終章
「助かったぞ、異世界の魔女よ。妾の封印を解いてくれた故、やっと自由を得た」
「それは何よりです……ギルさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫ですよ。中に鉄板を仕込んできましたから」
「鉄板?! じゃあ血はどうして?」
「屠殺場から牛だか豚だかの血を少々懐に。でもさすがに銃弾は痛かったですね。一瞬気を失ってしまいました」
「そんな……だって、未来は……」
「我ながら陳腐だと思いましたが、運命なんて所詮こんなものです。アイリーンさん、未来は選べるんでしょう?」
アイリーンはとうとう堪えきれず泣き出してしまった。自分のワガママのせいでギルバードを死なせてしまったらどうしようかと眠れなかった。それを血のりと鉄板で覆してしまうなんて、なんと単純な話だろう。恥ずかしながら自分はどちらかと言えば頭の良い人間だと思っていた。本で得た知識を披露し、それを元に様々な物語を紡いできた。それがどうしたことだろうとアイリーンは噛み締めた。
自分は全能どころか万能でもない。
ただの人間だということを思い知らされた。
「ナイト殿も役者だな。まぁ、ずっと血生臭くて儂はかなわなかったが。さて、それでどうやって声を取り戻すかだな」
「ああ、それなら心配はいらない。ちょうど、今日あたり換羽するはずだったのだ。そら、見てみろ」
モーリアンの言葉で空を見上げると、銀の羽根が虹色に輝きながら舞い降りてくる。そして、モーリアンと同じく黒い翼へと生え変わっていった。
「あの声はな、妾を呼ぶためのものだったのだ。あの魔術師が大方『美しい声で鳴けば愛してもらえる』とでも刷り込んだんだろう。羽化したあの子たちにもう声は必要ない」
「モーリアン、お主はこれからどうするつもりだい?」
「さあな。しばらくこの世界をさまよって、帰る方法があれば戻るし、無理なら住処を探すさ。それでは猫の王、魔女、人間よ、世話になったな。また縁があればどこかで」
「そうさな。達者でな」
オスカーが答えるとモーリアン一行は空へと消えていった。
「俺たちも帰りましょうか?」
「そうですね。あの老人施設に寄ってウィックローに電話をしましょう。ジェシカさんたちの声が戻っているか確認しなくては」
「そうですね。やれやれ、全く何なんでしょうね、あの『鎖縛のサーカス』って連中は」
「さあ……最後に使った空間転移魔法も全く知らない構成でした。あちらにも魔女がいるのでしょうか?」
「かもしれんな。儂は会う前に逃げ出したものだからわからんが。鉄の輪を嵌めたのはレギーとかいう赤毛の男だったぞ」
「そうだったんですね。それにしても、オスカーの本性があんなに綺麗なんて。驚きました」
「そうだろう? まあ、あの無粋な鉄の輪と違って魔女のリボンは心地よい。帰ったらまた着けてくれ」
「わかりました」
アイリーンは森に残された銀色の羽根を一つ拾うと、ぱっと顔を明るくして宣言した。
「ギルさん、今なら私、良い作品書けそうです!」
「それは良かったです。では帰りましょうか」
「はい!」
先見の魔女は言った。決定された未来があると。しかし、同時に強い意志を持てば、未来を選び取ることができるとも。約束の魔女と騎士の運命はまだ定まっていない。
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第三部は少々お待ちください。
それではまたお会いしましょう。




