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10 母シャルロットの想い

 アリスの母のシャルロットは刺繍が好きで、特に娘と会話しながら刺繍するのを楽しみにしている。

 最近の流行りのドレスのデザインのこと、アクセサリーはどの店が人気か、どこの家の娘が婚約したか。


 それらに相槌を打ち、手は刺繍をしながらアリスは頭でコルマ料理の店をどうしたら出せるのかを考えていた。


「……だからあなたもアランもいずれは結婚して私の手を離れるわ。そうしたら私には何も残っていないのよ。虚しくて。だから何かを始めたいと思うの」


「えっ?」


 ちょっと待ってほしい。いつドレスの話から母の自分探しの話に移ったのだろうか。


「何かを始めるって、例えばどんなことですか?」

「それがわからないからあなたに相談してるんじゃないの。ちゃんと聞いてましたか?」


 ここは打って出るところではないだろうか。


「聞いていましたとも。ねえお母様、私のお店に投資しませんか?」

「お店を?無理よ。あなた働いたことがないもの」

「私、コルマ料理のお店を出したいのですが、私はお金を持っていないでしょう?お母様が投資してくださったらその金額に利息をつけてお返しできるよう頑張りますから」


 シャルロット夫人は刺繍の手を止めて娘を見た。


「何を言うかと思ったら。商売はお金の管理も人の管理もあるのよ?アリスには無理よ」

「無理かどうかはやってみなきゃわかりません。大金を稼ぐことは無理かもしれませんが、私、挑戦してみたいんです。必ず利息をつけてお返しします」

「コルマ料理の店ねえ。あなた、本当にそんなことできるの?」

「全力で取り組みます。やりたいことのためなら努力は惜しみません」


 シャルロット夫人は少し考えてから了承した。一度目の婚約は直前で流れ、二度目こそと思っていたら相手を見誤っていた。不憫な思いをしたこの娘が、生き生きとした顔で提案するのなら乗ってみようと思った。


 お金なら嫁ぐ時に母が「どうしても旦那様に言えないことでお金が必要になったら使いなさい」とこっそり持たせてくれた金貨がある。使うことがないまま、もう十八年寝かせたままだ。可愛い娘のために使ったところで誰にも文句は言われまい。


「いいわ。あなたに投資してあげる。金貨三十枚でいいかしら?もっと必要なら……」

「いえ!十分だと思います。お母様、楽しみにしていてくださいね!必ずや増やしてお返しします」


 アリスは飛び上がるようにして喜び、そそくさと刺繍していた道具類を片付けると部屋を飛び出して行った。


 シャルロット夫人は自分も刺繍を終わりにして侍女にお茶を淹れてもらうと、香りを楽しみながらお茶を飲んだ。そして心の中で金貨を持たせてくれた亡き母に話しかけた。


(お母様、あなたの孫娘のためにあのお金を使いますけど、かまいませんわよね?)


 シャルロット夫人はお金に不自由していなかったし、夫は妻に使うお金を出し惜しむ人ではなかったから本当はお金を稼ぐことにあまり興味は無かった。ただただ不憫な思いをした娘が楽しそうな顔をするならそれで良かったのだ。全ての事に受け身だった娘があんなに前向きに生き生きとするなら応援しようと思った。


 アリスは父親に相談をしなさそうな雰囲気だったので、夫の機嫌が良さそうな時を見計らってアリスの計画を打ち明けた。その夜、ディディエ伯爵はワインを飲みながら妻の話を黙って聞いていたが、妻の座っていた長椅子に移動した。


「アリスのことはわかった。それでおまえがやりたいことは何かないのかい?」


「わたくしね、三人姉妹の次女でしょう?家を継ぐ姉に親はかかりきりでしたし、末っ子の妹はいつまでも赤ちゃん扱いで甘やかされてました。真ん中の私は構われることもなくやりたいことを我慢するのが当たり前でした。今になってそれが寂しく思い出されて。アリスに好きなことをさせることで、あの頃の寂しかった私が救われるような気がしますの」


 伯爵が夫人の白く小さな手を握った。


「そんな話、初めて聞くな」

「実家の恥を晒すようで、なかなかお話しできませんでした」

「そうか。では、私とあちこち二人で出かけるのはどうだろうか。領地だけじゃない。君が行きたい場所へ二人で行こうではないか。そして出かけた先の思い出をたくさん積み重ねよう」

「まあ。素敵。歳をとって出かけられなくなったら二人で旅の思い出話でもいたしましょうね」


 夫妻の中で公爵家嫡男はあまりに身分が違いすぎて話題に上がらない。たまたまの人助けで娘がお茶会に誘われたが、あれはあれで終わり、という認識だった。

 



❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 夫妻が甘い雰囲気で会話する数時間前。アリスは母の投資の了承を取り付けるとアメリを連れてコリンナ先生の家に向かっていた。



 コリンナ夫人は突然訪問したアリスを歓迎してくれた。そして教え子が「コルマ料理の小さな店を出したい」「コルマ料理が上手い人の当てはないか」「当てがなければ自分が料理人を探すから指導して欲しい」と畳みかけるように話すのをニコニコと聞いていた。


「そんなにコルマ料理を気に入っていただいて本当に嬉しいです。料理人なら当てがございます」

「まあ!ほんとですか?」

「ええ。私と二人の息子がおりますわ」


 コリンナ夫人は楽しげな表情でアリスを見た。


「それは、わたくしは嬉しいですけど、息子さんたちの了承を得ないとなりませんでしょう?」

「俺たちにもやらせてください!」

「俺も手伝いたい!」


 いきなりドアから二人が姿を表した。話を聞いていたらしい。


「二人とも料理が好きで、いつかコルマ料理のお店を持つのが夢だったのです。お嬢様のお店で働かせてくださいな」

「ユーグさんはエリックさんの仕事を継がなくていいのですか?」

「夫は子供たちには好きなことをやらせたいと常々申しております。ご心配には及びませんわ」


 こうしてアリスにはコルマ料理屋開店を目指す心強い仲間ができた。夜眠る時に水晶玉のペンダントを覗いたが、透明なままだ。


「うん、順調だわ」


 アリスは満足して眠った。レオンのことは思い出さない。

 彼女にとってもきらきらしいレオンは別世界の人なのである。

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