ハリエットの森
結果から言ってしまえば、老人施設は空振りだった。施設の職員によると合唱団の聲は美しく、とても素晴らしい歌声だったという。その様子になんらおかしいことはなかった。
「そういえば、翌日は森でキャンプをしたみたいだったけど、遠くで歌声が聞こえたわ。やっぱり名門校の合唱団は練習熱心なのね」
「その後、不思議なことが起こったりしましたか?」
そういえばと若い女性の職員が思い出したように呟いた。
「あの後、森の奥から綺麗な声が聞こえるって面会にきたご家族が言ってたわ」
「いつ頃です?」
「一週間くらい前かしら。森の奥なんて誰もいかないし、聞き間違いだと思ってたけど」
「ありがとうございます、お嬢様、参りましょう」
ギルバードはその話を聞くとアイリーンを伴って施設を出た。
「どうやら、やっと手がかりを得たみたいですね」
「森の奥の声ですか?」
「ええ。行って確かめてみましょう」
アイリーンは躊躇した。何故ならギルバードの服装はいつもの労働者風の服装ではなく、スーツを着込んでいた。それはあの鏡に映ったギルバードの姿と一致していたのだった。その上で森に行くという。この薄気味悪い符合をどうしたらいいものか途方に暮れていた。
「やめましょう、ギルさん。日を改めて……」
「あの先見の魔女の件ですか? 大丈夫ですよ、アイリーンさん。日を延ばせば、夏至祭に間に合わなくなってしまいます。行きましょう」
森の中を歩くにあたり、オスカーを外に出した。オスカーはふんふんと匂いを嗅ぎながら森を満喫している。
「どうだ、オスカー。気配はあるか?」
「うむ。気配はあるし、香りもする。これは魔獣の香りだ。だが、まだ薄い。一体どこだ?」
「魔獣……それはもしかして鳥ではないですよね?」
「……! それだ、魔女よ。樹の上だ!」
アイリーンとギルバードが頭上を仰ぐ。束の間の静寂の後、それは唐突に始まった。
「ahー」
「raー」
「haー」
その声は透き通った少年と少女のそれだった。それが幾層にも重なって森の中に木霊している。
「これって、合唱団の子たちの声ですか?」
「間違いないでしょう。樹の上に巣が……これは雛の鳴き声か?」
「うむ。おそらくは間違いなかろう……あの銀色の鳥たちだ」
枝には銀翼の小鳥たちが止まっている。銀色の羽根だが陽の光を浴びると虹色に輝く。まるでオパールの遊色のような美しさだった。
「どうしましょう……あの小鳥たちが原因だとしたらどうやって声を取り戻したらいいのでしょうか?」
「そうですね。とりあえず、ジェシカで試してみてはどうですか?」
「わかりました……約束の魔女がここに記す。世界の摂理よ、しかと刻め『小鳥からジェシカ・キャンベルの声を取り戻せ』」
インクが光輝いたが、すぐに消えてしまった。
「だめです。どうやら『小鳥』という漠然とした対象であるためと異世界の生物であるためにイメージが固定できないみたいです」
「つまり、どうしたら?」
「小鳥の正体と生態を私が理解するかジェシカさんの声の鳥を捕まえるかの二択が考えられます」
「……それは、難しいですね」
その間も透明な声が幾重にも重なって、ハーモニーを作っている。
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次回「大いなる女王」をどうぞよろしくお願いします。




