15 似たもの同士?
食事の後、二人は街中をこれといった目的地もなくのんびりと歩いていた。
「疲れてないか?疲れたら言って欲しい」
「疲れてません。たくさん食べたから歩きたい気分です」
「君の食べっぷりは見ていて気持ちがいいよ」
「痩せの大食いと友人にからかわれます」
レオンが隣を歩くアリスを見た。
「実は僕は君に負けないことがひとつあるんだ」
「ひとつじゃないですよ。何もかも、私はルシュール卿には敵いません」
「ルシュール卿ではなくレオンと呼んで欲しいのだが」
「……ではレオン様」
レオンは「様、か。まあ、今はいいかそれで」と言って近くの屋台から熱いお茶を買ってベンチにアリスを座らせた。
「僕もアリスと呼びたいのだけれど」
「はい。どうぞ。それで、私に負けないことってなんですか?」
「不運なこと」
「レオン様が不運?まさか」
「本当さ」
そこからレオンの不運な過去が語られた。
「自分で覚えている最初の不運は五歳の時。同じ派閥の貴族集まりで、私ははしゃいでね。喉が乾いて水が運ばれるのを待たず、父のカップのお茶をねだって飲んだ。毒入りだったよ。生きるか死ぬかの境を三日間行ったり来たりした」
「後遺症などは?」
「幸いにして無いよ。犯人はずいぶん経ってから父を恨む貴族の仕業とわかった」
使用人を抱き込んだ犯行ということだろうか。国王陛下の弟を狙う人がいるなんて想像もつかない。
「そうでしたか……」
「二つ目の不運は十歳の時。初めて参加した狩猟大会で、流れ矢が僕の脚に刺さった」
「そんな」
「大きな血管は逸れたから助かったが、大きな血管や神経を傷つけていたら死んでいたか歩けなくなったか、さ」
「まさか他にも?」
レオンが苦笑する。
「あるよ。殿下の護衛をしている時に出先の斜面から人の頭ほどの石が落ちてきて、殿下を庇って自分の頭の骨にヒビが入った。出血も酷かったな。乗馬中の馬の耳にアブが飛び込んで馬が暴走ってのもある」
「それは……ひとつひとつが全部命に関わるじゃないですか」
「あんまりそんなことが起きるから父親に神殿で魔除けの祈祷を受けさせられたことがあるけど、効果があったかどうかは不明だ。ま、生きてるんだから強運だと思うようにしている」
この人を助けられたら、と思った。もし水晶玉の中にこの人にも何か見えるのなら、この人こそが使うべきだと思った。
「信じてもらえないかもしれませんが、私は自分に降りかかる不運がわかるお守りを持っているんです」
「ほう?」
ポケットからそっと水晶玉を取り出した。
「これがそのお守り?」
「ええ。笑われるのを覚悟で告白しますけど、屋台が不運を招くことをこれで知りました」
レオンはアリスの手のひらに載せられているペンダントをジッと見た後で、手に取って間近でしげしげと見る。
「ごく普通に売っている普通の水晶玉に見えるが」
「不運なことが起きる前に、水晶玉にそれが見えるんです。ええ、わかってますよ、変なことを言っているのは」
「それで?」
アリスはレオンの手を包むようにしてペンダントごとその手をレオンに押し戻した。
「しばらくレオン様が持っていてください。もしその中に何かが見えたら、それを避けるようにしてください。私の不運よりレオン様の不運の方が命の危険が迫っていますもの。もしかしたら私にだけ使えるペンダントなのかもしれませんが、物は試しです」
レオンは真剣な顔で自分を見上げるアリスを抱きしめたくなるのを堪えた。
「そういうところだ。私が君を愛しく思うのは」
「はい?」
「それが君の不運を知らせてくれる物なら、信じていればいるほど抱え込んで手放したくなくなるのが普通だよ。でも君は違う」
レオンはペンダントをアリスの手に戻した。
「君が持っているべきだ。お守りは持ち主と結びつく物だからね。そしてまた何かその中に見えたら、必ず私に知らせて欲しい」
「ペンダントの話を信じてくれるんですか?」
「そんな嘘をついて、君が得をする理由が思いつかないからね」
「……そうですか」
思いがけず長いことおしゃべりをしていて、陽が傾き夕方になっていた。
「また次の休みに君を誘いたいところだが、二週続けて仕事で休めない。でも、君に何かあったら知らせてくれる?ペンダントで知ったことでもいい」
「わかりました。あの……」
「ん?」
「こんなに親切にしていただくのは初めてです」
レオンは一瞬「え?」という顔をしたが、苦笑して立ち上がった。
「そうか。君を守りたいという気持ちなんだが。迷惑か?」
「いえ」
首を振って笑顔を返した。
大切にされることが素直に嬉しかった。
それからしばらくアリスは自分の店アヴィッドに通って店の運営方法に改善点が無いか、点検に力を入れた。アヴィッドは平民の若い人の間で人気になったようで、いつ店に出向いても混雑していた。
厨房を頼んでいるコリンナさんの話では、コルマ王国から仕事で来ている人たちにも知られるようになり、コルマの男性たちが連れ立って店に来るようになっているらしい。
経理を担当してくれている弟のアランも「極めて良い出だしだよ。この調子で行けば投資してもらったお金の分は数年のうちにたっぷり利益を還元できると思う」と言う。
そんなアリスの順調で平和な生活は、やはり水晶玉によって破られた。