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不穏な気配

 翌日、アイリーンはギルバードと共に再びウィックロー高等学校へと登校した。アイリーンと別れ、ギルバードは中庭のあずまやへとやってきた。ギルバードのカバンの中にはオスカーが入っている。


「いいか、オスカー。このあずまやで昼の十五時に集合だ。あまり一目につかないようにな」

「わかっているとも、ナイト殿」


周りに誰もいないことを確認してオスカーを構内へと放った。ギルバードが職員室へ歩いていると見知らぬ女子生徒たちがギルバードを取り囲んだ。


「キャンベル先生、おはようございます!」

「おはよう。何か用かな?」


ギルバードは完全無欠の好青年の微笑みを浮かべた。


「わたしたち、キャンベル先生のファンになりました! 昨日、ローガンを剣術であっさり倒されたとか! 流石、帝国騎士。素晴らしいご活躍だったと」

「それはどうも」

「あの、ところで、アイリーン・スタンフォードさんと一緒に登校されてましたけど、お二人はどういった関係なんですか?」

「上司の知人の娘さんでね。学校に不慣れだそうだから、付き添いで」

「えぇー。でも、スタンフォード家ってただの本屋ですよね? 騎士団とどういうご関係なんですか?」

「ごく個人的なものだから、説明は難しいな……」


困ったような微笑を張りつけながら、雲行きが怪しいことをギルバードは敏感に察していた。


「……婚約者、とかではないですよね?」

「ははは、そういう関係ではないな」

「そうですよね! キャンベル家出身の騎士である先生とスタンフォード家では格が違いますものね!」

「これ、差し入れです。お受け取り下さい。それでは、キャンベル先生、また!」


嵐のように女子生徒たちは去っていった。ギルバードは手の中の菓子を見つめながら、嫌な予感が脳裏をよぎった。


 教室に入ると、既にマチルダが窓側の席に座っていた。アイリーンが扉を開けるとマチルダが察してアイリーンを手招きした。


「おはよう、アイリーン。今日は晴れて良かったね」

「おはようございます、マチルダさん。ええ、本当に良い天気」

「今日も退屈な座学が始まるよ。何かあったらよろしくね」

「またお休みになるおつもりですか?」

「いや、あたしだって真面目に授業聞いているつもりなんだよ。でもこれが不思議といつの間にか意識が無くなってるんだよね」


マチルダは白い歯を見せて笑った。その笑顔につられてアイリーンもつい頬が緩んでしまう。


「あ、そうやって笑ってると可愛い。いつもそういう顔してなよ。眉間に皺を寄せて、俯いていないでさ」

「からかわないでください……」

「あたし、嘘はつかないよ」


そうこうしているうちに、授業が始まった。そして、予告通りにマチルダは眠りに落ちた。

アイリーンは教科書を見ながら、教師の説明を熱心に聞いていた。


「このように命題における問題の内、一見矛盾しているように見えるが正しいものと正しいように思われるが実は間違っているものが混在する。それでは全能者の逆説の場合、これはどちらに分類されるか……アイリーン・スタンフォードくん、編入試験では見事に全問正解だったそうだね。答えられるか?」


急に当てられて驚いたアイリーンは文字通り飛び上がった。それから、たどたどしく、懸命に説明し始めた。


「『全能者は自分が持ち上げることができない石を作ることができない』というパラドックスです。全能者は何でも創生することができるはずですが、作ったものを持ち上げられない時点で『全能者』ではありません……逆に重い石を作ることができなくても『全能者』ではないということになります。以上の点からこの命題は成立しません」

「見事だ、アイリーン・スタンフォードくん……それでは、次の問題だが」


教師は満足そうに授業を続けた。アイリーンはなんとか答えられたことに安堵して席に着いた。


お読みいただきありがとうございます。


次回「蓮池」をどうぞよろしくお願いします。

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