約束の魔女
定刻となり、アイリーンはとうとう皇帝と謁見した。片膝をついたアイリーンに皇帝は立ち上がることを許した。
「そなたは『魔女』で、文字を書くことによって魔法を使い、此度の大寒波を退けたのは本当か?」
「畏れながら申し上げます。私、アイリーン・スタンフォードで間違いありません」
震えそうになる声を必死に隠しながらアイリーンは答えた。
「それをどうやって証明することができる?」
「私にはできないことが三つあります。無から有は生み出せません。原理や手順を理解できないものはどうしようもありません。そして、死んだ者を蘇らせることもできません……お見受けしたところ、陛下は風邪気味ではございませんか?」
「……いかにも。先日より少々体調を崩している」
「症状を教えて頂けますか?」
「発熱とのどの痛み、せきがある」
アイリーンはノートを取り出すと、記入を始めた。インクが一瞬きらめきを放つ。
「……なんと、身体が楽になった」
皇帝が喉に手を当てた。
「対症療法に過ぎませんので、まだ完治したわけではありません。どうかお体ご自愛下さい」
「なるほど。どんな回復魔法よりも効果的である。だが、これだけでは……では、庭園の花を咲かせることができるか?」
「わかりました。庭園を見せて頂けますか?」
「東側のカーテンを開け。そこから庭園が見える」
アイリーンは庭園を見下ろして、花の種類を遠目で見極める。それからおもむろにノートに書きつけ始めた。
「それでは、陛下、ご覧ください」
皇帝を始めとした数人の臣下たちが窓辺に集まった。それを確認すると最後の一文字をアイリーンは書きこんだ。
「なんと、蕾がついて……花が咲いている。満開だ」
皇帝の言葉通り、庭園はバラだけでなくラベンダーやカンパニュラ、クレマチスなど季節など関係なく色とりどりの花々が咲き誇っていた。
「アイリーン・スタンフォード。そなたの力は確かに本物だ。魔女よ、我が国から寒波を救った褒美にこれをそなたに託そう」
皇帝が魔術師に一冊の本を持ってこさせた。
「これはこの現在判明している魔術が記されている魔導書だ。それと同時に何ページ書こうとも終わることがない無限の魔導書である」
「光栄に存じます。ではここにまず記しましょう。『栄光ある帝国に平和と安寧の日々が続き、天と地の祝福があらんことを』」
アイリーンが本の最後にそう記すと魔導書が光輝いた。
「微力ながら私の力が及ぶ限り、この国に輝かしい未来をお約束します。それから更に三つ、母との約束を私にこの魔導書に刻むことをお許しください」
「三つとは?」
「一つは『真実を改竄してはいけない』二つ目は『人の心を変えてはいけない』そして最後に『人を殺してはいけない』」
ざわりと周囲がざわめく。
「私の能力は一歩間違えれば大きな災いをもたらすものです。ですから私はこの魔導書によって戒めを受けたいと思います」
「なるほど。そなたの覚悟、しかと理解した。その上でこの名を送ろう。『約束の魔女』アイリーン・スタンフォード。そなたの力が国と民とそなた自身のために祝福が約束されたものであらんことを」
「ありがとうございます、陛下」
アイリーンはその場に深く叩頭した。その場に拍手が鳴り響いた。約束の魔女の誕生の瞬間だった。
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次回「帝国の吉凶」をどうぞよろしくお願いします。