12 お披露目会とあの方
今日は関係者を招いて内輪の開店祝い。
お世話になった業者さんや家族を呼んで合計十六人。店の大きさにちょうど良い人数だ。
店内はカウンター五席、四人がけのテーブルが五つだ。みんな気楽な服装でそれぞれがお祝いの品を持って参加している。それぞれが贈ってくれた包みを開けてワアワア言っているうちに料理が全部並べられた。
「さあ皆さん、料理が揃いました。お席について乾杯をしましょう」
アリスが声をかけてそれぞれがグラスを手に立ち上がった。
「本日は私の店『アヴィッド』へようこそ。コリンナさんや息子さんたちが作る本場のコルマ料理です。心ゆくまで料理を楽しんでください。では、アヴィッドの繁盛を願って乾杯!」
「乾杯!」
アヴィッドはコルマ語で「はらぺこ」と言う意味だ。たくさんのはらぺこたちに来てほしいと言う願いを込めてアリスが名付けた。
並べられた料理はどれもアツアツで、スパイシーな香りが湯気と一緒にみんなの鼻をくすぐった。コルマ料理は初めてと言う人がほとんどだったが、皆ひと口食べると目を丸くして未経験の美味に驚いている。
ワインやエール、コルマ産の蒸留酒と共に料理が皿から消えていく。お皿が空になるとすぐに別の料理が運ばれた。
「アリス、こんな美味しい豚肉料理があるなんて私は今まで大変な損をしていた気分よ」
「マルティーナおばあさま!お口に合ったのですね。良かったわ。どうか私のお店をご贔屓にしてくださいね」
「ええ、可愛いアリスの初めての仕事が成功していく様子を確かめに来るわ」
「アリス、おめでとう。私は途中で諦めるものと覚悟していたが、ちゃんと開店までたどり着けたんだな。見直したよ。それにしても串焼きの鶏肉、この上に塗ってあるのはなんだい?えらく美味しいな」
「お父様。それはナッツのペーストですわ。美味しいでしょう?色々大変でしたけど、私、今までで一番楽しく過ごしています」
「アリス!この私はもう胸がいっぱいよ。あなたがレストランを開くなんて母として誇らしいわ。それとこのデザートのお代わりを頂ける?」
「お母様の資金援助があったからこそです。ココナッツミルクプリン、お持ちしますね」
「姉さん、このパスタみたいの、美味しいね。僕、これからはここに通うつもりだよ」
「ありがとうアラン。会計だけじゃなくて営業活動も期待してるわ!」
お披露目会は盛り上がり、楽しい雰囲気のうちに締め括られた。皆が帰り、コリンナ先生一家とアリスだけになった時、カランとドアベルの音がした。
「あら?」
誰だろうとアリスがドアの方を見ると、そこに立っていたのはレオンだった。
「ルシュール卿!どうなさいました?なぜこの店に?お一人ですか?」
「今日が前祝いだとイレーヌ嬢に聞いたんだ。ささやかなお祝いをと思ってね。一人だよ」
レオンは仕事帰りなのだろう、髪をキチッと後ろに流してジャケット姿だった。手には豪華な花束を持っている。「どうぞ」と差し出されてアリスが受け取ると上半身が隠れるほどの大きな束だ。
「まあ。素敵な花束をありがとうございます。良かったら中に入りませんか?」
「では少しだけ。もう終わったところなのに申し訳ない」
コリンナ先生たちはジャスミン茶と料理の盛り合わせの大皿を出すと、気を利かせたのか厨房に入ってしまった。店内はアリスとレオンだけである。なんとなく気まずい。
「実はあれから君に会えるかと思って普段は行かない夜会に通ってみたんだが、なかなか会えなかったものだから」
「私ですか?私はこの店の開店に奔走しておりまして、夜会には全く参加しておりませんでした」
「そうらしいね。イレーヌ嬢を見つけて事情を聞いて驚いたよ。君がコルマ料理の店を本当に開くとは。我が家で話を聞いた時は夢を語っているのだとばかり」
「私の両親もそう思っていたようです」
そのあとは話すことがなくなり、二人の間に短い沈黙が訪れた。それを破ったのはレオンだった。
「君は当分この店にかかりきりになるのだろうか」
「いえ。私は経営側ですので、お店に顔を出すのはそれほど多くはないと思いますが」
「君にまた会いたいと言ったら迷惑だろうか」
会いたい?なんで?お礼はもう十分いただいたはず。
「め、迷惑だなんて。でも、私みたいな小娘とおしゃべりしてルシュール卿は退屈なのではありませんか?」
するとレオンは苦笑してアリスの手をそっと取って愛おしそうに親指で手の甲を撫でた。
「退屈なことなんてないさ。君が婚約を解消したばかりなのですぐにこんな話をしても、とためらってはいたんだが」
「私はあの婚約には何の未練もないので、それはご配慮頂かなくても平気です。それより、私ですか?なぜ私なのでしょう」
「君は運命の女神シルヴァーナを信じているかい?」
「えっ!」
どうしてここでシルヴァーナの名前が出るのだろうか。この人は私とシルヴァーナのことを何か知っているのだろうか。
アリスは返事ができないでいた。
「君からしたら十も歳上のくせに何を言っているんだと思われるのを覚悟で話すんだが。笑わないで最後まで聞いてもらえるだろうか」
「笑うだなんて。どうぞ。何でもお話しくださいませ」
そこから聞かされたレオンの話は、たしかに運命の女神の存在を感じさせるものだった。




