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19/42

19 跡

「王女が踊っている間だけはここにいる。困ったら左耳を触るんだよ?覚えてる?」

「覚えています。心強いです」

「そうか。どこか部屋で話をしようと言われても、絶対に休憩室に入ってはいけないよ?」

「休憩室、ですか?」

「そうだ。中で何をされても外の人間にはわからないし、何もなくても長く休憩室にいれば悪い噂を流す貴族もいる」

「では、何のために休憩室は用意されているんですか?」

「両者合意の上で利用する人がいるからだよ」


 そこまで言われてやっと理解した。

 顔と耳が熱い。自分はきっと、みっともなく赤くなっているだろう。


「君のような人を騙して休憩室に連れ込むことなど、慣れている人間には簡単なことなんだ。何があっても誰であっても一緒に部屋に入ってはいけないよ」

「わかりました」



 夜会はそんなに恐ろしいものだったのか。



 やがてアンドレアス王子とビクトリアス王女のダンスが終わった。周囲の貴族たちが皆笑顔で拍手をしている。ダンスは素晴らしかった。いつか自分もあんなふうに華麗にダンスができるようになりたいと思う。


「レオン、お待たせ」

「おかえりなさいませ王女殿下」


 ビクトリアス王女様がレオンからこちらに視線を移してなにやら楽しげなお顔になった。


「あなたお名前は?」

「アリス・ド・ギデオンでございます殿下」

「あなたはレオンと親しいのかしら?」


 なんと答えてよいのかわからず口ごもっていると、レオンがしゃらっと「これから親しくなるつもりです」と答えた。


「あらあら。従兄弟殿はやっと遅い春が来たのね」

「そんなところです」

「アリス。この男は気の利いた口説き文句も言えないし洒落た贈り物もできないだろうけど、真っ直ぐで気立てのいい男よ。私の従兄弟殿をよろしくね」

「は、はいっ」

「では失礼するわ」


 クスクス笑っている王女殿下と渋いお顔のレオン様が私から離れた。王女殿下は今度は年配の白髪の男性と踊り始めた。レオン様はそこから一番近い壁際で王女殿下の方を見ている。


「なるほど。そんなに若いのに商売をこなすだけじゃなく公爵家の男とも親しいのか。人は見かけによらないものだね」


 声はもちろん生首王子だ。嫌な言い方をするわこの人、と顔はにっこりしながら目で睨む、という私にとっては高度な技を繰り出そうとしたけど、失敗して睨んだだけになったような気がする。


「お褒めに預かり光栄でございます」

「ハッハッハ。大人しい子ウサギかと思ったら牙もある。なかなか面白いな」


 感じの悪い生首め、と心で罵る。


「どうだもう一曲」

「大変申し訳ございません。このようなドレスは不慣れなので、もう踊るのは無理なようでございます。どうぞお許しくださいませ」

「それは残念だ。どれ、ドレスが苦しいならすこし部屋で休むといい」


 アンドレアス王子が私の腕を掴んだ。


『やめてください』

 顔は笑顔のままコルマ語で囁いた。

『他の人を誘ってください』


 するとアンドレアス王子もコルマ語で返して来る。

『主賓の申し出を断るとは無礼な女だ。コルマであれば手足を縛り上げて鞭で打つべき無礼さだ』


 笑顔で囁き返された。


 なるほどね。生首が水晶玉に浮かぶはずだわ。この人、十六年間に出会った中で最低の人間だ。


『まだ誰のものにもなっていないのだろう?生意気なところが気に入った。国に連れて帰ろう。飽きるまではそばに置いてやる』


 足を踏ん張り、腕を振り払おうとした。相手は軽く掴んでいるようなのに、腕が痛いし手を振りほどけない。


 耳を触る?

 いや、もう少し頑張ろう。レオン様はお仕事中だ。レオン様に迷惑をかけるのも、私のせいで騒ぎになるのも嫌だ。


「離してください。失礼だわ」

「はっ!やはりこの国の貴族だな。コルマを馬鹿にしているのだろう?」

「してません。殿下が失礼な事をなさっていると言っているのです」


「どうかなさいましたか?」


 割って入ってきたのはレオン様だった。


「どうもしないさ。この娘が気に入ったから我が国に連れて帰ろうと声をかけただけだ。あなたには関係がない。ほうっておいてもらおうか」


「関係はございます。わたくしの婚約者になる令嬢ですので」


 周囲で見てみぬふりをしながら聞き耳を立てていた参加者たちがザワッとした。婚約者って聞いたら驚きますよね。そうですよね。自分も驚きましたから。


「そうか。そなたの女だったか。それではここは引き下がろう」


 アンドレアス王子はそう言ってやっと手を離した。掴まれた箇所をゴシゴシと拭きたい。


「アリス、もう十分頑張った。帰りなさい。使用人を呼んであげよう」

「はい。もう帰ります。ありがとうございます」


 私は無事に馬車に乗り、家に戻った。生首王子に掴まれた腕にくっきりと指の跡が青く付いていた。


「馬鹿力の生首め!」

「ひぃっ!なんでございますか?生首?」


 アメリにドレスの背中ボタンを外してもらいながら思わずあいつを罵ったら怖がられた。ごめんね、と心で謝るアリスである。

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