をペンダントから遠ざけるような不自然な姿勢でそれを眺めていたら、さっきは透き通っていたはずの水晶玉に何かが混じっているように見えた。


「んん?」


 指先でペンダントを摘み上げ、目の前に水晶玉をぶら下げると、玉の中に何かが入り込んでいるように見える。


「これは……」


 極小サイズの牡蠣だった。生牡蠣はアリスの大好物だ。自分の好物が見える魔法のペンダントだろうか。でも、そんな物を見せてくれなくても自分の好物は知っているわけで。


 しばらく見ていたが、小さく精巧に作られたような牡蠣はずっと水晶玉の中にちんまり収まっていた。これなら間違いなく他の人にも見えるだろうと、侍女のアメリを呼んだ。



「お嬢様どうなさいましたか」

「ねえ、この水晶玉を見てくれる?中に何が見える?」


 アメリはしげしげと水晶玉を見つめたが、困った顔をしている。


「中に混じり物などは見えませんが。透明な普通の水晶玉のように見えます」

「そう……。わかったわ。ありがとう」

「お嬢様、先ほどモーリス様の使いがお手紙を運んで来ました。こちらです」

「ありがとう。下がっていいわ」


 モーリスの封筒を開けて中を読む。なんとなく中身が想像できた。読むと予想した通りだった。レストランを出た後、私が一人で辻馬車に乗って帰ってしまったことを心配している、と言う内容だった。

「僕は君を怒らせたの?何かした?」と。


 急いで机に向かい、返事を書いた。

「急に具合が悪くなったの。あなたに醜態を晒したくなかったから、慌てて帰ったの。ごめんなさい。あなたを怒るなんて、とんでもないわ。怒らないで欲しいのは私の方よ。愛してるわ。アリスより」


 別に愛してはいないけれど、婚約者にはこう書くのがマナーだろう。





 夜、心配そうなアメリに呼ばれて夕食の席に着いた。


「今日はいい牡蠣が入ったそうよ」


 牡蠣が大好きな母がウキウキしている。いつもならアリスは真っ先に食べるのだが、ペンダントに入っていた牡蠣が気になって手が出なかった。「私に訪れる不運を知らせる」ペンダントが見せた牡蠣を思い出したのだ。


「おや、アリスは牡蠣を食べないのかい?新鮮だから安心だよ」

「そうよ。身が太っていてとっても美味しいわよ」


 父と母が私に生牡蠣を勧めるが、どうにも食欲が湧かなかった。そんな私を弟のアランが怪訝そうな顔で見ている。


「今日、お昼に食べすぎちゃったみたい」

「モーリスとお出かけだったわね。あのレストラン、そんなに美味しかったのかしら?」

「ええ。とっても」

「良かったわね」




 ペンダントが見せた物の意味は夜半にわかった。

 自分以外の家族三人が全員食あたりに苦しんだのだ。特に父と母は酷い状態で、夜中に医者が呼ばれた。弟のアランは比較的症状が軽かった。


 翌日の朝には皆の症状が落ち着いたらしく、廊下を早足に歩いていたアメリを呼び止めて尋ねると「もう大丈夫です」と。


 ホッとして再びベッドに入り、サイドテーブルの上に置いておいたペンダントを手にとって眺めた。中に入っていたミニチュアの牡蠣はきれいさっぱり消えていた。思わず起き上がり、しげしげと見る。何度見ても牡蠣は見えなかった。


「つまり、これは、本当に私の不運を知らせてくれるってこと?」


 そんな魔法みたいなことが自分の身に起きるとは。このペンダントが私の不運を教えてくれるのなら、こんなありがたいことはない。


 こんなことならあの時自分以外の家族に牡蠣を食べないよう注意すれば良かったが、あの時はペンダントの見せる物の意味がわからなかったのだから仕方がない。

 しかし今後はどうしたらいいのか。他の人には見えない老婆を助けたお礼に貰ったペンダントに、私だけに見える警告が現れると言ったら、直ちに病人扱いされるだろう。


「じゃあ、いったいどうすれば良いのかしら」


 思わず声に出してそう言った時にドアがノックされた。


「はい?」

「アリス姉さん、いい?」

「あら、アラン。起きてるわ。どうぞ」


 アランは少し青い顔をしていたけれど、しっかり歩けているようだ。

 アランにソファーを勧め、自分も向かい側に座った。


「姉さん、昨日何かあったの?モーリスと喧嘩でもした?姉さんが牡蠣を食べないなんて初めてだから心配したよ」

「喧嘩はしていないわ。ただ、ちょっと不思議なことがあって、混乱しているの」

「不思議なこと?」


 どこまで話せるだろう。アランはとても聡明な子だ。十三歳だけれど、本来ならずっと先に学ぶ予定の勉強まで終わらせているのだと家庭教師の先生が嬉しそうに話してくれたことがある。


「あなたから見て私はどう見える?頭がおかしいように見えるかしら」


 アランは表情を変えずに答えた。


「お人好しで美味しいものに目がない。親の言いなりで不満があっても我慢する優等生。これと言った人生の目的もない人。でも頭はおかしくはないと思うけどね」


「なっ!あなた私のことそんな風に見てたの?」


「違う?いつだって親の価値基準で行動してるじゃない。でも、困っている人を助けずにはいられない優しい人だ。僕はそんなアリス姉さんが結構好きだよ。だから心配してこうやって明け方に来てやったんじゃないか」


「あなたってほんとに憎らしい子ね。でも、昔から私の一番の味方だわ。あのね、私の話を聞いてほしいの。その上で診察を受けるべきかどうか判断してくれる?」


 アリスはそれから昨日の出来事をなるべく正確にアランに話した。アランは口を挟まずに最後まで黙って聞いてくれた。


「面白い。実に面白いよ姉さん」

「面白い?不気味じゃなくて?」

「そのペンダントは姉さんにとってとてつもなく価値がある。今度何かが見えたら必ず僕に教えてよ」

「あなた、私の話を信じるの?作り話だとは思わないの?」


 アランはクスリと笑うとこう言い放った。


「そんな筋書き、姉さんには絶対に考えつかない。だから信じるよ」

「もう、ほんとに嫌な子ね!」

「それにしても、その老婆は何者だったんだろうね」

「女神シルヴァーナのことにやたらと詳しかったけれど、正体は想像もつかないわ」

「ふむ。実に興味深い。一生分の研究材料を手に入れた気分だよ」


 アランはご機嫌だった。


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