新鋭の作家
元教師だったジェイダの教育は言語、文学、数学、自然科学、音楽など様々な分野に及んだ。アイリーンは熱心に勉強した。
そんなアイリーンにトーマスはタイプライターを贈った。
「これだったら、魔法が発動したりしないだろう?」
「ありがとうございます。 父さま」
その他にもトーマスは書店に並ぶ新刊や売れ残った本をアイリーンに与えた。アイリーンは貪欲に知識を吸収していった。そして、それは十二歳の時に思わぬ形で結実することになった。
「父さま、あの、これ、書いてみたんだけれど……」
アイリーンは数百枚に渡る分厚い原稿をトーマスへ渡した。
「何かな、アイリーン……こんなにアイリーンが書いたのかい?」
アイリーンが恥ずかしそうに小さく首を縦に振った。トーマスはそれからタイプライターで書かれた物語を読み進めた。一枚ずつページをめくるたび、トーマスの目は真剣になっていった。そこにエドワードとユージーンの兄弟もやってきた。
「父さん、何読んでるの?」
「おお、エド、ジーン、お前たちも読みなさい」
そう言ってトーマスは二人に読んだところまでの原稿を手渡した。三人はその物語に魅せられていった。
「すごいぞ、アイリーン! とても素晴らしい作品だった。早速出版社に持って行って本にしてもらおう」
トーマスがアイリーンを抱きしめると、原稿を持って馬車に乗り込んだ。
一か月後、原稿はアイリス・グリーンの名で『水面の向こう側』は発刊され、スタンフォード書店の店頭に並んだ。これが見事に大ヒットすることになった。独占販売をしたスタンフォード書店は業績を大きく伸ばし、支店も増えた。しかし、この作品がわずか十二歳の少女が書いたものだということは秘密にされた。それはアイリーンの希望であり、同時に家族がアイリーンの身を案じてのことだった。この成功をきっかけにスタンフォード家は都に庭付きの邸宅を構えることになった。
「アイリーンは幸運の天使だな」
「アイリーンが勉学に励んだ結果ですわ。よく頑張りましたね」
「いやぁ、ただのちっちゃな本屋だったのにこんな広い家に住むことになるなんてなぁ」
「想像もできなかったよね。でも、アイリーンが妹になってから驚かされてばかりだったよ」
スタンフォード家の面々がそれぞれに述懐した。アイリーンはその言葉一つ一つに頬を赤らめて微笑んだ。ささやかだがアイリーンはスタンフォード家で幸せに暮らしていた。
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次回「寒波到来」をどうぞよろしくお願いします。