14 お試し期間
『 レオン・ド・ルシュール卿へ
昨日は開店祝いの花束をありがとうございました。ルシュール卿との不思議なご縁があったことを喜ぶべきなのでしょうが、ひとつ問題がございます。
あなた様と私の関わりは全て、トラブルに関することでした。人様に自慢できることではないのですが、私の人生は不運にまみれているのです。
子供がぶつかってドレスが汚れる。私だけが犬に吠えられる。それらは可愛らしい不運です。私には不運がネックレスの真珠のように次から次、でございます。
先日の礼拝堂の倒壊もそうです。私の行く先々に不運が待ち受けているのです。
ルシュール卿は私をまた誘いたいとおっしゃってくださいましたが、不運まみれの私と一緒にいると、おそらくルシュール卿も不運に巻き込まれます。
それでも良い、と思ってくださるのでしたら喜んでお誘いをお受けいたします。とりあえずお試し期間を設けるのはいかがでしょうか。私にまとわりつく不運にうんざりなさった場合は、綺麗さっぱり私たちの間にご縁は無かったことにいたしましょう。
アリス・ド・ギデオン』
「うん。これでいい。頭がおかしいと思われるかもしれないけど、それでご縁がなくなるならそれでも仕方ないわ」
アリスは手紙を使用人に渡して公爵家に届けさせた。すると帰ってきた使用人が折り返しの返事をアリスに手渡した。
『了承しました。しばらくはあなたの不運を見定めるためのお試し期間といたしましょう。全力であなたを不運から守ってみせます。 レオン』
三回繰り返して短い返事を読み、
「私のどこを気に入ってくださったのかわからないのですけど。これは夢じゃないわよね?」
と言いつつ自分の頬をつねってみた。
レオン・ド・ルシュールは女神が細心の注意を払って創り上げたような外見だが、中身はそれに反してサッパリした前向きな性格だったので、早速次の仕事休みの日に先触れを出した上でギデオン伯爵家に現れた。
白シャツにグレーのジャケット、黒いパンツに編み上げのショートブーツというラフな服装で現れたレオンは、ギデオン伯爵に挨拶をしてからアリスを連れ出した。
アリスの両親はあまりに大物なレオンの登場に喜ぶより固まっていた。
馬車に乗ってからバッグの中でこっそり水晶玉を見てみると屋台が現れていた。小さすぎて何の屋台か分からず焦る。
「アリス、どうしたの?」
「あっ、いえ、あの、今日はどちらに?」
「三番街で食事をしようと思うんだが」
「三番街ですか。ええと、私の予感では屋台は不吉ですので、屋台は避けてくださいね」
するとレオンがクスッと笑ってアリスの手を取り、自分の両手で挟んで上下に振って「なるほど、屋台か。大丈夫。私が付いているよ」と言う。
それを聞いて(そう思いますよねー。まあ、屋台なら崩れ落ちることもないだろうし、命に関わることはないわよね)と腹を括る。
二人は広場で馬車を降り、花壇の花を眺めながらのんびり歩き、円形の広場を通り抜けて目当ての店へと向かっていた。店の近くまで馬車で行くより広場を突っ切った方がずっと早いのだ。王都の大通りはこの円形の広場から四方八方に車軸のように伸びている。
レオンはアリスの不安に配慮したらしく広場の屋台からはだいぶ距離をとって歩いてくれている。
二人から離れた屋台で串焼きを食べていた男性がいた。串から肉を噛んで外そうとしていた。硬い肉が串からなかなか外れず、肉の脂で指が滑ったか、肉が外れると同時にタレたっぷりの串が放物線を描いてアリスの方に飛んで来た。
近衛騎士隊でも一、ニを争う剣の腕前と言われるレオンは反応が速かった。飛んでくる肉の串焼きに気づくと同時にそれをパシッ!と片手で払ったのだ。結果、串の直撃は防げたが二人にタレが飛び散った。アリスのドレスには点々と濃いタレが散っている。
一瞬は驚いて固まったアリスは気を取り直し、
「いかがです?私の不運はザッとこんな感じです、ルシュール卿」
と腰に手を当てて胸を張って微笑んでみせた。
アリスだけでなくレオンの顔とシャツも同様にタレが飛んでいた。ハンカチでタレをそっと押さえているアリスをレオンは驚いた顔で眺めていたが、やがて堪えきれないように笑い出した。
レオンはクックックと笑っていたが急いで真面目な顔になった。
「い、いや、失礼。すごいね、君の不運っぷりは。手紙を読んだときは君の思い込みだと思っていたんだが。こんなことが起きるとは。しかも屋台がちゃんと原因だった。いや、面白い。あ、面白いなんて失礼だね。それにせっかくのドレスが台無しだ」
レオンはそう言ってアリスの手を取ると繋いだまま歩き出した。男性と手を繋ぐことに不慣れなアリスは慌てた。
「ルシュール卿?どちらへ?三番街はそちらではありませんわ」
「ドレスを買おう。僕のシャツも」
そうして今、二人は王都でも有名なブティックにいる。
「彼女に似合うものを。急ぎで頼むよ」
二人の服を見て合点したオーナーがあれこれ指示を出し、レオンはすぐに白を基調としたスッキリしたデザインのドレスを選んだ。
選んでもらった白いドレスは試着したアリスによく似合った。
「こんな高価なドレス……」
「大切なお姫様を守りきれなかった騎士のお詫びさ。当たり前の顔で受け取ってもらえないと私の立つ瀬がない」
そうまで言われ、アリスは恐縮して「ありがとうございます」と頭を下げた。
隣の紳士服の店で手早くシャツも買い、二人は三番街のレストランに入った。個室に案内され、座ってすぐにレオンが話しかけてきた。
「楽しいよ。君と一緒にいると退屈しないじゃないか」
「そう言っていただくと気が楽になります」
「君を守れるよう全力で努力する」
返す言葉が見つからない。男性に甘やかされることに慣れてないのでどんな顔をしたらいいのかもわからない。