寒波到来
それから二年後、エイブリー帝国に強烈な寒波が襲った。帝国は大雪と強風により極寒の地となり、全てのものが凍えた。吹雪の中、国立天文観測所の扉をノックした一人の少女が現れた。
「お忙しいところすみません。私、この寒波を止めるためにこちらにやってきました」
アイリーンは研究員たちから天候に関して教えをこいた。研究員たちは戸惑いながらも、アイリーンに寒波の原理を説明した。最初は不思議に思った研究員たちもひたむきに学ぼうとする小さな少女の姿勢に真剣なものを感じた。
そして、アイリーンは寒波の収束を願い、ノートに記した。変化は穏やかだった。雪が小やみになり、風が弱まった。徐々に雲が晴れ、太陽の光が差すようになった。研究員たちは驚愕した。研究員たちの中でこの事実を皇室に上奏するべきかどうか議論は紛糾した。その中でアイリーンは静かに告げた。
「こうなることも覚悟して、私はここにやってきました。どうぞ、ご報告下さい」
この時になって初めてエイブリー帝国は『魔女』の存在を知ることになったのだった。
寒波が去り、待望の春が帝国にやってきた頃、アイリーンはブーケモール城へと招かれた。ケープを頭から被ったアイリーンは不安に押し潰されそうになりながらたった一人で城へとやって来た。手足が震え、階段を一段昇るにも時間がかかった。アイリーンは最上段で足を滑らせて、体勢を崩した。落ちると思ったとき、アイリーンを後ろから抱き留める者がいた。
「大丈夫ですか?」
その声は若い男性の声で優しくアイリーンに問いかけた。アイリーンが小さく頷くとそっと地面に下した。アイリーンがその声の主を見ると銀髪に青い色の目で端正な面立ちをした少年だった。濃紺の騎士見習いの制服に身を包んでいた。
「この階段は滑りやすいですからね。気を付けてください」
そういうと少年は周りに散らばった自分の手荷物を拾い始めた。その中には『水面の向こう側』があった。
「あの……これ……」
か細い声でアイリーンが本を拾い上げると少年は笑った。
「ああ、お気に入りなんです。辛い鍛錬の後読むとほっとするんですよ。それでは」
少年は颯爽と城の中へと消えていった。アイリーンはその後ろ姿をぼんやりと見つめたまま、しばらく立ち尽くしていた。アイリーンはかすかに残る少年の手の感触を思い出し、ほんの少し緊張が解けているのを感じた。
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次回「約束の魔女」をどうぞよろしくお願いします。。