17 その男性は
アランに極小の男性の頭部が現れたと相談したが、
「王太子殿下からの招待状と関係してるとしか思えない。てことは僕の手に余る案件だよ。姉さん、ルシュール卿に頼ろう」
とさすがにお手上げだった。
「そ、そうなんだけど、お忙しいのにご迷惑じゃない?」
「好意を持ってる女性の頼みだもの、迷惑とは思わないよ」
そう言われてもまだアリスが迷っていると、アランが眉根を寄せてこちらを見る。
「姉さん、好意を持っている女性に何も相談されなかったと知ったらルシュール卿はどう思うだろう。僕にだってわかるよそんなこと」
先日のお出かけの際に「愛しく思う」と言われた言葉を思い出す。
「好意……。そうよね、私にお気持ちが無かったらあんなにお誘いくださらないものね。でもお忙しいのはわかってるのに」
「大丈夫。早く手紙で知らせたほうがいいよ」
「……ええ、そうするわ。ねぇアラン、私、女神シルヴァーナの気まぐれからほんとに逃げることができてると思う?この水晶玉を手に入れてから、なんだか不運の規模が大きくなっているように思えるんだけど、気のせいかしら」
「えーと、姉さん、それについての意見は控えさせてもらうよ」
気の毒な人を見る目で自分を見るのはやめてほしい。
アリスは手紙を書いた。
最初は季節の挨拶から書いたが、「忙しい方にこんなの不要だわ!」と便箋を丸めて捨て、簡潔に書き直した。
自分の店にコルマ人の団体予約が入ったら水晶玉に店が現れたこと。
その中でも一番裕福そうな男性が店のオーナーに会いたいと言ったこと。
王太子殿下から夜会の招待状を送られたこと。
黒髪、黒目、眉の太い、意志の強そうな男性の頭部が水晶玉に現れたこと。
「以上、取り急ぎご連絡いたします。お忙しい時に申し訳ございません。アリスより」
手紙は使用人が届けに行った。やがて使用人は短い返事を携えて帰ってきた。
「遅くなるが今夜訪問したい。レオン」
「それでアリス、お前とルシュール卿はお付き合いをしているのかい?」
「さあ」
「さあってお前、何度もこうしてお会いすると言うことは、それなりにお付き合いしているんじゃないのかい?」
「だってお父様、正式になにか言われたわけでもないのに、私が勝手に何か言えるわけがないではありませんか。そもそもありえますかしらね。我が家と公爵家が釣り合うとも思えませんし、私のような小娘を選ぶとも思えないんですけどね……。とにかく、今夜遅くにレオン様がいらっしゃることだけはご了承ください」
「あ、ああ。わかったよ。何かそのようなお話があったら今度こそちゃんと報告するんだよ!」
「はい」
レオンは夕食も終わり皆がソワソワするのにも疲れた遅い時間に馬でやって来た。
「こんばんは。いらっしゃいませ!」
「やあ、久しぶりだね。こんな時間で済まない」
時間がないと言うので応接室には二人だけで父親の挨拶は省いてもらう。
「早速なんだが、夜会の君への招待は主賓客のご指名だった。アヴィッドのオーナーが君であることを調べたらしい」
「いったいどなたなんでしょう?」
「コルマ王国の第三王子のアンドレアス殿下だ。君の水晶玉に現れた人物の人相も一致する」
「お、王子様ですか?」
「ああ。念のため水晶玉を僕にも見せてくれるかい?」
レオンは差し出された水晶玉をじっくり見るが
「ダメだな。私には何も見えない。やはり君にだけ見えるようだ」
とペンダントをアリスに返した。
「王太子殿下からの招待だから君は参加しなければならない。だが、アンドレアス殿下にはなるべく近寄らないで欲しいんだ。彼はその、結婚はされているのだが大変に女性との話題が豊富な方でね」
「そうですか。わかりました。なるべく離れているように気をつけます」
だが屋台の串焼きは離れていても飛んで来たわね、と思い出す。果たして自分は第三王子を避けられるのかと遠い目になる。失礼な態度を取れば国に迷惑がかかるだろう。
「私は明日は王女殿下の担当で君の近くには居られないんだ。君を守ると言っておきながら本当に申し訳ない」
本気で心苦しそうなレオン様に逆に申し訳なくなる。自分の不運に巻き込んだことが心苦しい。
「きっと大丈夫ですよ。たくさんの人がいる夜会で何かするわけもないでしょうし。ご心配をおかけして申し訳ありません」
レオンがスッと右手を伸ばしてアリスの頬に触れた。
「謝る必要はない。私が君を心配したいし守りたいんだ」
(ええーと、ええーと、それはやはりそういう?本当に?私?私でいいわけ?)
「アリス、アリス、ちゃんと息してる?ほら、落ち着いて。息を吸って、吐いて」
「あ、ゴフッ、ゴホゴホッ!息するの忘れてました。ええと、それは……」
「近いうちに正式にギルマン伯爵に婚約の許しを得に来たいのだが、まず君は受け入れてくれるだろうか」
「私なんかと婚約……」
レオンは眉を下げて困った顔で下を向いているアリスの頬を両手で挟んで自分の方に向けた。
「俺のお姫様はなんでこんなに自分に自信がないのやら。自信を持って。『私なんか』じゃない。アリスがいいんだ」
「は、はい」
初めて聞く『俺』と言う言葉が二人の距離を縮めたように感じて心臓が痛くなる。
「それで、夜会のことだけど、第三王子絡みでどうしても困った時は合図をしてくれ。俺が行くよ。そうだな、合図は左の耳に手をやってくれ。わかったね?無理な我慢はしてはいけないからね」
レオンはそう言って慌ただしく帰って行った。残されたアリスは(あんなキラキラした方と婚約?公爵家嫡男と婚約?私が?)という喜びに浸りたいところだが、水晶玉の中に居座る第三王子と思われる男性の生首もどきが気になって、とても喜ぶどころではなかった。
嬉しさ半分のアリスの代わりに、両親が喜んでくれた。
「本当か?ルシュール卿とアリスが?これはとんでもないことだぞ!」
父は興奮して天を仰ぎ、母は静かに涙ぐんでいた。