友情
その横でマチルダが座り込んでいるアイリーンの手を握った。
「ねぇ、ちょっと待って。アイリーンが『約束の魔女』って本当?! あの大寒波を防いだ帝国の至宝の魔女だよね?」
「ああ、えっと、はい。そうです……」
「本当にいたんだー! わぁ、伝説だと思ってたー! 右手使わなかったのもそれでかー! それで、あの鏡の中にいたのも『魔女』なんだよね?」
「ええ、そうみたいです。でも、死んだあと能力だけが鏡に定着してしまって、それに生前の人格が転写されていたようで……あの、説明わかりますか?」
「イマイチ分からない! でも、アイリーンが凄いってことはわかった」
「興奮している所悪いが、あの魔女の言う通りジェシカ嬢に残っていた魔力の香りとあの魔女の香りは別物だったぞ」
「オスカー! やっぱりそうだったんですね……」
「そうだな。そもそも、儀式を行ったのは合唱団の一部の人間で、他の生徒には被害が出ていないんだからな……アイリーンさん、最後にあの『先見の魔女』とやらに見せてもらったのは何だったんですか?」
「えっと……すみません。よくわかりませんでした」
「そうですか……それじゃあ、次はハリエットの森に行ってみましょうか?」
「え?」
アイリーンは呆けた様な顔をしてギルバードを見つめた。
「だってそうでしょう。声を失った直前、合唱団だけが行った森で何かあったと考える方が自然なことでしょう?」
「それは……そうですが」
アイリーンの耳に先見の魔女の言葉が蘇ってくる。
『あんたたち二人にはいくつかの『決定された未来』がある……決して覆せない』
アイリーンは愕然とした気持ちになった。
「ナイト殿の言う通りだな。ハリエットの森とやらに行ってみようではないか」
「ちょっと待ってよ、じゃあ学校は?」
マチルダが慌てて問いかける。
「そもそも臨時講師と一時入学のつもりだったからね。それに早く合唱団の声を取り戻さないと」
「……そうですね。ありがとうございました、マチルダさん。初めて学校に通って、マチルダさんとお友達になれて本当に良かったです」
「そんな、お別れなんてイヤだよ……」
「大丈夫です。必ず、お手紙書きます……さすがに右手をいつまでも使わずにいれば、不審に思われてしまいますから」
「……そうだね。だってアイリーンは『約束の魔女』だもんね。母がよく言ってる『実践躬行』……自らの信念に従い、やるべき事を成せって。応援してるよ、アイリーン」
「ありがとう、マチルダさん」
二人が涙ながらに別れを交わしていると、三人の少女が意識を取り戻した。
「おはよう、三人とも。良い夢見れた?」
「マチルダ?! わたしたちブラッディ・マリーをしに来たはずなのに、なんであなたが?」
「あんたたちがその鏡で何を見たのかは知らないけど、あたしはアイリーンにあんたたちが何をしたか知っている……意味分かるよね?」
「あの……違うの、マチルダ! あたしたち、マチルダのことを想って……」
「ふーん、あんたたちは池に怪我人の荷物をばらまくことがあたしにとって『善いこと』だと思ってたんだ。だったら、勘違いも甚だしいね。あたし、あんたたちみたいな人間、大っ嫌い。二度と近づかないで」
三人は涙目になりながら階段を駆け降りていった。
「良かったんですか、マチルダさん。マチルダさんはこれからもウィックローに在学されるのに、いなくなる私を庇うような真似をして」
「気にしなくていいよ。むしろ、あれくらいじゃ物足りないくらい! アイリーンがいなくなるのは寂しいけど、あたしは大丈夫。『友人は選べ』とも母に言われてるしね」
マチルダが軽やかに笑った。アイリーンは学校という場所が長年怖かったが、ウィックローに来て本当に良かったと心から思った。マチルダの様な存在に出会えることは僥倖だった。
「また会いましょう、マチルダさん」
「うん。会いに行くよ、アイリーン」
お読みいただきありがとうございます。
次回「一時の休息」をどうぞよろしくお願いします。




