魔女の残渣
「え? あなたは魔女なのですか?」
その言葉と共に女は立ち上がり、髪をもう片方の手でかき分けた。意外にも切れ長の瞳と高い鼻梁の美しい顔が半分現れた。
「そう……わたしは『先見の魔女』よ。限定的だけど未来を映し出すことができる」
「限定的とは?」
「運命の収束点……過去の集積地、そう言った概念よ……誰に言ってもわからない、自分だけの感覚。あるんでしょ、あんたにも……」
「……わかります。私は『約束の魔女』文字を書くことで世界の摂理を書き換えることができます」
「……そう。それでわたしのような実体のないモノがこちら側に来られたというわけね」
他の二人は魔女たちの概念的な会話に入れずにいた。アイリーンは続けて尋ねる。
「あなたはこの大鏡を使って学生たちに『限定的な未来』である伴侶を見せていたということですか?」
「そう。未来が決定的な人間だけ見えていたようね。でもわたしが意図したのではなく、あくまで儀式を行った人間に反応して、わたしの能力の残渣が発動していたということだけでど」
「では、害をなすという噂は?」
「わからない。『眼』の良い人間には未来よりもわたしの姿が見えたみたい。ここには、そういう人間は少なかったけれど。一体、ここで何が起きているの?」
「合唱団の学生が声を失いました。この世界に普遍的に存在する魔術ではありませんでした。私と同じ様な魔女あるいは……」
「儂のような異世界の魔獣とかな」
オスカーが進み出てきた。先見の魔女の瞳がちろりと動く。
「あら……ただの猫じゃあないという訳ね。でも、残念、わたしでは無いわ」
「なるほど、わかりました。無理矢理引きずり出してしまってすみません」
「待って……鏡を見て」
先見の魔女がアイリーンを引き寄せて囁いた。鏡には森が映し出され、その中に白銀の煌めく羽根が舞っている。その中心で血を流したギルバードが羽毛に埋もれていた。
「あんたたち二人にはいくつかの『決定された未来』がある……決して覆せない。今のはその一つ」
「そんな……今のって?」
「二人の運命は分かち難く絡みついている……意思を強く持って。未来は選べるわ」
先見の魔女はアイリーンからそっと離れた。
「同胞と話せて嬉しかったわ……例え、能力に付随したおまけの人格だったとしても。時間切れみたい。サヨナラ」
「待って、マリー! まだ聞きたいことが……!」
マリーはちらりと笑ってみせた。揺らめく鏡の中に入るとき、反対側の髪が浮き上がり、左側の顔が露わになった。それは美しい右側とは真逆の血まみれで眼窩が空っぽの痛々しい顔面だった。
「……消えた?」
ギルバードが気が抜けたようにぽつりと零した。
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次回「友情」をどうぞよろしくお願いします。




